第三十五話 初めての『おかえり』
朝日が昇る。
ガルドが一人、テントの外で目を覚ます。
「……ふぁ……」
「さて、と」
周囲を見渡す。
「……ん?」
昨日、男女で分けたはずのテントを見る。
「おいおい」
「まだ寝てんのか?」
そろそろ出発しようと、テントの入り口を開ける。
そこには――
アルフォンス、ヘカテー、リリエルの三人が、寄り添うように眠っている。
三人とも、とても穏やかな寝顔。
昨日の冒険の疲れと安心感から、
子供の頃のような無防備な笑顔を浮かべている。
ガルドはしばらく黙って眺める。
そして、
「…………」
「まあ、いいか」
「朝っぱらから叩き起こすのも野暮ってもんだな」
「今日は天気もいいし、寝過ごすくらい仕方ねえ」
そっとテントを閉めて自分のテントに戻っていく。
急ぐ旅でもないから出発を少し遅らせよう
⸻
しばらくして三人が起きてくる。
アルフォンスが大きく伸びをする。
「……よく寝たぁ」
ヘカテーも、
「……眠い」
リリエルが微笑む。
「皆さん、よく眠れたようですね」
テントから顔を出すと
ガルドは笑いながら話しかける
「おう。寝坊助ども、飯食ったら帰るぞ」
「うん!」
朝食を済ませ、キャンプを片付けて
そして四人は王都へ戻っていった
⸻
王都の冒険者ギルドへ戻ってくる。
扉を開けた瞬間――
「おっ!」
「新人パーティーが戻ってきたぞ!」
周囲の冒険者たちが振り返る。
「どうだった?」
「初依頼、無事終わったか?」
「怪我してねえかー?」
アルフォンスは戸惑う。
「……え?」
自分たちが帰ってくることを、みんなが待っていた。
ガルドは慣れた様子で、
「ほら、行ってこい」
「依頼の報告だ」
困惑した様子でアルフォンスたちは受付へ向かう。
⸻
アルフォンス達が採取した薬草の袋を提出する。
「えっと……」
「薬草、これです」
「納品をお願いします。確認してください」
たくさんの袋をモカが受け取る。
「はい。確かに承りました」
一つずつ確認。
「あーいっぱいとりましたねぇ」
ココアが覗き込む。
モカは納品物を確認し、アルフォンスへ視線を向ける。
「初めての依頼でしたが、きちんと達成できています」
ほんの少し口元を緩めて、
「私の目から見ても、量も質も満点です。お疲れ様でした」
アルフォンスの顔がぱっと明るくなる。
「はい! ありがとうございます!」
アルフォンスが嬉しそうに頭を下げる。
モカも、その姿を見て優しく微笑んだ。
「…………」
「…………」
「…………今、モカちゃん笑った?」
「え?」
「いやいやいや、待て」
「俺も見たぞ」
「嘘だろ……」
「あの『氷壁のモカ』が……?」
「笑った……」
「誰だ、あの壁を崩した奴」
「新人だろ?」
「どんな奴だよ……顔見てえ」
「しかも普通に笑ってもかわいいじゃねえか……」
「おい、モカちゃんが笑うところ初めて見たぞ」
「今日、酒がうまいわ」
「あなた達、何を騒いでいるんですか」
モカが振り返る。
「…………」
冒険者たちが一斉に黙る。
「……仕事に戻ってください」
「「「はい」」」
モカはため息をつく。
その隣でココアが、ほわほわと笑っていた。
「モカちゃん、嬉しかったんだねぇ」
「……何のことかしら」
「アルフォンス君が、ちゃんと帰ってきてくれたこと」
「…………」
モカは答えない。
ただ、先ほどアルフォンスが笑っていた姿を思い出して――
ほんの少しだけ、また笑った。
「…………」
「また笑ったぞ!!」
「お前ら仕事しろ!!」
その瞬間。
「よっしゃあああ!!」
「新人たちの初依頼成功だ!!」
「今日は宴だぞ!!」
「飲め飲めー!!」
ギルド中が一気に盛り上がる。
アルフォンスは完全に置いていかれる。
「え、えっ?」
「なんで……?」
ココアがほわほわ笑う。
「初めての依頼が無事に終わったんだもん」
「お祝いしなくちゃねぇ」
ギルド中が盛り上がる。
モカも杯を手にしている。
「……まあ、今日くらいはいいでしょう」
「おっ、モカちゃんも飲むのか?」
「ええ。一杯くらいなら」
「よっしゃー! モカちゃんも参加だ!」
「ただし」
モカが眼鏡を押し上げる。
「その一杯を飲んだら、とっとと仕事に行きなさいよ」
「えー!?」
「モカちゃん、俺たち今帰ってきたとこだぞ!」
「だから何です?」
「つべこべうるさいわね」
「今日は新人の初依頼成功祝いなんだから、もうちょっと休ませてくれよ」
「一杯分は休ませています」
「一杯だけ!?」
「十分でしょう」
「うー……」
「モカちゃんのツン、たまんねー……」
「聞こえてますよ」
「すみません」
「仕事に戻りなさい」
「はい……」
ココアが隣でほわほわ笑っている。
「モカちゃん、今日ちょっと嬉しそうだねぇ」
「……そう見える?」
「うん」
「……新人が無事に帰ってきたんだから、当然でしょう」
そう言って、モカはもう一度アルフォンスを見る。
今度は誰にも気づかれないくらい、小さく微笑んだ。
新人の宴に参加していた冒険者の1人が頭を抱える。
「おかしい……」
「どうした?」
「あいつと俺、たった一週間違いの新人のはずだ」
「まあ、そうだな」
「なのに何が違うんだ……」
「…………」
「…………」
「え、顔じゃね?」
「それだわ」
「納得すんなよ!!」
「だってアルフォンス、普通に顔いいぞ」
「しかも礼儀正しい」
「素直」
「笑顔が爽やか」
「そりゃモカちゃんも笑うわ」
「俺だって礼儀正しいぞ!」
「お前、昨日受付で『モカちゃん今日も綺麗だね』って言って『とっとと仕事に言ってください、業務の邪魔です』って怒られてただろ」
「…………」
「帰ってきたばっかりの新人に負けてんじゃねえよ」
「くそぉ……」
そんな男たちの会話や
たくさんの冒険者達が
アルフォンスに代わる代わる話しかける様子を
少し離れたところでココアは見ていた。
「ふふふ……」
「ココアちゃん、どうしたの?」
「ううん」
「知らない人ばっかりだと思うのに
アルフォンス君、人気者だねぇって」
そしてモカは何も言わず、仕事を続けている。
ただ――
アルフォンスが誰かと楽しそうに話していると
、ほんの少しだけ視線を向けてしまう。
「……」
ココアはモカの表情を見ながらニコニコして
「モ〜カ〜ちゃん?
そんなに気になるなら話に行けばいいのに〜」
顔を赤くして否定する。
「何でもありませんから!」
「……俺にもあんな時期あったなぁ」
しみじみとアルフォンスを眺めるベテラン冒険者。
「嘘つけ」
「え?」
「昔からお前は残念だっただろ」
「ひでえ!」
「新人の頃から女の子に声かけては引っ叩かれてたじゃねえか」
「あれはコミュニケーションだ!」
「ナンパだろ」
「違う!」
「じゃあ何だよ」
「……交流?」
「言い換えただけじゃねえか」
周囲から笑いが起こる。
アルフォンスはそんなやり取りを見ながら、
ぽかんとしている。
「……このギルド、面白い人が多いね」
ガルドが肩を叩く。
「だろ?」
「冒険者ってのは、強いだけじゃやってけねえんだよ」
「こういうくだらねえ話ができるのも、仲間ってことさ」
アルフォンスは嬉しそうに笑った。
「……うん」
その笑顔を見て、また誰かが呟く。
「うおっ、笑顔が眩しすぎる」
「あらぁ、結構好みだわ、可愛い子じゃない?」
「あなたみたいなマッチョガイはまだ、
近づいちゃダメ、びっくりしちゃうでしょ?」
「あの顔見たら……そりゃモカちゃんも惚れるわ」
「おいモカちゃんがこっちすごい目で見てんぞ」
すかさず土下座をする。
「黙ります、すみません」
宴の騒ぎを少し離れたところから見ていた
ギルドマスターが、アルフォンスのところに来て声をかける。
「驚いたかね?」
「……はい。どうして、こんなに祝ってくれるんですか?」
「何故って?」
ギルドマスターは笑う。
「ここでは、それが当たり前だからですよ」
「冒険者というのは助け合いが基本です、
一人で生き残れる者などそう多くはない、
だからこそ、新人はみんなで育てる」
「危険を教える者がいる。
失敗を叱る者がいる。
困った時に手を差し伸べる者がいる」
「そして――」
周囲の冒険者たちを慈しむように見渡し、
「このギルドの冒険者はみんな家族みたいなものです。
無事に帰ってきた時には、みんなで喜ぶ
悲しいことが起きないように支える
楽しいことがあれば、みんなで分かち合う」
「冒険者は、帰ってくることが一番大事ですからね」
「無事に帰ってきた新人を祝う。それくらいはしてやりたいでしょう?」
「……少々、暑苦しい文化だと思うかもしれないがね、
私は、このギルドのそういうところが好きなのだよ」
アルフォンスはその言葉を聞き得心を得たように
宴を見回す。
「……僕、その考え好きです、
なんだか……実家に戻ったみたい」
ギルドマスターは満足したように目を細める。
「そう思ってくれたなら――
今日から冒険者ギルドが
君の帰ってくる場所の一つになったなら嬉しいよ」
そして、アルフォンスへ向かって。
「お帰り、アルフォンス君」
「……ただいま」
その一言に、ギルド中から笑い声が起こった
その日の宴。
アルフォンスは仲間たちに囲まれている。
ガルドが笑い、リリエルが微笑み、ヘカテーはいつものようにアルフォンスの隣にいる。
モカもココアも、少し離れたところからその様子を見ている。
そしてアルフォンスは思う。
冒険者ギルド。
そこは、依頼を受ける場所だと思っていた。
けれど――
帰ってきた自分を、みんなが迎えてくれる場所でもあった。
その日、アルフォンスは初めて心の底から思った。
自分も、この冒険者ギルドの一員なんだ。
初めての依頼を終えたアルフォンスたち。
今回は、そんな新人冒険者たちを待っていた「冒険者ギルド」のお話でした。
このギルドでは、新人が無事に帰ってきたらみんなで喜び、成功を祝う。
少し暑苦しいくらいに見えるかもしれませんが、私はこういう冒険者たちの文化が好きです。
危険な場所へ向かうからこそ、無事に帰ってきたことを喜ぶ。
失敗したら叱ってくれる人がいて、困った時には助けてくれる人がいる。
そして、楽しいことがあれば一緒に笑う。
それは、アルフォンスが大切にしている「家族」にも少し似ています。
だからこそ、ギルドマスターの、
「お帰り、アルフォンス君」
という言葉に、アルフォンスは自然と、
「……ただいま」
と返しました。
まだ家族と呼ぶほどではないかもしれません。
けれど――
「帰ってきてもいい場所」が、ひとつ増えた。
それはアルフォンスにとって、大きな一歩だったのだと思います。
そして今回、モカとココアも本格的に登場しました。
氷壁のモカと、向日葵のココア。
これから二人が冒険者たちとどんな関係を築いていくのかも、楽しみにしていただければ嬉しいです。
冒険は、旅立つことだけではありません。
無事に帰ってきて、「おかえり」と言ってもらうこと。
そして、自分も「ただいま」と言えること。
そんな小さな幸せも、この物語では大切に描いていきたいと思います。
それでは、旅人の皆様
次の物語でお会いしましょう。




