第五話 春風祭 前編〜はるかぜが運ぶもの〜
季節が巡り、麗らかな春の陽射しが町を暖かく包む頃。
今日は年中賑やかなハースベルでも特別な催し
『春風祭』が開かれる。
かつて遥か東方の国から訪れた商船が、
嵐によって難破し、
ハースベルへ流れ着いたことをきっかけに始まった催しだ。
言葉も文化も異なる旅人たちを、
町の人々は温かく迎え入れた。
そして、助けてもらった感謝として、
東方の人々は故郷の料理や歌、
踊りや芸を町の人々へ披露した。
その異文化交流は長い年月を経て、
今ではハースベルに春の訪れを告げる、
大切な催事として受け継がれている。
今も、東方から吹く春風とともに、
桜の花と暖かな陽気を携え、
遠方からの朋友たちがハースベルへやってくる。
そんな町の歴史にちなんで、
この祭りはいつしか――
『春風祭』
と呼ばれるようになった。
町には桜の飾り付け。
東方の屋台が広がり
色鮮やかな服を纏った音楽家達が奏でる
聞き慣れない楽器の音が鳴り響く。
見慣れぬ文化に興味津々な子どもたちの
歓声が上がる。
その日いつものお店の他に
東方キャラバンが屋台を構える。
見たこともない料理、細工、お菓子、
人形劇などさまざまなものが並び、
好奇心をくすぐった。
その日、シエスタではハースベル名物の
『特製の動物さんクッキー』を
子供達に配っている。
その日お祭りの中では当然、
東西のお金の違いが発生する。
そこで商業ギルドが考えたのは
古代からの商売法の物々交換である。
商業ギルドとしては
子供たちへの教育の一環として
商売に触れさせようという意図があった。
ただ、全ての子供が
交換できるものを持っているわけではない。
お祭りを楽しんで欲しい、
寂しい想いをしなくていいように考えた
アルフォンスは
「交換できるものがあればいいんだね」
と言ってギルドにとある提案をした。
子供たちにも
当日シエスタに来てもらえるように
通達してもらった。
始まりの年の子供たちは
不安そうな子供が多かった。
シエスタの門を潜ると
鼻をくすぐる良い匂いが漂っていることに気がつく
「みんないらっしゃい
今日は僕からのプレゼントだよ」
と言って
クッキーの袋を1人ずつ渡していく。
「うわぁ、可愛い」
「わんちゃんのクッキーだ」
「わたしのは猫ちゃん」
「うさぎさんもあるー」
「可愛い形ばかりじゃん。
あー、剣の形のものもあるぜ」
「かっこいい、ドラゴンだあ」
など喜びの声をあげていく
アルフォンスは
「町のみんなには
そのクッキー1枚から交換ができるように
お話してあるから今日の交換会楽しんでね」
子供たちは声を揃えて
「おじさま、ありがとう」
と感謝を告げた。
子供たちはその日、
思い思いの好きなものと物々交換をして
終始笑顔が絶えなかった。
交換を受けた大人たちも
「アルフォンスさんのクッキーじゃないか」
「アルフォンスちゃんのクッキー美味しいし
可愛いのよねぇ」
と好評を博し、皆の喜んでいる顔が見たくて
シエスタのおくる毎年恒例のイベントとなった。
例年通り、朝早くクッキー作りを始めるが
今年はシアも手伝ってくれるとのこと。
「毎年お一人で大変そうですし、
私も子供たちを笑顔にするお手伝いをさせて下さい。」
嬉しそうにアルフォンスは
「ありがとう、シアが手伝ってくれるなら百人力だよ。
僕はいつも通りの動物さんクッキーを作るけどシアはどうする?」
「おじさまの動物クッキーは
子供の頃から私たちも大好きです。
普通のクッキーなら作れますけど
私はそこまで綺麗に可愛く作れませんよ。」
「だから私はもう少し小さい
普通のクッキーを作って
みんなが食べる用として配ろうかなと思います。」
「シアのクッキーは美味しいからね、
きっと子供たちも喜ぶよ。
僕にもあとでもらえると嬉しいな。」
一緒にクッキーを作るシアは
いつものシスター服にエプロンをして
ベールの代わりにスカーフで頭を覆い
いつもは流した綺麗な青髪をポニーテールでまとめて
「頑張ります」
と腕まくりをして、
胸の前で可愛らしく小さな拳を握る。
そんな姿を微笑ましく見ながら
クッキーを作る。
石窯から焼き上がったクッキーを出し、
粗熱を取り袋に詰めていく。
余分に作った動物さんクッキーを見て、
アルフォンスはいたずらっぽく笑った。
「シア、お口開けて」
「えっ……今ですか?」
と一瞬戸惑う。
でもアルフォンスが楽しそうに笑っているから、
「……もう、おじさまはずるいです」
と小さく笑って、恥ずかしそうに口を開ける。
アルフォンスは焼き上がった動物さんクッキーを、
そっとシアの口元へ運んだ
「味見用に小さいものを作ったんだけどどうかな?」
「やっぱりこれですよ。美味しいなぁ」
と頬を緩ませるシアを見て、
アルフォンスも嬉しそうに笑った。
「おじさま、お返しです。アーンして下さい」
指でクッキーを摘んでアルフォンスの口元へ運んでいく
「シアのクッキーは優しい味がして僕も好きだな」
「おじさまの味にはまだ届きませんよ」
と褒め合い微笑み合う。
食べさせあった味は大変美味しく、
これなら子ども達も満足してくれるだろう
という確信があった。
美味しそうな匂いが広がると
シエスタに子供たちが尋ねてくる。
子供たちは元気な声で
「おはようございます、おじさま。
クッキーをくーださい」とお願いにきた。
「おはようみんな、元気だね。
1人ずつ並んでシエスタ特製クッキーだよ」
「今年はおじさまのクッキーだけじゃなくて
私もクッキーを作ってみたの。
おじさまほど上手くないかもしれないけど
よかったら食べて下さいね」
子どもたちは
「うわーお姉ちゃん先生のエプロン姿可愛い
髪型もいつもと違うから新鮮ー」
「星型のものあるー」
「食べやすい大きさだし可愛い」
「食べるのもったいない」
と大絶賛。
「みんなが喜んでくれるならまた作りますから」
と嬉しそうに微笑むシアだった
「おじさま、お姉ちゃん先生またねー」
と思い思いの場所へ向かう子ども達を見送ると
黒い外套に身を包んだ、
一人の男が近づいてきた。
「今年もご協力いただき、ありがとうございますぅ」
どこか怪しげな黒づくめの男だったが、
アルフォンスとシアはその姿を見ると、
穏やかに笑った。
「あぁ、ヴィルヘルム君。お疲れ様」
「ヴィルヘルムさんお疲れ様です。
お一ついかがですか?」
「おお、シアさんのクッキーですか、
ギルドのシアさんのファンに羨ましがられますねぇ。
それはそれとして毎年、
こうして子どもたちが交換会に参加できるのも、
アルフォンスさん達のおかげです」
「僕は、みんなが喜んでくれる顔が
見たかっただけなんだよ」
「私はおじさまのお手伝いをしただけですよ」
ヴィルヘルムは、先ほどまで楽しそうにクッキーを眺めていた子どもたちへ視線を向けた。
「商業ギルドとしても、
子どもたちに商売の楽しさを知ってもらえるのは嬉しいことです」
「それに……」
ヴィルヘルムは、クッキーの袋を大切そうに抱えた子どもたちを見ながら、小さく笑う。
「町の皆さんも、この日を楽しみにしていますから」
「そうみたいだね」
アルフォンスも、子どもたちの笑顔を見つめた。
「今年も、みんなが素敵な思い出を作れるといいな」
ある子どもは屋台の焼き菓子を交換する
「おお、シエスタのクッキーだな。
なら1枚で交換だね」
店主は
「やったぜ、シエスタクッキーだ、
毎年嫁さんがこれ食べたいってせがむんだよ」
ある子どもは、木漏れ日のサンドイッチを
交換しにいく。
「もうこの時期になったか、
サンドイッチならクッキー二つだ。
飲み物はサービスでつけるからゆっくりしていけよ」
とガレスも嬉しそうに対応している。
交換を受けた焼きそば屋の店主は
「子どもの頃俺ももらったけど、交換しちゃったから
一度食べてみたかったんだよな」
と町の住人も満足そうだった。
その様子を
ヴィルヘルムは通報されそうになりながら
影から見守っている
彼を知らない親子は
「ママーなにあれ?」
「見ちゃいけません」
人となりを知る町のおばちゃんは
「ヴィルヘルムさん、今年も真っ黒ねぇ。
暑くないのかしら?」
ヴィルヘルムは、いつもの真面目な顔で、
「問題ありませんよぉ。
商業ギルドの業務に支障はありませんからぁ」
と返す。
すると隣のおばちゃんが、
「いや、仕事の心配じゃなくて、
暑くないのかって聞いてるのよ」
そんな町のおばちゃんの言葉に、
ヴィルヘルムは少しだけ首を傾げた。
「……そういう意味でしたかぁ」
「まったく。相変わらず話が噛み合わないんだから」
困ったように笑うおばちゃんの隣で、
ヴィルヘルムはいつもの真面目な顔のまま、
シアからもらったクッキーを大切そうに抱えていた。
交換市を見守るヴィルヘルムは
怪しい風体をした筋骨隆々の黒装束の男を見つける。
「……そこの方」
「拙者でござるか?」
「はい。祭りを楽しむのは構いませんが、
子どもたちの後ろから物陰に隠れて見守るのは、
隠れられてませんし少々怪しまれますよぉ」
男はは真顔で答える。
「拙者は忍者でござるゆえ、
気配を消しているだけでござる」
「いやぁあなたのようながたいのいい大人は隠れられたませんし、それが余計に怪しいんですよぉ」
すると近くのおばちゃんが、
「ヴィルヘルムさんも人のこと言えないでしょう?」
「……私ですかぁ?」
「全身真っ黒で、物陰から子どもたちを見てるじゃない」
「私は商業ギルドの業務ですぅ」
「拙者も人形師殿の護衛任務でござる」
二人とも真顔。
周囲の町の人たちが、
「二人とも怪しいよ!」でツッコミを入れる。
怪訝な顔をする二人は
「改めまして私はヴィルヘルム。
この町の商業ギルドのものですぅ。」
「いやぁご丁寧に、拙者はハンゾウと申す。」
「やることも同じみたいですし一緒に行きましょぉ。」
と言って連れたっていった。
こうして、黒づくめの二人が並ぶ光景は
町の人々から見れば、怪しさを増しただけだった。
様子を見ていたアルフォンスとシアは、
思わず顔を見合わせる。
そして、楽しそうに笑い合った。
町のあちこちからは、
子どもたちの明るい声が聞こえてくる。
遠い東方から訪れた朋友たち。
初めて目にする料理や芸。
大人と子どもを繋ぐ、交換市。
そして、たくさんの笑顔。
春の暖かな風が、
桜の花びらと人々の楽しげな声を乗せて、
ハースベルの町を駆け抜けていく。
――春風祭は、まだまだ続いていく。
春風祭・前編、いかがでしたでしょうか。
今回は、春風祭の由来と、ハースベルの町を巻き込んだ交換市のお話でした。
アルフォンスが子どもたちへ配っている動物さんクッキーは、かつて、とある女の子に喜んでもらうために作り始めたものです。
最初は上手に作れなかったクッキーも、長い年月を経て、今ではハースベルの人々に愛される町の名物になりました。
そして今年は、シアもクッキー作りに初参加。
アルフォンスの動物さんクッキーとは少し違い、「たくさんの子どもたちに食べてもらいたい」というシアらしい想いが込められています。
次回は、春風祭・後編。
人形師との出会い、東方キャラバンの華火、そしてハースベルからのお返しに夜空に咲かせる星の花をお届けします。
――引き続き、春風祭をお楽しみください。




