第四十四話 みんな仲良しだから
それからしばらくの間、アルフォンスはデイジーのところへ仲間たちを連れて行ったり、パーティーで依頼を受けたりしながら、マーガレット親子との交流を深めていった。
特にデイジーは、アルフォンスだけでなく、かっこいいお兄ちゃんや綺麗なお姉ちゃんたちとも仲良くなれたことが嬉しいらしく、会うたびに楽しそうな笑顔を見せていた。
そんな日々を過ごした、ある日のこと。
マーガレットから、アルフォンスのもとへ声がかかった。
「アルフォンスさん。以前お願いした、私たちの故郷への帰り道の護衛任務なのですが……」
マーガレットは、少しだけ緊張した様子で尋ねる。
「改めて、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
アルフォンスは、いつもの穏やかな笑顔で答えた。
「僕たちも皆さんのことが好きになりましたし、ぜひお引き受けしたいです」
「ありがとうございます」
マーガレットも嬉しそうに微笑む。
「それでは、早速準備を――」
「はい。僕たちも準備をして、すぐに出発しましょう」
アルフォンスがそう言うと、マーガレットは少し困ったような顔をした。
「……あの、アルフォンスさん」
「はい?」
「さすがに、何もお支払いしないというわけにはいきません」
「いえいえ」
アルフォンスは慌てて手を振った。
「お友達の旅についていくのに、そんなにお金をいただくわけにはいきませんよ」
「アルフォンスさん」
マーガレットは、優しくアルフォンスの目を見た。
「私は商人として、ここにいるのです」
「商人として……?」
「ええ」
マーガレットは静かに頷いた。
「私が故郷へ戻りたいという意思のために、皆さんの時間を使うことになります。それに、皆さんは冒険者として、その旅に危険を負ってくださるのでしょう?」
「それは……そうですが」
「でしたら、その働きに対する対価は、きちんとお支払いしたいのです」
アルフォンスは少し考える。
「でも、僕は……友達だから、一緒に行きたいと思っています」
「はい」
マーガレットは微笑んだ。
「そのお気持ちは、とても嬉しいです」
そして、少しだけ目を細める。
「だからこそ、私はそのお気持ちに甘えたくないのです」
「……」
「友達だから助けたいと思ってくださるアルフォンスさんのお気持ちも、商人として皆さんのお仕事にきちんと報酬をお支払いしたい私の気持ちも、どちらも大切なものだと思います」
その言葉に、アルフォンスはしばらく黙っていた。
すると横からゲイルが口を挟んできた。
「アルフォンス、ちゃんともらえるもんはもらっとけよ」
「え?」
「何よりよ、この旅がお前一人で、友達のためについていくって話なら、それでもいいんだ。お前がそうしたいなら、俺が口を出すことじゃねえ」
「でもな」
ゲイルはアルフォンスの肩を軽く叩く。
「よく考えてみろ。今回はお前一人じゃねえだろ?」
アルフォンスが少し考える。
「……僕たちのパーティー?」
「ああ」
ゲイルは頷いた。
「お前以外にも仲間がいる。お前たちのパーティーだからこそ、できることだっていろいろあるんだろ?」
「……うん」
「だったら、その時間を使って依頼を受けるんだ。それ相応のものをもらわないほうが、むしろ失礼だろ」
アルフォンスは黙ってマーガレットを見る。
マーガレットも静かに頷いた。
「それにさ」
ゲイルは少しだけ真面目な顔になる。
「お前の優しいところは、確かにいいところだ。だけどな、それだけじゃ、いつか付け込まれるぜ」
「付け込まれる……?」
「一度、『アルフォンスならタダでやってくれる』って話が広まってみろ」
ゲイルは指を一本立てた。
「じゃあ俺も、俺もって奴が絶対に出てくる」
「……」
「そしたら、お前だけじゃねえ。お前と一緒にいる仲間まで、タダ働きさせることになる」
その言葉に、アルフォンスの表情が変わった。
「……それは、嫌だな」
「だろ?」
ゲイルはニッと笑った。
「だったら、ちゃんともらえ」
そして、アルフォンスの胸を指で軽く突く。
「お前がやってることは、ただで済ませるような仕事じゃねえんだ」
「僕が……?」
「そうだよ」
ゲイルは笑みを消して、まっすぐアルフォンスを見る。
「お前はちゃんと、人の役に立てる仕事ができる。仲間と一緒なら、もっといろんなことができる」
「……」
「だったら、それに見合った金をもらえる仕事をしろ」
ゲイルは最後に、ぽん、とアルフォンスの肩を叩いた。
「それも冒険者としてのプロ意識ってやつだ」
アルフォンスはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりとマーガレットへ向き直る。
「……わかりました」
「アルフォンスさん?」
「僕たちの時間を、僕だけのものだと思っていました」
アルフォンスは少し照れたように笑った。
「でも、みんなの時間でもあるんですよね」
「そういうこった」
「それに、もう一つ覚えておけ」
ゲイルがアルフォンスを見る。
「今回は、お前を指名して来たんだ」
「僕を……?」
「ああ」
ゲイルは頷いた。
「つまり、依頼人から見りゃ、お前はこのパーティーの顔だと思われてんだよ」
アルフォンスは少し驚いたように目を瞬かせる。
「このパーティーの……顔」
「そういうこった」
ゲイルは腕を組む。
「お前の意思一つで、このパーティーの命運が決まる。そう考えると、結構重てえだろ?」
「……」
アルフォンスは、仲間たちの顔を見る。
シャロ。
サンドラ。
そして、ガルド。
ガルドはアルフォンスと目が合うと、静かに頷いた。
その隣では、リリエルも穏やかな笑みを浮かべながら頷いている。
言葉にはしない。
けれど、その表情には――
「一人で背負わなくていい」
そう言っているような、確かな安心感があった。
アルフォンスは少しだけ視線を落とした。
自分が「行こう」と言えば、みんながついてくる。
そう考えると、確かに今までとは少し違って見えた。
「……責任、ですね」
「まあな」
ゲイルは肩をすくめる。
「でも、そんな難しく考えなくてもいい」
「え?」
「わからなかったら、俺に相談すりゃいい。
ガルドの旦那に聞いたっていい」
ゲイルがそう言うと、ガルドはもう一度頷いた。
「俺に分かることなら、いくらでも力を貸そう」
「リリエル姉さんも……?」
アルフォンスが尋ねると、リリエルは微笑む。
「もちろんよ」
そして、アルフォンスの目をまっすぐ見て言った。
「あなた一人で背負わなくても良いのよ?」
「……」
「頼ってくれていいの。だって、私たちは仲間なんだから」
アルフォンスは少しだけ目を丸くする。
ゲイルはそんな二人を見て、にやっと笑った。
「ほらな」
「え?」
「頼れる先輩も、頼れる仲間もいっぱいいるだろ?」
アルフォンスは、周りにいる仲間たちを見渡した。
シャロも、サンドラもいる。
ガルドもいる。
そしてリリエルもいる。
自分が全部を背負わなくてもいい。
困ったときには、相談できる人がいる。
「……そうですね」
アルフォンスは、柔らかく笑った。
「だったら、一人で全部決めようとすんな」
ゲイルはアルフォンスの背中を軽く叩く。
「パーティーってのは、そういうもんだろ」
「はい」
その返事を聞いて、ゲイルは満足そうに笑った。
やがて、ふっと笑う。
「……そうですね」
「では、こうしましょう」
マーガレットが提案する。
「冒険者ギルドを通して、正式な依頼にさせていただきましょう。アルフォンスさんのパーティーを指名する形なら、皆さんにもきちんと報酬をお支払いできます」
「分かりました」
アルフォンスは頷いた。
「それなら、僕も安心してお受けできます」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
アルフォンスは笑う。
「それじゃあ……改めて、故郷までご一緒させてください」
マーガレットは花が綻ぶように微笑んだ。
「はい。よろしくお願いいたします」
「それと、私からも一つお伝えしておきたいことがあります」
「はい?」
「何も、私がアルフォンスさんに依頼をお願いしたのは、アルフォンスさんがお優しかったから、というだけではないんですのよ」
マーガレットはそう言って、アルフォンスをまっすぐ見つめる。
「商人として申し上げます」
「商人……ですか?」
「ええ」
マーガレットは胸元に手を添えた。
「私たちの故郷では、
蝶が運んでくれた人というのは、
運命の人とされているんです」
マーガレットは、アルフォンスをまっすぐ見つめた。
「離れていた私とデイジーを、迷子とはいえ、再び出会わせてくれた……」
そして、柔らかく微笑む。
「その導きを持った蝶が運んでくれた人が
アルフォンスさんだったのだと、私は考えています」
「……導きの蝶」
「ええ」
マーガレットは静かに頷いた。
「きっと、この出会いにも意味があるのでしょう。
そして、これからの私たちにとって、
大切な指針になると思っています」
「……」
マーガレットはそっとアルフォンスの手を優しく包み込む。
「そういう意味でも、私はアルフォンスさんのことを本当に気に入ってしまいました」
「え?」
アルフォンスが目を丸くする。
「デイジーも、こんなに懐いてくれましたし」
「お兄ちゃん、好きー!」
デイジーがアルフォンスの腕にぎゅっと抱きつく。
「わっ……デイジーちゃん?」
「えへへ!」
アルフォンスが困ったように笑う。
その様子を見ていたマーガレットは、
少しいたずらっぽく目を細めた。
「できることなら……本当の家族になりたいくらいです」
「えっ!?」
アルフォンスが思わず声を上げる。
マーガレットはそんなアルフォンスを見て、
くすりと笑う。
そして、いたずらっぽく片目を閉じた。
「ふふっ」
「……マーガレットさん?」
「冗談ですよ。……半分くらいは、ですけれど」
「半分……?」
アルフォンスはますます困った顔になる。
その隣で、デイジーが嬉しそうに声を上げた。
「じゃあ、アルフォンスお兄ちゃんも家族になるの?」
「えっ」
アルフォンスが固まる。
マーガレットはそんな二人を見ながら、楽しそうに笑った。
その言葉を聞いた女性陣は、一瞬そろって固まった。
「…………」
「…………」
「…………」
最初に口を開いたのはシャロだった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……」
シャロはアルフォンスとマーガレットを交互に見る。
「家族って……今、家族って言った?」
「ええ」
マーガレットはにこやかに答える。
「デイジーもこんなに懐いていますし、私もアルフォンスさんのことをとても気に入っていますから」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
シャロは思わず頭を抱えた。
「なんでこの人、こんなに自然に距離を詰められるのよ……!」
「シャロさん?」
アルフォンスが不思議そうに声をかける。
「何か困ったことでもあるの?」
「あるわよ!」
シャロは勢いよく振り返る。
「大ありよ!」
「そ、そう……?」
アルフォンスは困ったように笑う。
その横では、ヘカテーが黙ったままマーガレットを見ていた。
「……家族」
小さく呟いて、ほんの少しだけ頬を赤くする。
「……すごいわね」
リリエルはそんな二人を見ながら、くすりと笑った。
「ふふ。アルちゃんらしいわね」
「リリエルまで何でそんなに落ち着いてるのよ!」
「だって、本当に家族みたいに仲良くなれたら素敵じゃない?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
シャロは再びマーガレットを見る。
マーガレットは相変わらず、余裕のある微笑みを浮かべている。
「ふふっ」
「……この人、絶対わざとやってる……」
シャロが小声で呟いた。
そしてアルフォンスを見る。
本人はというと――
「デイジーちゃん、家族っていうのはね……」
などと、真面目な顔で説明を始めている。
「……なんで本人だけ何も気づいてないのよ」
シャロは額を押さえた。
ヘカテーも小さく息を吐く。
「……アルちゃんだから」
「それで納得するの!?」
「……私もずっと一緒なら別に良い」
「……あんたも大概ね」
そんな二人のやり取りを聞きながら、マーガレットはまた楽しそうに笑っていた。
「えへへ」
隣から、デイジーの楽しそうな笑い声が聞こえた。
「え?」
シャロが振り向く。
デイジーは嬉しそうにみんなの顔を見渡している。
「アルフォンスお兄ちゃんだけじゃないよ?」
「……え?」
「シャロお姉ちゃんも、リリエルお姉ちゃんも、ヘカテーお姉ちゃんも、一緒になるの!」
「…………」
シャロの動きが止まった。
「……一緒って?」
「家族になるの!」
デイジーは当たり前のことのように言った。
「だって、お友達なら一緒にご飯食べたり、一緒に遊んだりするでしょ?」
「……まあ、そうね」
「だったら家族になったら、もっといっぱい一緒にいられるんだよ!」
デイジーは嬉しそうに指を折りながら数え始める。
「アルフォンスお兄ちゃんがご飯を作って、シャロお姉ちゃんがお手伝いして、リリエルお姉ちゃんが遊んでくれて、ヘカテーお姉ちゃんが本を読んでくれるの!」
「……」
「それで、私もお手伝いする!」
胸を張るデイジー。
「みんなで一緒に暮らすの!」
「…………」
女性陣は、そろって固まった。
シャロは顔を真っ赤にする。
「ちょ、ちょっと待って。なんでそうなるのよ……!」
「だって家族でしょ?」
「そうだけど……!」
「シャロお姉ちゃん、嫌なの?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
デイジーは不思議そうに首を傾げた。
「じゃあ嬉しくない?」
「……嫌じゃ、ないけど」
「じゃあ嬉しいんだ!」
「……っ」
シャロは完全に言い負かされた。
その横で、リリエルがくすくすと笑う。
「ふふ。デイジーちゃんにとって、家族ってとても素敵なものなのね」
「うん!」
デイジーは元気よく頷いた。
「みんなで仲良くして、いっぱいご飯食べて、いっぱい遊ぶの!」
「……なるほど」
ヘカテーも小さく頷く。
「……とても、デイジーらしいわね」
「でしょ?」
デイジーは嬉しそうに笑った。
そして、アルフォンスの手を握る。
「アルフォンスお兄ちゃんも嬉しいよね?」
「うん。みんなと一緒なら楽しそうだね」
「ほら!」
デイジーは得意げに胸を張った。
「アルフォンスお兄ちゃんも嬉しいって!」
「いや、そういう話じゃ――」
シャロが何か言いかける。
けれど、デイジーはもう次の話を始めていた。
「じゃあ、みんなでお家を作らないとね!」
「家まで作るの!?」
シャロの叫び声が響く。
マーガレットは口元に手を添えて、楽しそうに笑っていた。
「ふふふ。デイジーったら」
「だって、私みんな大好きだもん!」
デイジーは、何の迷いもなくそう言って笑った。
アルフォンスも、シャロも、リリエルも、ヘカテーも。
みんなと一緒にいるのが楽しい。
みんなが仲良くしてくれるのが嬉しい。
だから――
「みんな家族になったら、もっと楽しいよ!」
「…………」
シャロは何も言えなくなった。
さっきまで胸の奥で感じていた複雑な気持ちが、なんだか馬鹿らしく思えてくる。
「……ほんと、敵わないわね」
小さく呟く。
デイジーは意味が分からず、きょとんと首を傾げる。
「?」
その無邪気な顔を見て、シャロは思わず笑ってしまった。
「……ううん。なんでもない」
そして、ほんの少しだけ照れながら付け加える。
「……私も、デイジーのことは好きよ」
「ほんと!?」
「ええ」
「やったー!」
デイジーが嬉しそうに笑う。
「私もデイジーちゃんのこと、大好きよ」
リリエルが優しく頭を撫でる。
「私も……好き」
ヘカテーも小さく頷いた。
「アルフォンスお兄ちゃんは?」
デイジーがアルフォンスを見上げる。
「僕も大好きだよ」
「えへへ!」
デイジーは満面の笑顔になった。
「みんな大好き!」
「ふふっ」
マーガレットも笑う。
「私も、もちろんデイジーのことが大好きですよ」
「お母さんも!」
「ええ」
マーガレットはデイジーを優しく抱き寄せた。
その様子を見ていたシャロは、少し照れながらも微笑んだ。
「……私も、もっと一緒にいてもいいのかもね」
「うん!」
デイジーは元気よく頷いた。
「みんな一緒!」
その言葉に、アルフォンスたちは顔を見合わせる。
そして――自然と笑顔になった。
「じゃあ、みんなで仲良くしようね」
アルフォンスがそう言うと、
「うん!」
デイジーが嬉しそうに返事をした。
その小さな笑顔が、その場にいた全員の心を温かくしていた。
「みんな一緒!」
デイジーの無邪気な声が響く。
シャロは、そんなデイジーを見つめた。
「……みんな、一緒……」
その言葉を、ぽつりと繰り返す。
今まで、そんなことを考えたことなんてなかった。
アルフォンスと一緒に冒険すること。
ギルドで顔を合わせること。
料理を食べさせてもらったり、困ったときに助けてもらったり。
そんな一つ一つの出来事はあった。
でも、それがこれからも続いていくなんて――。
「……」
シャロはアルフォンスを見る。
いつものように、何も考えていないような顔で笑っている。
「……ほんと、おバカ」
小さく呟く。
けれど、その声にはいつもの呆れた響きだけではなかった。
「……まあ」
ほんの少しだけ、口元が緩む。
「……こういうのも、悪くないかもね」
それ以上は考えなかった。
まだ、考えられなかった。
ただ――
みんなと一緒にいる時間が、これからも続けばいい。
そんな小さな願いだけが、シャロの胸の中に残った。
ここまで読んでいただきありがとございます。
今回は、アルフォンスたちとマーガレット親子の交流が少しずつ深まり、いよいよ故郷ノルドベルへの護衛依頼へ向かうお話でした。
「友達だから無料」ではなく、「友達だからこそ、お互いの時間や仕事を大切にする」。
アルフォンスにとっても、冒険者として、そしてパーティーの一員として一つ成長する出来事になったのではないかなと思います。
そしてデイジーにとっては、とにかくみんなと仲良くなれたことが嬉しい。
「みんな一緒!」
そんなデイジーの無邪気な言葉に、大人たちも少しずつ心を動かされていきます。
次回からは、いよいよ北への旅が始まります。
アルフォンスたちは、マーガレットとデイジーの故郷へ向かいます。
どんな出会いや景色が待っているのか。
そして、旅の中でみんなの関係がどう深まっていくのか。
どうぞ次の物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。
旅人の皆様、
次の物語でお会いしましょう。




