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第四十二話 迷子の探しの裏側では

パチン。


鈍い音が響き渡る。


「この変態!」


そう女の人に怒られながら、避けられる男。


それがゲイルだった。


俺は昔から、困難ばかりだった。


ちょっとは魔法の才能があったけど、大したもんじゃねえ。

せいぜい風を起こして、いたずらするくらいだ。


そんなバカガキでも、みんなは優しくしてくれた。

悪いことをすれば怒ってくれた。


そうやってどうにか、今の道に戻……いや、進むことができた。


一応、風魔法が使えるから「つむじ風」なんて二つ名まで貰っている。


……まあ、この「つむじ風」ってのも、昔スカートめくりをしていたときのあだ名なんだけどな。


今日も失敗しちまった。


何が悪かったんだろうな。


そんなことを考えながら歩いていると、向こうから一人の男が歩いてきた。


今、王国で話題になっている男だ。


「あれは……確か、アルフォンスだったか?」


そういや、あいつ。


べっぴんさんがそばにいたよな。


しかも、氷壁を落としたっていう。


……面白そうだな。


「じゃ、一遍声かけてみっか」


「よお。お前がアルフォンスか?」


「あの氷壁を落としたっていう――」


アルフォンスは、きょとんとした顔をした。


「えっ、氷壁? 何のことですか?」


……。


はい、こいつマジかよ。


今まで誰もできなかったことをやったんだぜ?


なんでこいつ、何も分かってねえんだ?


今回の失敗を踏まえて、俺はこいつにいっぺん相談をしてみた。


「なあ、お前。俺と大人の遊びをしねえか?」


「大人の遊び?」


「ああ。ナンパだよ」


「ナンパなんて、そんな……」


断りやがったぞ、こいつ。


真面目ちゃんか。


ちょっと頭をひねって考える。


うーん……。


「じゃあ、友達作りってのはどうだ?」


そう提案すると、アルフォンスは嬉しそうに乗ってきた。


そして歩き出してから、三十分。


俺の方は声をかけても、まったく引っかからねえ。


ツーンとした顔をされて、そのまま逃げていく女子たち。


まあ……ほっぺたに赤いもみじをつけた男に、声をかけられたい女なんて、そうそういねえよな。


一方。


アルフォンスはというと。


行く先々で、なぜか声をかけられている。


「あ、あれ? あの子、最近入った新人のかわいこちゃんじゃねえか?」


「あっちは……え? 町の美人まで?」


なんでだ。


こいつ、いったいどんな魔法を使いやがった?


「えっ、何もしてませんよ」

と惚けやがる。


こいつのタラシの謎を解こう


そう思った俺は、アルフォンスにある提案をすることにした。


「よし、アルフォンス。一旦ナンパはやめだ」


「えっ?」


「これからお前を観察したい」


「観察?」


「ああ。観察っていうか……普段のお前の様子を、俺に見させてくれよ」


アルフォンスは少し不思議そうな顔をしている。


「後ろからついてくから。気にすんな」


「はあ……」


そんなわけで、俺はアルフォンスから少し離れて、後ろをついていくことにした。


別に邪魔するつもりはねえ。


ただ、見てみたくなったんだ。


こいつが普段、どんなふうに人と接しているのか。


いったい、何がこいつをこんなに人に好かれる男にしているのか。


俺は少し距離を取ったまま、アルフォンスの背中を見守ることにした。


俺と別れてから、すぐだった。


アルフォンスが急に走り出した。


「なんだ?」


何かと思って見てみると、道の隅っこで小さい女の子が泣いている。


おいおい。


見知らぬ子だぞ。


何すんだ、と思って見ていると――


アルフォンスは女の子のそばまで駆け寄り、しゃがみ込んだ。


そして、女の子と目線を合わせて話しかけている。


……なるほど。


まずは目線を合わせるのか。


それから、ちゃんと話を聞いてやってる。


へえ。迷子の子供みたいだな。


なんで二人の会話が聞こえるのかって?


ウインドボイスって言う魔法だよ


まあ、俺の特技ってやつだな。


……って、誰に説明してんだ、これ。



「え、いきなり名乗ったぞ、こいつ」


しかも相手は見知らぬ女の子だぞ。


「お友達に?」


……あ。


快諾されてる。


「こいつ、なんてコミュニケーションだよ……。どうなってんだ?」


さっきまで泣いてた子が、もう笑ってる。


やっぱバケモンだわ、こいつ。


……あ。


手ぇつないで行っちまったぞ。


いや、展開が早すぎるだろ。


……まあ、いい。


ちょっと教えてやるか。


ウインドボイスは聞くだけじゃないんだぜ


(アルフォンス。人探しをするなら、一度ギルドの方に行ってみろ、返事はしなくて良い)


(ああ。見なりからすると、いいとこのお嬢ちゃんに見えるからな)


(もしかすると、この町に来てる商人の誰かの娘かもしれねえ。だったらギルドに何か情報が入ってる可能性もある)


そう言うと、アルフォンスは素直に頷いた。


「わかりました。行ってみます」


……ほんと素直なやつだな。


俺の方は、少し離れたところから二人の後を追う。


さて。


こいつはいったい、どこまで俺を驚かせてくれるんだ?




ふんふん。


デイジーちゃんと母親は、マーガレットっていうのか。


なるほどな。


そうやってアルフォンスとデイジーの会話を聞いていると――


トントン。


後ろから肩を叩かれた。


「うん?」


振り向く。


……この町の憲兵だ。


「あなた、何してるんですか?」


「へ?」


「近所の方から、不審な人がいると通報があったんですけど」


「いや、俺、怪しいもんじゃねえって!」


なんでだよ!


俺はただ、アルフォンスを観察してただけだぞ!


「この冒険者ギルドのゲイルっていうんだ。今ちょっとミッション中でな。気にしねえでくれ」


「……ミッション?」


憲兵が怪訝そうな顔をする。


「そうそう。重要な任務なんだよ」


「…………」


なんだ、その目は。


信用してねえな?


「本当に怪しい者じゃないんだって!」


俺は冒険者だぞ!


……まあ、端から見れば、見知らぬ男が子供連れの男を尾行してるようにしか見えねえんだけどな。


…………。


いや。


そりゃ通報されるわと、天を仰いだ



すると、憲兵のうちの一人が頭をかきながら近づいてきた。


「ああ、その人はゲイルさんだ」


「え?」


「見てくれは怪しいけど、悪い人じゃねえよ」


「こ、これは失礼しました!」


「いえいえ、わかってくれればいいんだ」


俺は安堵の息を吐いた。


……助かった。


どうやら知り合いの憲兵がいてくれたらしい。


しかし。


誰が怪しいやつだよ。



念のため憲兵に迷子のデイジーちゃんとその母親の情報を伝えて俺は別れた。


何かわかったら俺にも教えてくれよ


さあ、アルフォンスが進む先には、

あれはクレープ屋か。


ああ、この子もちょっと疲れてそうだもんな。


お前その気遣いできんのか。

アルフォンスは買ったクレープを持って行き、

空いている席の方へ向かった。


とても自然な様子で椅子を引いて、

どうぞと座らせてあげる。


こいつ紳士かよ。


談笑しながらクレープを食べていると、


どうやら口元にチョコレートがついているらしい。

お、こいつめっちゃ自然な様子で口元拭いたぞ。


しかも、顔がもっと可愛くなった。


こいつどっからそんな言葉出てくるんだ。


この女の子もマンザラじゃねえな。


ほう、子供であってもレディとして扱うんだな


そうして観察を続けていると――


再び、肩を叩かれた。


「ゲイルさん」


「ん?」


振り返ると、さっきの憲兵だった。


「例の子のお母さん、見つかったそうだよ」


「おっ、本当か!」


「今、ギルドにいるらしいから、伝えてあげな」


「そりゃ助かる。ありがとな!」


俺は礼を告げると、すぐにアルフォンスへ連絡を取った。


(アルフォンス。その子のお母さんが見つかったみたいだ。ギルドにいるそうだ)


「本当ですか!」



アルフォンスは、

デイジーちゃんを安心させるように声をかけた。


どうやら母親が見つかったことを伝えているらしい。


そして、二人はギルドへ向かって歩き出した。


(アルフォンス、その道を行った方が近い。そこを左だ)


アルフォンスが言われた通りに曲がる。


(そうそう。そこをまっすぐ)


また少し進んで、


(そこを右で到着だ)


俺の案内で、二人はあっという間に

ギルドの前までたどり着いた。


さて。


ギルドの前に着くと――


金色の髪をルーズテールにした、

妙齢の女性が立っていた。


どれどれ。


ご尊顔を拝見、と。


…………。


おいおい。


なんだ、この人。


そこにいたのは、とんでもない美人だった。


金色の髪をなびかせた、とてつもない美人。


伏し目がちな目。


どこか儚げな雰囲気。


そして、口元にある小さなほくろ。


……色っぽい。


いや、待て。


特に目を引くのが――


ベルベットドレスの胸元を押し上げる、

圧倒的な存在感。


服が可哀想だ。


それに

ドレスの襟から見えるその谷間に男達は釘付けだ。


「おお……」


周りの男どもも、ちらちら見てやがる。


かくいう俺も、やっぱり見ちゃうよね。


だって男だからな。


いやぁ……。


すんげえ俺のタイプだ。


アルフォンスの手を引いたまま、デイジーちゃんがマーガレットさんのところへ駆け寄っていく。


「お母さん!」


その声に、マーガレットさんが振り向いた。


「デイジー!」


母親の顔だ。


さっきまでの儚げな美人とは違う。


娘を見つけた瞬間、表情が変わった。


……へえ。


そんな顔もするのか。


するとアルフォンスが、マーガレットさんの顔を確認するように見つめる。


「マーガレットさん、で合っていますか?」


「はい。あなたは……?」


「僕はアルフォンスです。デイジーちゃんを探していました」


「まあ……」


「デイジーちゃんみたいに、とても綺麗な方だったので、すぐに分かりましたよ」


……え?


おい。


そこで顔を褒めるのか?


しかも娘さん本人の前で?


ちらっとマーガレットさんを見る。


……あ。


まんざらでもねえぞ、この人。


「お母さん!」


デイジーちゃんがもう一度声を上げる。


マーガレットさんは娘に気づくと、すぐに駆け寄った。


「デイジー、心配してたのよ。ひとりにしてごめんね」


そう言って、デイジーちゃんをぎゅっと抱きしめる。


その顔は――


紛れもない、母親の顔だった。


「ううん、寂しくなかったよ」


デイジーちゃんは笑っている。


「アルフォンスお兄ちゃんが一緒にいてくれたの」


そう言って、手を繋いだままのアルフォンスの方を向いた。


……なるほど。



デイジーちゃんは、今日アルフォンスにしてもらったことを、マーガレットさんに楽しそうに話している。


迷子になったこと。


アルフォンスと友達になったこと。


一緒にクレープを食べたこと。


道を歩いて、お母さんを探してくれたこと。


次から次へと話すデイジーちゃんの言葉を、マーガレットさんは嬉しそうに聞いていた。


まるで、自分のことのように。


……いい顔するな。


母親ってのは、娘が楽しそうにしてるだけで、あんなに嬉しそうな顔をするもんなのか。


そうして話を聞き終えると、マーガレットさんがアルフォンスに向き直った。


どうやら、改めてお礼をしたいらしい。


ところが――


「いえ、お礼なんていいですよ。僕が好きでやったことですから」


アルフォンスは、そう言って断った。


なんでそこで断るんだよ。


せっかくの美人とお近づきになったってのに。


もったいねえなぁ……。


……いや。


まあ、友達っていうなら分からなくもない。


でもな。


ちょっと奥さん。


その目は――


娘の友達に向ける顔じゃねえな。



マーガレットさんの

友達をもてなしたいという気持ちを汲んで、

アルフォンスは申し出を了承した。


どうやら三人で食事をすることになったらしい。


……ん?


アルフォンスが、きょろきょろと周りを見渡している。


ああ。


俺を探してんのか。


アルフォンスに、ウインドボイスを飛ばす。


(俺のことはいいから、三人で楽しんでな)


アルフォンスは少しだけ周りを見渡したあと、頷いた。


そして三人は手を繋いで、歩き出していった。


俺は、その後ろ姿を見送る。


……さて。


ここから先は、俺の出番じゃねえな。


そう。


男は引き際が肝心なんだ。


いくら美人とはいえ――


他の男を見てる女に手ぇ出すもんじゃねえ。


それに、馬に蹴られたくねえしな。


絶対失敗する。


俺の勘が、そう告げている。


まあ、聞き耳は立てるけどな。


ウインドボイスを使って、少し離れたところから三人の会話を聞く。


今日あった楽しかったこと。


自分たちのこと。


北部の町の出身だということ。


そして、何日かしたら町へ戻るので、その時には護衛をしてほしいということ。


なるほどな。


そういうことか。


若いうちに旦那さんを亡くして、子供を育てながら商家を切り盛りしてるのか。


……とんでもなく大変な目に遭ってんだな。


しかも、あんだけの器量良しだ。


寄ってくる男だって、いっぱいいただろうに。


それでも、あの子のために一人で生きてきた。


……すげえ人だな。


そんな中で――


アルフォンスの返しが、俺には妙に気になった。


マーガレットさんの話を聞いたアルフォンスは、


「それは、つらかったですね」


とも、


「大変でしたね」


とも言わなかった。


「とても頑張ったんですね。お二人で」


そしてはっと息を呑む声が聞こえた。

震える声で、

「そうです。

この子は私の宝物ですから、

この子がいるから私は頑張ることができたんです」


……二人で?


俺は思わず、アルフォンスの方を見る。


そうか。


こいつは、分かってるんだ。


マーガレットさんが一人で頑張ったわけじゃないことを。


確かに旦那さんを亡くして、商家を切り盛りして、娘を育ててきた。


それだけ聞けば、一人で全部背負ってきたようにも見える。


でも違う。


マーガレットさんが頑張れたのは、デイジーちゃんがいたからだ。


デイジーちゃんもまた、母親と一緒にその時間を生きてきた。


マーガレットさんは、デイジーちゃんのために頑張った。


そしてデイジーちゃんも、そんな母親の支えとして育ってきた。


アルフォンスは、それをちゃんと分かっていたんだ。


……なるほどな。


こいつは、人の苦労を見るだけじゃねえ。


その人が、誰と一緒に生きてきたのかまで見てるのか。


だから――


ただ助けてもらっただけの、

今日初めて会った他人に

冒険の依頼を出せるんだろうな。


普通なら、もう少し相手を知ってから考える。


でもマーガレットさんは違う。


アルフォンスがデイジーちゃんにどう接したのか。


どんな言葉をかけたのか。


どうやってここまで連れてきたのか。


それを見て、こいつなら任せられると判断したんだ。


……なるほどな。


ってことは、この人もやっぱり――


一角の商人の目を持ってるな。


最初は遠慮していたアルフォンスも、二人からの押しに根負けしたみたいだな。


どうやら、引き受けることになったらしい。


……護衛依頼か。


なるほどな。


そいじゃ――


俺もちょっと、かませてもらおうかな。


アルフォンスがどんな冒険者になっていくのか。


もう少し近くで見てみるのも、悪くねえ。


ふと、俺はこいつのことを考えた。


今日一日。


こいつ、自分のために何かした時間が――


一秒もねえんじゃねえか?


最初は俺の都合で引っ張り回した。


その次は、迷子の子供のために動いていた。


自分がやりたいことをするんじゃなくて、誰かのために時間を使っている。


……こいつ。


自分のために時間を使わねえんだ。


それが悪いことだとは思わねえ。


むしろ、こいつらしいんだろうな。


でもな。


こんな面白えやつが、そんなことで潰れちまったら――


面白くねえだろ。


冒険者ってのは、いつ何が起こるか分からねえ。


だからこそ、自分のために使える時間ってのは大事なんだ。


遊ぶ時間も。


笑う時間も。


何の役にも立たねえことをする時間も。


そういうのを、ちゃんと持っておかなきゃいけねえ。


……よし。


決めた。


先達として――


こいつには、息抜きってもんを教えてやらねえとな。



戻ってきたアルフォンスに、俺は声をかける。


「お前、面白いやつだな。気に入ったぜ」


そして、少し考えてから続ける。


「もしお前のパーティーに斥候が足りないなら、俺を誘えよ」


アルフォンスは、少し驚いた顔をする。


「えっ、いいんですか?」


「あぁ」


俺は肩をすくめる。


「お前がこれから、どんな冒険者になるのか楽しみだからな」


アルフォンスは首を傾げる。


「?」


……よく分かってねえな。


そんなこいつを見て、つい笑ってしまう。


「見てて飽きないってことだ」


そう言って、アルフォンスの肩を軽く叩く。


「お前は、そのままでいろよ」


こういうやつは、大事にしなくちゃな。


これからのこいつとの旅路も、楽しそうだ。


……まあ。


多分、美人をいっぱい引っ掛けるだろうからな。


俺の勘は、そう告げている。


――この予感は、見事に当たる。


ただし。


アルフォンスには、俺の予想以上に女が寄ってくるのに――


なぜか俺には、まったく引っ掛からない。


……。


やっぱりおかしいよ、アルフォンス!

ここまで読んでいただきありがとございます。


今回は、迷子探しの裏側でアルフォンスを観察していたゲイルのお話でした。


最初はアルフォンスの「人たらし」の秘密を探ろうとしていたゲイルですが、一日を通してアルフォンスの人との接し方を見ていくうちに、少しずつ彼のことが気に入っていきました。


そして最後には、アルフォンスのこれからの旅を見守る先輩として、パーティーへの参加を申し出ることに。


ゲイルにはこれから、冒険だけではなく「息抜き」や「自分のために時間を使うこと」もアルフォンスに教えてもらおうと思っています。


アルフォンスの旅に、また新しい風が吹き始めました。


旅人の皆様、

次の物語でお会いしましょう。

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