第六話 春風祭 後編〜夜空に咲かせ大輪の花〜
子どもたちを見送った後。
アルフォンスはシア、ラピス、アステルの三人を連れて、
春風祭で賑わう町へと繰り出した。
昼を過ぎたハースベルは、
朝以上の賑わいを見せている。
東方から訪れた商人たちの屋台には、
見慣れない料理や色鮮やかな細工が並び、
通りのあちこちから楽しげな声が聞こえてきた。
「おじさま、あちらのお店も見てみましょう!」
「ラピスさん、さっきからずっと食べていませんか?」
「お祭りなんだから、いろいろ食べてみたいんだもん!」
「私は……あちらの本が気になります」
三者三様に興味を示す三姉妹を見ながら、
アルフォンスは穏やかに笑った。
「今日は春風祭だからね。
みんなの好きなところへ行こうか」
ラピスは
「おじさま、あたしあのリンゴ飴っていうの食べてみたい」
甘いリンゴ飴を頬張りながら歩いていると、
ふとお互いの舌が赤くなっていることに気がついた。
「おじさま、舌真っ赤だよ」
「ラピスも同じだよ」
そんな他愛ないことで笑い合う
アステルは
「おじさま、東方の星の本が売ってるんです
見てきていいですか?」
アステルは珍しい本を前に、
興奮を隠しきれない様子だった。
東方独自の星の解釈や記録に目を輝かせ、
師匠へのお土産も兼ねて、
気がつけば同じ本を二冊ずつ購入していた。
大切そうに本を抱えながら、
アステルはいつになく嬉しそうな笑顔を浮かべていた
シアは飾り細工の店を見て
「わぁ……この髪飾り、綺麗ですね」
桜の花を模した簪を手に取るシア。
「シアに似合いそうだね」
「えっ……わ、私には少し派手ではないでしょうか」
「そんなことないよ。青い髪にも合いそうだ」
と、アルフォンスに褒められて照れる。
「いつもの家事の手伝いと
今日のお手伝いのお礼に
それをプレゼントさせてくれないか?」
「私はただお手伝いさせてもらって
子ども達の笑顔で報われたって思ってましたのに」
「気にしないで、僕がシアにあげたいって思ったんだ」
「シアだってワガママ言っていいんだよ」
桜の簪をシアの髪添えて
「やっぱり、シアに似合って可愛いよ」
「恥ずかしいですよぅ」とアルフォンスの袖を引いている
あとは
いつものように迷子の子供を見つけたり
泣いている子供をあやしたり
揉め事の仲裁に入ったりして時間は過ぎていき
やがて町の中で
子ども達が集まっている場所にたどり着いた。
その舞台上でデフォルメされた人形が踊っている。
黒衣の人形師は操っているようだが糸も道具も見えない
舞台では
白い貴族のようなドレスを着た銀髪の氷の姫
赤い東方のドレスを着た東方の舞姫
青いエプロンドレスを着た金髪の少女
を中心に白銀の騎士、東方の武者、そしてモンスターが
仲良く争いなく暮らしている
そんな様子を演じているようだ
まるで生きているかのような
人形達の一挙一動に
興奮した様子の子ども達とラピス。
演目が終わり一礼する人形達を見て歓声を上げた。
最後に人形師が前に出て一礼、顔を上げると笑みを浮かべてこう告げる
「私は東方からの人形師、
氷華と申します。
今宵は私の家族の舞台をご覧いただき
ありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。
もしまた見たいとおっしゃる声があれば
しばらく逗留予定ですので
どこかでみなさまと再会できることを願っております。
ありがとうございました。
アナスタシア、蘭花、アリス」
と声をかけると
白の氷姫が
赤き舞姫が
青の少女が揃って一礼。
あたりは拍手に包まれた。
人形劇の後、
子どもたちは笑顔で人形師の周りに集まっている。
アルフォンスも、
「素敵な人形劇だったね」
と三姉妹と話す。
その少し離れたところで、
人形師は人形を片付けながら、
一瞬だけ
さっきまで子どもたちを笑顔にしていた表情とは違う、寂しそうな顔をした。
でも、すぐにいつもの無表情へ戻る。
アルフォンスは長年の
人に寄り添って生きてきた経験から
ビンファの笑顔の奥にある小さな寂しさに気がついた。
けれど、声はかけなかった。
「……」
「おじさま?」
「いや、なんでもないよ」
と言って舞台を後にした。
夜になり春風祭も終わりが近づいていく
まずは東方キャラバンからは
夜空に打ち上げる東方華火の催しが送られた
夜空に色鮮やかな光が打ち上げられ
光の華が何度も何度も咲き誇る。
初めて見た人は
「なんで綺麗なんだろう」
年配の住人は
「あぁこれがなきゃ春風祭は締められないなぁ」
夜空を彩った東方華火が終わる。
町の人々から大きな拍手。
東方商人たちも嬉しそうに頭を下げる。
そして司会が――
「それでは今宵最後の催しです」
「遠い東方の地より届けられた素晴らしい華火に、我々ハースベルからもお返しをと思いました」
「ですが本日は、特別なお客様が来られております」
少しざわめく観客。
「客演として、この夜空に一つの魔法を届けてくださるそうです」
「伝説の星の魔法使い様より――」
「星の軌跡をご覧くださいとのことです」
「それではお願いします」
と合図のための鐘が鳴り響いた。
アステルは夜空を見上げる。
そこには、無数の星が輝いていた。
アステルは杖を掲げる。
「星より出し光よ――我が手に集え」
「我が意を受けて空に咲け」
「開け、大輪の光華――」
そして、一瞬の静寂。
魔法を形作るのはイメージの力。
ーー師匠が見せてくれた炎の花。
思い浮かぶのは、幼い日に見た炎の花。
あの日、胸を震わせた光。
――想いは魔法になる。
魔法は誰かを傷つけるためだけのものじゃない。
誰かの心を照らすためにも使える
おじさまが教えてくれた、想いの力。
すべての出会いが、今の自分を作っている。
そして、今ここにいる大切な人たち。
「……世界は、こんなにも美しいから」
「この輝きを、みんなの心へ届け――」
「スターフレア!」
次の瞬間、
大地から夜空へ伸びた星の光が駆け上がり、
夜空を照らしていく。
キラキラと輝く星のような軌跡が空に模様を形作り
ぱぁっと弾ける。
そこに現れるのは、
花。
鳥。
うさぎ。
猫。
ドラゴン。
子どもたちの歓声。
「あ!猫さんだー!」
「あれ、うさぎ!」
「ドラゴンだ!」
「星の魔法の使いさん…」
幾重にも重なる色とりどりの光が
花弁のように広がり、キラキラと散っていき
町中から歓声が上がった。
するとどうしたことだろう
華が消えた後も、夜空には淡い光の粒が残る。
それは風に揺れるようにゆっくりと流れ、
星々を包み込む一枚の光の幕へ変わっていく。
まるで天空に浮かぶ光のヴェール。
色とりどりの星の輝きがゆっくりと揺らめき、
夜空そのものが息づいているようだった。
「……綺麗」
誰かが呟く。
その声は、町中の人の気持ちを代弁していた。
アステルは杖を下ろした。
夜空に残る光の幕を見て、言葉を失う。
「……これが……」
本でしか知らなかった現象。
強大な魔力が世界に溶ける時だけ現れる、星の極光。
まさか、自分自身の魔法の後に見ることになるなんて。
「……綺麗」
思わず、幼い頃の自分と同じ言葉がこぼれた
惚けたように、アステルは夜空を見上げていた。
虹色の光が幾重にも重なり、ゆっくりと揺らめいている
「アステルちゃーん! 綺麗だったよー!」
次の瞬間、ラピスが勢いよく駆け寄ってくる。
「わっ……!」
そのままアステルへ抱きつくと、満面の笑みを浮かべた。
「すっごく綺麗だった! 空いっぱいに星が咲いて、最後は光のカーテンまで出て……私、感動しちゃったよ!」
「すごく幻想的でしたね」
シアも夜空を見上げながら、穏やかに微笑む。
「あれも、アステルちゃんの魔法なのですか?」
「……私は、あんなふうに発動する魔法をイメージしていません」
自分の手を見つめ、それから再び空を見上げる。
「……私も、初めて見ました」
戸惑いながら答えるアステルの前へ、
アルフォンスが歩み寄った。
「アステル、お疲れ様」
優しい笑顔で、そっと頭を撫でる。
「すごく綺麗な、アステルの想いを見せてもらったよ」
その言葉に、アステルは顔を上げた。
「僕が昔見た魔法にも遜色ない、素晴らしいものだった」
そしてアルフォンスは、夜空を見上げる町の人々へ視線を向けた。
「その正体が何であれ、町のみんなが驚いて、感動していたよ」
広場のあちこちからは、まだ歓声が聞こえていた。
「華火も綺麗だけどこっちの魔法も綺麗だった」
「ねこさんの光も可愛かった……!」
「まるで星のカーテンみたい!」
「今日のこと、絶対に忘れないよ!」
住民達の感動の声や
三人から向けられた、三者三様の言葉。
ラピスは、溢れる気持ちのままに。
シアは、美しいものを見た素直な感動を。
そしてアルフォンスは、アステルが込めた想いを。
そのすべてを受け取ったアステルは、恥ずかしそうに俯いた。
「……そんなに褒められると、照れます」
帽子を目深に被り、下を向いている。
けれど、その頬には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
町の喧騒から少し離れた、とある家。
窓辺に立つ二人の女性、
黒の魔女と銀嶺の神官は、夜空を覆う光の幕を見上げていた。
青、紫、金、緑。
幾重もの色彩がゆっくりと揺らめき、まるで無数の星々が夜空へカーテンを掛けたようだった。
「……綺麗」
銀髪の神官が、思わず呟く。
隣にいた黒の魔女は、しばらく言葉を失っていた。
「……あれは」
ようやく声を絞り出す。
「あれは、星の極光…」
「極光?」
「あれ自体は魔法ではありません」
魔女は、夜空から目を離さない。
「強大な魔力が霧散する際、ごく稀に発生する現象です」
「じゃあ、あれはあの子の魔力の余りなの?」
「余り……という表現は、少し違いますが」
いつもなら、すぐに言葉を返せたはずだった。
けれど今は、声がわずかに震えている。
「極光そのものは、属性を問わず発生することがあります。炎の魔力なら赤や橙。氷なら青白く……属性によって、残る光の色は異なります」
「でも、あの光は色んな色をしてる」
「……星属性だからでしょう」
魔女が、夜空を見つめた先は
無数の色彩が混ざり合い、
まるで星々が織り上げたカーテンのように揺れている。
「星属性の極光については、
私も文献でしか知りません」
魔女の声が、少しだけ震えた。
「そもそも、星魔法の使い手は極めて少ない。
これほどの規模の魔法を行使できる者となれば
……王国でも、指折り数えるほどでしょう」
「それに……」
魔女は、言葉を詰まらせた。
「あの魔法は……」
夜空を見つめる瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「……あの子は」
その先を、口にすることはできなかった。
神官は、そんな隣人を見つめ、優しく微笑む。
「ずっと頑張っていたものね」
「……はい」
「自分のことみたいに嬉しいのは、分かるわ」
魔女は、少しだけ顔を伏せた。
「……そう見えますか?」
「うん」
「私は……ただ、今の魔法が、
どれほど素晴らしいものだったか……
うまく言葉にできません」
再び、夜空を見上げる。
その瞳には、涙とともに、誇らしさが浮かんでいた。
――あなただけの魔法を見せてもらったよ。
――あなたは、私の誇りです。
「……あの子は、私の弟子ですから」
夜空には、アステルが咲かせた光が、
今も静かに揺らめいていた。
司会ははっと我に帰り、
「……すごい……」
「まさか、この場でこんな光景を見ることになるなんて……」
「司会を務められたことを、私は一生忘れません。
それではみなさま、
この奇跡を思い出に春風祭終了します。
みなさまありがとございました。」
と拍手の中で祭りは終わった。
あの春の夜、空に放たれた奔流は天に広がり、
大陸中から観測できるほど大きな花を咲かせたという。
誰が放った魔法なのか。
どこから放たれたのか。
そもそも魔法なのか?
多くの人は知らない。
でも、その夜、空を見上げた人は、
その一夜の奇跡の記憶と共に
なぜか少しだけ優しい気持ちになった。
誰かの幸せを願いたくなった。
遠くにいる大切な人を思い出した。
後書き
第六話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回もハースベルの春の祭り『春風祭』のお話でした。
遠い場所から訪れた人々と、迎え入れる町の人々。
違う文化や言葉を越えて、想いが繋がっていく。
そんな「出会い」と「繋がり」をテーマに描いてみました。
祭りというと華やかな催しに目が向きますが、
本当に大切なのは、その時間を誰と過ごしたかだと思います。
誰かと笑ったこと。
誰かに優しくしてもらったこと。
誰かのために何かを届けようと思ったこと。
そういった小さな想いが巡っていくことで、
世界は少しずつ優しくなっていくのではないかと思っています。
今回登場した春風祭も、
ハースベルの人々が過去の出会いを大切にして、
今へ繋げてきた催しです。
そして、最後に夜空へ咲いた光も、
誰かへ届けたいという想いから生まれたものでした。
春風祭は終わってしまいましたが
次回も、ハースベルでの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、また次のお話でお会いしましょう。




