第五十話 再出発
あれから、数年の時が流れた。
アルフォンスは、それまで以上に冒険者ギルドの仕事に打ち込むようになった。
大陸の各地へ赴き、ときには船に乗って国外へも足を運んだ。
たくさんの人と出会い。
たくさんの景色を見て。
たくさんの経験を積んだ。
もちろん、無理をしてしまうこともあった。
そのたびに、周りの仲間たちから怒られた。
「また無茶したでしょう」
「ちゃんと休みなさい」
そんな言葉をもらうたびに――
アルフォンスは、母の言葉を思い出した。
『ちゃんと、自分のことも大事にする』
『あなたは、一人じゃないわ』
だからアルフォンスは、何度でも自分に言い聞かせた。
無理をしない。
自分にできることを、一歩ずつ。
そしてまた、歩き始める。
そうして数年。
様々な経験を重ねたアルフォンスは、今、新たな大きな仕事へ向かおうとしていた。
けれど。
そんな彼には、一つだけ決めていることがあった。
その日だけは、必ず作る料理がある。
リンゴのローズタルト。
それは、最初はアルフォンスと家族との思い出だった。
母、エレナが最後に喜んでくれた料理。
だからアルフォンスは、母の命日になると必ず作った。
最初の一年は、悲しみを思い出して泣きながら食べた。
二年目は、リリエルとヘカテーと一緒に食べた。
そして、それからは――
パーティーのみんなにも振る舞うようになった。
誰も、その日について尋ねることはなかった。
なぜ、この日に作るのか。
なぜ、この料理なのか。
みんな分かっていた。
だからこそ、何も聞かずに笑ってくれた。
「おいしい」
その一言が、アルフォンスには嬉しかった。
母との思い出だったリンゴのローズタルト。
それを今では、大切な人たちと一緒に食べている。
悲しい思い出だったものが、少しずつ温かな思い出へ変わっていく。
そして、いつしか――
それはアルフォンスだけのものではなくなっていた。
最初は、家族との思い出だった。
けれど。
いつしかそれは、みんなにとっての特別になった。
毎年この日になると、誰からともなく集まって。
アルフォンスが焼いたリンゴのローズタルトを囲んで。
「今年も美味しいね」
そう言って、みんなで笑う。
それが――
アルフォンスたちにとっての、大切な一日になっていた。
アルフォンスとともに、みんなも成長していた。
男たちは渋さを増し、女たちはますます美しくなった。
中でも、ひときわ変化が顕著なのはシャロだ。
口の悪さも言葉遣いも相変わらずだが、その容姿は、もはや誰もが振り返るほどの美少女へと成長していた。
その美貌に惹かれて声をかける男たちは後を絶たないらしい。もっとも、彼女の本性を知ることになり、撃沈していく者もまた後を絶たないのだが。
そして、ギルドの看板娘たちにも変化があった。
モカは日頃の仕事ぶりを高く評価され、二十歳そこそこという若さでギルドのサブマスターにまで昇進していた。
一方のココアは、モカの承認もあって受付の仕事を退き、ギルドの食事部門を任されることになった。
きっかけは、アルフォンスの料理だった。
彼の作る料理を食べているうちに、自分でも作ってみたいと思うようになり、少しずつ料理を覚えていった。そして、いつしか料理そのものが大好きになっていたのだ。
今では、ギルドの食堂を切り盛りする、ほわほわと穏やかな看板娘である。
そんな二人は、今も変わらず仲良しだった。
冷静沈着で仕事のできるサブマスター候補のモカと、穏やかな笑顔で皆を迎える食堂の看板娘ココア。
それぞれの場所で自分らしく成長した二人は、今もギルドの面々から羨望を集めている。
そしてここに、
久しぶりに王都へ戻ってきた三人の姿があった。
「王都に戻ってくるのも久しぶりだね」
いつものようにアルフォンスの隣を歩きながら、ヘカテーが小さく頷く。
「うん……ちょっと懐かしい気がする……」
その反対側では、リリエルが呆れたようにため息をついた。
「もう、二人とも。いろんなところへ行きましたけど、まだ何年も経っていないんですからね」
「へへっ、ごめんごめん」
アルフォンスは、子供の頃と変わらない笑顔を浮かべた。
「なんだか、みんなに会えるのが嬉しくなっちゃって」
「まったく、しょうがないですね」
リリエルは肩をすくめる。
けれど、その表情もどこか嬉しそうだった。
ガルドとゲイルとは一旦別れ、三人で王都へ戻ってきたのは、懐かしい顔に会うためだった。
並んで街を歩いていると、ふと、以前とは違う景色が目に留まる。
「あれ? あの本屋さん、ご主人が変わってる」
アルフォンスが足を緩めた。
「前のご主人も、いいお年でしたからね」
「そっか……」
少しだけ寂しそうに店を眺めたあと、アルフォンスは再び歩き出した。
すると今度は、リリエルが別の店を指さした。
「あっ、あのケーキ屋さん、前よりお店が大きくなっていますよ」
「本当だ!」
アルフォンスが嬉しそうに声を上げる。
「また三人で行きましょうね」
「うん……絶対行く」
ヘカテーも、目を輝かせながら頷いた。
昔から変わらないものもあれば、少しずつ変わっていくものもある。
そんな街並みを眺めながら、三人はゆっくりと歩いていった。
三人並んで歩けば、自然と人目を引く。
すれ違う人々が、思わず振り返ることもあった。
けれど、当の三人はそんなことなど気にも留めていない。
昔と変わらない調子で話を弾ませながら、目的地である冒険者ギルドへと足を進めていった。
そして――
アルフォンスは、久しぶりに冒険者ギルドへ帰ってきた。
扉を開ける。
「皆さん、お久しぶりです」
懐かしい顔を見回して、アルフォンスは笑った。
「アルフォンス、ただいま戻りました」
「お、アルフォンスじゃねえか!」
「久しぶりだな!」
「おお、でっかくなったな!」
「……って言っても、もう立派な大人だろ」
「ははは!」
あちこちから、声が飛んでくる。
「お、やっぱいつもの面々じゃな」
「やっぱあいつがいねえと始まんねえよ」
そんな声が聞こえてきて――
「お帰りなさい、アルフォンスさん」
モカが、にこやかに微笑んだ。
その瞬間。
新人たちが、ぎょっとした顔になる。
「え……?」
「あのモカさんが……?」
「笑ってる……?」
「しかも、あんなに嬉しそうに……」
今やギルドのサブマス。
普段は冷静沈着で、隙のないモカ。
そんな彼女が――
アルフォンスの前では、昔と変わらない笑顔を見せていた。
そして。
「アルフォンスくん、おかえり」
厨房の方から、ココアも顔を出す。
「新しい料理を試しに作ってみたから、ちょっと味見してみて」
「本当ですか?」
アルフォンスの顔がぱっと明るくなる。
「もちろん。あとでいただきますね」
「うん。待ってるね」
アルフォンスの帰還を聞きつけてシャロが近づいてくる
「あら、久しぶりじゃない、最近見ないから逃げたなんて言う奴もいたけど
しばらく見ない間に一人前の男の顔になったじゃない?」
とからかうように話しかける。
シャロを見つけたアルフォンスは笑顔で
「シャロさん、お久しぶりです。
しばらく見ない間に大人っぽくなって素敵ですね。
フードでお顔隠さなくなったんですね?
シャロさんの綺麗な目を見ながらお話しできて嬉しいですよ。」
シャロは
相変わらずの突然の口説き文句に顔を赤くしながら
「あ、あんたってやっぱりおバカ。
人前ではやめてよ…バカ」
そのとき、アルフォンスの帰還を聞きつけたシャロが、こちらへ歩いてきた。
「……あら、久しぶりじゃない」
相変わらずの口調で、シャロはアルフォンスを見上げる。
「最近見ないから、逃げたんじゃないかって言ってる奴もいたわよ」
「ははは。そんなつもりはないんですけどね」
「ふん。まあいいわ」
シャロは腕を組み、アルフォンスをじっと見つめた。
「しばらく見ない間に、一人前の男の顔になったじゃない?」
どこかからかうような笑みを浮かべる。
けれど、アルフォンスは気にした様子もなく、いつもの柔らかな笑顔を返した。
「シャロさん、お久しぶりです」
「……ええ」
「しばらく見ない間に、ずいぶん大人っぽくなりましたね。とても素敵です」
「――っ」
シャロの頬が、ぴくりと動いた。
「な、なによ、いきなり……!」
「それに、フードでお顔を隠さなくなったんですね」
アルフォンスは、シャロの顔をまっすぐに見つめる。
「シャロさんの綺麗な目を見ながらお話しできるの、僕は嬉しいですよ」
「~~~~っ!」
シャロの顔が、みるみる赤くなっていく。
「……あ、あんたって、やっぱりおバカ!」
「え?」
「そういうこと、人前で平気で言わないでよ……!」
シャロはアルフォンスの胸元を、ポカポカと叩いた。
「バカ! ほんっと、バカ!」
「ええっ? すみません……?」
困ったように謝るアルフォンス。
けれど、シャロは顔を真っ赤にしたまま、なかなか手を止めようとしなかった。
そんな二人を見て、新人たちはそろって絶句していた。
「……どうなってんだ、あいつ」
「ギルドのサブマスターにまで、あんな顔をさせて……」
「食堂の看板娘とも、あんなに親しげだし……」
「誰にでも塩対応の天使と、あんなにイチャイチャしてやがる……」
「しかも、横にはとんでもない美人がいるぞ」
「やっぱあいつ、許せねえよな」
「何がだよ」
「知らん」
そんなくだらない会話まで聞こえてくるのだった。
その、ガヤガヤとした空気。
笑い声。
料理の匂い。
懐かしい声。
アルフォンスは、少しだけ立ち止まった。
「……」
久しぶりだ。
本当に――久しぶりに聞いた。
この騒がしさ。
この温かさ。
この場所に帰ってきたのだ。
「……うん」
アルフォンスは、小さく笑った。
「久々に帰ってきたんだ」
そして、前を向く。
「また、ここから頑張ろう」
そう呟いて――
アルフォンスは、懐かしい声と笑い声に包まれながら、ギルドの奥へと歩いていった。
母との別れから、数年。
たくさんの人と出会い、たくさんの経験を重ねてきた。
そして今、帰ってきたこの場所から――
アルフォンスは、再び歩き出す。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、数年の時を経て成長したアルフォンスたちの姿を描きました。
母エレナとの別れを経て、旅を続けてきたアルフォンス。
たくさんの人と出会い、さまざまな経験を重ねながら、少しずつ大人になっていきました。
それでも、彼の根っこにある優しさは変わりません。
そして、離れていた時間があっても、帰れば迎えてくれる仲間たちがいます。
エレナとの思い出だったリンゴのローズタルトが、いつしか仲間たちにとっても特別なものになったように、アルフォンスが紡いできた想いは、少しずつ周囲の人々へと広がっています。
大切な人との別れは、決して忘れられるものではありません。
けれど、悲しい思い出も、誰かと分かち合うことで、温かな思い出へと変わっていくのかもしれませんね。
そして、久しぶりに帰ってきた冒険者ギルド。
成長した仲間たちとの再会に、アルフォンスもまた、新たな一歩を踏み出します。
次回からは、いよいよ大人になったアルフォンスの物語が本格的に動き始めます。
これから彼がどんな人々と出会い、どんな想いを繋いでいくのか。
引き続き、見守っていただけたら嬉しいです。
旅人の皆様、次の物語でお会いしましょう。




