第四話 変わらぬ星空
今日は、年に一度――
一年で最も星が美しく見える日。
ハースベルでは、大切な家族や恋人と共に夜空を見上げる「星見の日」だった。
町では朝から、星見の日を楽しみにする人々で賑わい始めている。
市場には温かい飲み物や星をかたどったお菓子が並び、
子どもたちは
「今年は流れ星が見えるかな」と楽しそうに話していた。
そんな町の様子を眺めていたシアは、
ふと思い出す。
「……そういえば、
今日はアステルさんが帰ってくる日ですね」
少し前、アステルは仕事のために
ハースベルを離れていた。
けれど、出発する時にこう言っていた。
『星見の日には帰ってきますから』
だから今日、アステルはシエスタへ帰ってくる。
ハースベルの入り口に、
一台の乗り合い馬車がゆっくりと止まった。
馬車から降りた小柄な少女は、
旅鞄を抱えながら町を見渡した。
「なんとか間に合いましたね
……ただいま、ハースベル」
その視線は、まだ青い昼の空へ向けられていた。
そして、帽子を脱ぎ、藍色の髪を払った少女は、
荷物を一度下ろすと
長旅で固まった体を伸ばすように
背伸びをする。
「それじゃ帰りましょう」
と呟き、家路へと歩き出す。
アステルが帰ってきたことに
気がついた町の子どもたちが駆け寄り
「おかえり、アステルちゃん!」
手荷物を持ってくれる男の子
手を引いてくれる女の子が
一緒に歩いてくれた。
アステルは少し驚いてから、
「……ただいま、
みんなありがとうございます。」
と返す。
道すがら
「おかえりアステルちゃん」
「アステルちゃんが帰って来ると
星見の日だって気がしてくるよなぁ」
「あぁ、いつも小柄で可愛らしいわ」
と言う声に返事を返して歩く。
シエスタに到着して
子どもたちに手を振り別れると
身なりを整えて深呼吸
シエスタの扉を開け
「おじさま、ただいま戻りました」
「おかえり、アステル。
約束どおり帰ってきたね」
と迎える。
アステルは、
「うん。星見の日だから」
「今年も一緒に行けるのを楽しみにしてたよ」
「わたしだって同じ気持ちです」
星見の日の夜
一緒に星見をしている家族の中に
ちょっとつまらなさそうにしている男の子と
童話の本を大事そうに抱えた女の子の兄妹がいた。
両親に対して
「なぁ、星なんてどこで見ても一緒じゃん
今更見てもつまんないよ。帰ろうぜ」
そう言った少年は、隣にいる妹へ視線を向けた。
「アイ、お前もそう思うだろ?」
と少女に問いかける。
童話の本と夜空を交互に見ながら
「今、アイたちは
星の魔法使いさんと同じ星を見てるんだよ
すごいよねぇ」
少年はこう返す
「お前なぁ、
そんなお伽話本当にあったわけないだろ
嘘っぱちだよ」
「そんなことないもん……。
星の魔法使いさんは、本当にいたんだもん……」
少女は大切そうに
童話の本を抱きしめながら、
ぽろぽろと涙をこぼした。
その声を聞いた瞬間、
アステルの足が止まる。
胸に抱えた一冊の童話。
誰に信じてもらえなくても、
星の魔法使いは本当にいると信じていた少女。
――それは、
かつての自分とよく似ていた。
「その童話は、嘘じゃないんです」
突然声をかけられ、
兄妹は驚いたように振り返った。
「急にお話に入って、ごめんなさい。
でも、その童話は本当にあったことなんですよ」
アステルは少女の前まで歩み寄ると、ゆっくりと膝を折り、目線を合わせた。
「かつての星の魔法使いがまだ、ただの少女だった頃、
毎日のように満天の星空を眺めるのが大好きだったそうです。
その『好き』を原動力に
星の魔法使いになれたらしいですよ。」
そして、少女が大切そうに抱えている童話へ目を向ける。
「アイちゃんは、このお話が好きですか?」
少女は涙を拭いながら、小さく頷いた。
「……うん。大好き」
「わたしも、そのお話が大好きなんです」
アステルは優しく微笑んだ。
その時、アイの髪につけられた星の髪飾りが、
夜空の光を受けて小さく輝いた。
アステルは、その髪飾りに気がつく。
「その髪飾り、とても素敵ですね」
「うん! これね、お父さんに買ってもらったの。
星の魔法使いさんみたいでしょ?」
アイは嬉しそうに髪飾りへ触れた。
「……本当ですね」
アステルは少し目を細める。
「でも、アステルお姉ちゃんも同じだよ」
アイが指差した先には、アステルの髪を飾る星の意匠。
「本当ですね。」
アステルは、自分の髪飾りを愛おしそうに撫でた。
「わたしのこれも、
大切な人からもらったプレゼントなんです」
その声には、どこか懐かしそうな響きがあった。
そう言って微笑むアステルに、
アイはぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、一緒だね!」
「ふふっ。そうですね。
大切な人からもらった、星のおそろいです」
2人は顔を見合わせ嬉しそうに笑った。
さっきまで涙を流していたアイは、
今度は星のように輝く笑顔を見せた。
アステルは空を見上げ語り出す
「わたしは各地で星を見てきましたけど、
この町で見る星が一番綺麗だと思っています。
ちなみにですが
この星空は、昔から変わっていないそうですよ。
だから、アイちゃんの言う通り、今のわたしたちは
かつての星の魔法使いと同じ星空を見ているんですよ」
そう言って、もう一度少女へ視線を戻す。
「とても素敵なことだと思いませんか?」
少女は少しだけ目を丸くした。
それから、アステルと同じように夜空を見上げる。
「……うん」
その瞳に、さっきまでの涙とは違う、小さな星の光が宿っていた。
「……わりぃ。言いすぎた」
お兄ちゃんは少しだけ気まずそうに頭をかいた。
「んじゃ、僕にも星とかその魔法使いのこと教えてよ」
少女は目を丸くした。
「……お兄ちゃんも聞きたいの?」
「せっかく来たんだし。
そんなにすごいって言うなら、
ちょっとくらい聞いてやってもいいよ」
「うん!」
少女は大切に抱えていた童話の本を開く。
「まずね、星の魔法使いさんは――」
さっきまで泣いていたのが嘘のように、少女は嬉しそうに語り始めた。
お兄ちゃんは時々「へぇ」と相槌を打ちながら、
その話を聞いている。
その様子を見つめながら、アステルはそっと微笑んだ。
誰かの大好きなものは、誰かに話すことで、
もっと輝いていく。
今夜、あの少女の「好き」もまた、一つの星のように誰かへ繋がっていくのだろう。
その様子を見ていたアルフォンスは、
アステルへ微笑みかけた。
「君の好きなものを、
好きになってくれる子を、また一人増やしたね」
「さっきの子供たちへのお話、素敵だったよ」
アステルは少しだけ視線を落とし、
夜空を見上げた。
「……あの子が、
昔のわたしに似ていたんです」
満天の星空。
大切に抱えた一冊の童話。
誰に信じてもらえなくても、
星の魔法使いは本当にいると信じていた少女。
「だから、放っておけなかっただけですよ」
そう言って、アステルは小さく微笑んだ。
アルフォンスはそんな彼女の頭を、
子供の頃と変わらない手つきで
優しく撫でる。
「もう、おじさま。
皆の前ではやめてください」
アステルは頬を赤らめ、
少しだけむくれた。
「わたしはもう、
一人前のレディなんですよ」
「そうだったね。
でも、僕にとっては、
いつまでも可愛い家族だよ」
「……もう」
困ったように笑いながら、
アステルはもう一度夜空を見上げた。
そこには、
昔から変わらない星々が、
静かに輝いていた。
その時――
夜空を、一筋の流れ星が駆け抜けた。
「あぁ、流れ星が見られたってことは、
アステルの『想い』が、ちゃんと届いた証拠だね」
アルフォンスは、嬉しそうに笑った。
アステルも流れ星が消えた夜空を見つめながら、
小さく微笑む。
「いいえ。
あの子の『好き』が、
お兄さんに届いた証拠ですよ」
二人は顔を見合わせ、
楽しそうに笑い合った。
それからしばらく、
二人は、満天の星空の下を並んで歩いた。
星見の日の賑わいは、
少しずつ遠ざかっていく。
しばらく歩いたところで、
アステルはふと足を止めた。
そして、隣を歩いていたアルフォンスの方を振り返る。
「……後ですね」
「うん?」
「わたしが、この町の星空が
一番綺麗だと思う理由です」
アステルは少しだけ微笑んだ。
「おじさまと一緒に見ているからです」
夜空を見上げる。
「わたしは今まで、
いろいろな町で星を見てきました。
どの町の星空も、とても綺麗でした。
でも――」
もう一度、アルフォンスを見る。
「おじさまと一緒に見る、この町の星空が、
わたしにとっては一番綺麗なんです」
アルフォンスは、
そんな彼女を優しく見つめた。
「それなら、僕にとっても大切な思い出だよ」
「……本当ですか、おじさま?」
「もちろん」
その答えを聞いたアステルは、
嬉しそうに微笑んだ。
二人は顔を見合わせ、
楽しそうに笑い合った。
そして再び歩き出す。
満天の星空の下、
二人は並んでシエスタへの帰り道を歩いていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第四話「変わらぬ星空」は、
ハースベルにある「星見の日」のお話でした。
星は、昔から変わらずそこにあります。
けれど、同じ星空を見上げても、
その時に抱く想いや、隣にいる人によって、
見える景色は少し違って見えるのかもしれません。
今回のアステルのように、
誰かの「好き」や「憧れ」が、
また別の誰かへ繋がっていく。
そんな優しい繋がりを描けたらと思い、このお話を書きました。
もし皆さんも夜空を見上げる機会があれば、
少しだけ星を眺めてみてください。
もしかしたら、遠い昔から変わらない星が、
静かに輝いているかもしれません。
またハースベルでお会いできる日を楽しみにしています。




