第三十九話 コンパスと実地訓練
また、別の日、
アルフォンスは地図学の講義を受けることとした。
講師は前に立つと最初にこう言い始める。
「皆さん、地図学ってどんな印象を持っていますか?」
受講者の1人はこう回答する。
「えっ、綺麗に地図を書くことを学ぶ講義ではないのですか?」
講師はニッコリ笑い
「その考えも間違いではありません。
冒険者となる皆さんは
これから誰も踏み込んだことがない
未知の領域に向かうことがあります。
何もわからないところに居続けると言うのは
死地にあるのと同義です。
そんな時に、少なくともあなたの周囲、通ってきた道を把握できている。
それは自分の退路を確保できていると
言うことになります。
そして誰も踏み込んだことがないダンジョン、
土地の情報というのは貴重なものです。
初見ではないというのは生存率にも影響するので
故に高い情報料に変わるんですね。
故に私は地図学をこう定義します。
未知の領域から生きて帰り
その足跡を富に変える
サバイバルビジネスになる
そう思っています。
この講義が冒険の一助になればと思います。
では始めます。」
その言葉で講義が始まった。
「これから皆さんにこの『コンパス』をお渡しします。
講義、ひいては冒険のお供にしてください。」
コンパスを手に取ったアルフォンスは
これからの講義に目を輝かせた。
それから数日間に渡り座学や講義が続いた。
そもそもの地図を書く技術の前に、
正確に線を引くやりかたを学んだり
コンパスを使った方位測定と自分の歩幅だけを頼りに、
歩数から移動距離を正確に割り出す歩測という技術を
実際に自分の体格を参考に実践して覚えたり
道を迷わないために、わかりやすい目印となるもの
の形状や大きさを正しく記録して自分以外の人も理解しやすくするランドマーク選定の大切さを学んだり
未到地の地図でも冒険者みんながわかるように
魔物の巣、底なし沼、毒ガスが湧くエリアなど
を一目でわかるように共通認識の地図記号について学んだり
古代の遺跡などの地図(建築図面)から、
「ここに空間があるなら隠し部屋があるはずだ」
「この配置はトラップかもしれない」
と構造の不自然さを見抜く地図の読図を学んだりした。
生徒の1人が声を上げる。
「あーーーっ、もう無理! 覚える記号が多すぎるんだよ! なんで『ただの岩』と『魔物の巣の岩』で、描き分ける線の太さがコンマ数ミリ違うだけで減点されるんだよ!? 」
「……先生、歩測のやり直し、これで4回目なんですけど。途中で大きい音が鳴って走っちゃったら、自分の歩幅がどれくらいだったか分かんなくなるに決まってるじゃないですか。」
講師はうんうんとうなづきながら返す。
「初めの時に言ったと思うけど
未踏地の正確な地図は、国やギルド、引いては
他の冒険者に超高値で売れるんだ。
君の書いた地図が『どれだけ正確で価値があるか』
っていうのが大事なんだ。
さあ、頑張ろう」
「僕がやりたいことは島のどこかに×印がついている羊皮紙の地図を持って風の向くまま宝探しをすることで…」
「うんうん、ロマンがあっていいね。
そういうのも基礎があってこそだと思うよ。
でもさ、こう考えるとロマンはない?
その宝の地図に君が新たに調べたことを書き込むの。
例え宝が見つからなくても
その思いと地図は次の探検家に引き継がれる
どうかな?」
そう言葉巧みにやる気を引き出す講師だった。
「君は何かないのかい?」
そう問われたアルフォンスは笑いながら
「いえ、この学んだことを生かしてパーティーのみんなの道導になれたらと思うだけです」
「道導、良い言葉だね。
君のパーティーが安心して進める冒険になると良いね」
1週間にも及ぶ講義の後に実地訓練を行うこととなった。
向かう先はギルドで管理されている
初心者用のダンジョンに向かうことになる。
同伴者はギルドから選ばれるというが
誰になるんだろう。
「あら、アルちゃんじゃない?」
「アルフォンスだ」
最近知り合いになった黒髪長髪の大柄の漢女とネコミミフードの少女が声をかけてきた。
「知らない人かと思って緊張してましたけど、
お二人なら安心だよ」
アルフォンスは安堵して、こう返す。
「アルちゃんったらお上手ね」
「私たちはあくまで付き添い、頑張るのはあんたよ」
移動を開始して目的のダンジョンへの道中、
習ったことを反復するように
王都から目的地までの地図に書き込みをしている。
ダンジョンでは白紙からスタートだが
目的地までは地図を配布されていた
「ここに行くためにはここの十字路を南の方に…
だからこっちだ」
「この大樹はいい目印だ」
呆れるようにシャロは
アルフォンスに声をかけようとする
「あんたやっぱり真面目よね、
この道でやったことなんて…」
サンドラはシャロの声を手で制する
「良いのよ、させてあげなさい。
男の子はね、覚えたことを実践するのが楽しいのよ」
「うふふ、アルちゃんがずっと気を張って倒れないか心配なのね?」
「誰が、そんなこと、言ったのよ!
私たち冒険者は新人を育てるって
教えてくれたのは姐さんでしょ」
からかうようなサンドラにシャロが反論する。
「でも、これじゃいつになったら
着くのかわからないじゃない?」
「多分、大丈夫よ、アルちゃんなら…ね」
アルフォンスのカバンをチラリと見て
シャロにウィンクをする。
思った以上に進むスピードが
遅くなってしまったことに謝罪しながら
アルフォンスはカバンを開く。
「お二人の口に合えば良いんだけど」
そう言って取り出したのは
日持ちするハーブ(ローズマリーやセージ)と
塩コショウでしっかり炒めた豚肉と
タマネギの酢漬けを挟んだポークサンド
汁気が垂れないよう、
全体をしっかり油紙でキャンディのようにきつく巻いてある
「歩きながら食べられるって考えてこれにしたんだけどどうかな?」
油紙を開いてかぶりつく。
2人は肉汁と玉ねぎの味わいとパンの柔らかさに目を輝かせ、あっという間に平らげてしまう。
「道中で食べられるものなんて
普通なら水分のない乾パンと干し肉のサンドみたいなものだと思うのに、
やっぱりアルちゃんの料理は最高ね。
甘いもの以外もいけるなんて、お姐さん夢中になっちゃうかも…」
うっとりした表情のサンドラと
「アルフォンスの料理美味しかったわ
この前のじゃなくても良いから
今度はまた甘いものを作ってよね」
口元に食べカスをつけたまま、
ふんぞり変えるシャロに笑いながら
「2人が今日の同伴者ってわかってたら
もう少し凝ったものを作ってたんだけど
今日はこれで我慢してね」
「シャロさん、こっち向いて?」
「うん、何…」
アルフォンスはシャロの口元を濡らしたハンカチで拭きながら笑う。
「そんなに気に入ってくれたなら嬉しいよ」
突然触られた驚きと食べカスをつけていた羞恥で顔を真っ赤になり湯気が出そうなシャロ
「あ、あんた、いきなり女の子に触んじゃないわよ、おバカぁ」
と怒られてしまった。
アルフォンスの料理に舌鼓を打ちながら進んでいった。
さあ、腹ごしらえをしたらやっと目的地だ。
頑張るぞ
読んでいただきありがとうございます。
今回はアルフォンスが冒険者として、地図学を学ぶお話でした。
地図を書くことは、ただ綺麗に描くことではなく、
自分が生きて帰るため、そして次にその道を歩く人へ情報を残すためのもの。
アルフォンスも、学んだことを自分のためだけではなく、
「パーティーのみんなの道導になれたら」と考えています。
そして今回から、シャロとサンドラもアルフォンスの冒険者としての勉強に付き添ってくれることになりました。
……なお、真面目に勉強しすぎて移動が遅くなったアルフォンスには、
二人からお叱りではなく、お腹いっぱいになるポークサンドが振る舞われました。
次回はいよいよ初心者用ダンジョンでの現地実践です。
アルフォンスは学んだ地図学を、冒険の中でどう活かすのでしょうか。
次回もよろしくお願いします。




