第三十六話 あなたのためのローズタルト
後数日で、
母親のエレナの誕生日が近づいて来たが
アルフォンスは一つの悩みを抱えていた。
10歳の頃から、母親のためにと作り始めた誕生日ケーキ
最初の頃からずっと喜んでくれてはいるものの
ここ数年は、ケーキをちょっとずつ残す量が増えて来ていた。
「歳のせいかしらね?」
とちょっと申し訳なさそうに微笑みながら
フォークをおく姿が印象に残っている。
「どうしたら、
また一緒に誕生日ケーキを楽しめるだろう?」
昨年までの残っていたケーキの状態を思い返していた。
「確か母さんの残したものは生クリームにスポンジ…
中に入っている果物はちゃんと食べていたよね。
やっぱり生クリームが重かったのかな?
今年は生クリームを使わない
フルーツが主役のケーキを作りたい
母さんがリンゴは食べられるのは
確認できているから
リンゴを使ってみよう」
アルフォンスは以前に通っていた
街の甘味処『せせらぎ亭』で食べたケーキのことを思い返していた。
「確かあの時、生クリームを使わないケーキがあったよね?」
そこでふと思い出す。
店に並んでいた色とりどりのフルーツタルト。
そこで店員に、
「これはどうやって作ってるんですか?」
と聞いたことがある。
ヘカテーは隣で、
「アルちゃん、また料理の話してる……」
ちょっとだけ苦笑されながら、メモをとっていた。
その節はごめんねヘカテーちゃん。
「確か、レシピ帳に書いたんだ。
えーと、フルーツタルト…だったね」
「えーと、なになに?
タルトの生地はビスケットの生地の作り方は一緒。
好きなフルーツやジャムを乗せればいいのか?
フルーツはリンゴを使うとして
ジャムはお母様達からもらった薔薇のジャムと
アプリコットのジャムを使っちゃおう。
よーしやるぞー」
まずは生地作り、
アルフォンスは、昔エレナに教わったクッキー生地の作り方を思い出していた。
バターと砂糖をすり混ぜる感覚も、
小麦粉を加えてさっくりとまとめる手つきも
僕の両手がちゃんと覚えている。
「最近作っていなかったからなあ、
ちょっと……懐かしいな」
「昔は、もっと上手くできなかったっけ」
形を整えながら、アルフォンスは小さく笑った。
「こうやって、薄く伸ばすんだったよね」
今日はそれを型抜きするのではなく、
薄く伸ばしてタルト型の底へと
丁寧に敷き詰めていった。
フォークで生地にぽつぽつと空気穴を開けた後
アーモンドクリームを生地の表面に敷き詰める。
次に、薔薇のジャムを掬って
アーモンドクリームの上から塗っていく。
「リンゴはどうしよっかな、
そのままじゃ流石に食べにくいだろうし、
薄くスライスしたみようかな?」
生地に乗せる前に配置を考えてみる
「適当に置くんじゃ、見栄えが悪いよね…
円形に並べると綺麗、あっ、これをずらして並べていくと薔薇の花みたいに見える。」
その発想に従い、
生地の上にりんごでできた薔薇の花が咲いた。
後はかまどに入れる
懐中時計を見ながら、出来上がりを待つ。
出来上がりが近づくと
リンゴの焼ける甘酸っぱい香りと、
熱された薔薇のジャムがふわりと香り立つ
仕上げにアプリコットジャムを塗って完成だ。
「いい匂いだね、母さん喜んでくれるかな?」
ーー
「お誕生日おめでとう、母さん」
ケーキのカバーを外すと、
閉じ込められていた熱い香りが一気に広がった。
「えっ?」
エレナは驚いて小さく息を呑む。
お皿の上に咲いていたのは、
大輪の真っ赤な薔薇だった。
薄く切ったリンゴが、
外側から中心に向かって、
まるで本物の花びらのように
何重にも重ねられている。
仕上げに塗ったアプリコットのジャムが光を浴びて、
朝露に濡れた花弁のように瑞々しくきらめいていた。
「これ、あなたが作ったの……?
綺麗ねえ、食べるのがもったいないくらい」
エレナの瞳が、少女のように輝く。
「これはね、フルーツタルトって言ってね
母さんに昔習った、クッキー生地を利用しているんだ。
後はうちの果樹園のリンゴやアプリコット
お母様達から頂いた薔薇のジャムを使ってみたよ。
最近生クリームが辛そうだから
母さんが食べられるケーキを作りたいって思ってたんだ。
アルフォンス特製の『リンゴのローズタルト』だよ
召し上がれ」
エレナは小さく切り分けたタルトを、
ゆっくり口へ運んだ。
口に入れた瞬間、
アプリコットとリンゴの甘酸っぱさが広がり、
噛み締めると奥から薔薇の香りが
じわじわと追いかけてくる
「……」
アルフォンスは黙って、その表情を見つめている。
「……美味しい」
その一言に、アルフォンスの顔がぱっと明るくなる。
「本当?」
「ええ」
エレナはもう一口、ゆっくりと食べる。
「今年は……最後まで食べられそうね」
「……よかった」
アルフォンスは、嬉しそうに笑った。
「それじゃ、僕も食べてみよ。
うーん、歯応えもリンゴの味も、薔薇の風味も最高だ。」
ふとアルフォンスは自分の異変に気がつく。
「あれ、美味しいのになんで涙が出るんだろ。
止まらないや、おかしいなぁ?」
涙が溢れて止まらない。
エレナはアルフォンスを抱きしめる。
「アルちゃん、私のためにありがとうね。
アルちゃんの気持ちがいっぱい詰まったタルト
本当に美味しいわ。
また来年も食べさせてね」
「うん…また作るから」
今回はアルフォンスがエレナのために、新しい誕生日ケーキを作るお話でした。
生クリームを使わず、リンゴを薔薇の花に見立てた「リンゴのローズタルト」。
昔エレナから教わったクッキー生地が、今度は母の誕生日ケーキに生まれ変わりました。
料理が好きなアルフォンスらしい、優しい誕生日になったかなと思います。
そしてエレナの「また来年も食べさせてね」。
二人にとって、この日が素敵な思い出になっていたら嬉しいです。
それでは旅人の皆様
次の物語でお会いしましょう




