第三十四話 初めてのクエスト
森に入る前にガルドが、
「いいか、アルフォンス。薬草は似たような草が多い」
「名前だけ覚えるんじゃねえ。葉っぱの形、匂い、茎、花、群生してる場所まで見ろ」
森に入ると、四人はさっそく薬草を探し始めた。
ガルドは周囲を見回し、目的の薬草だけを探していく。
「あったぞ」
見つけると、迷いなく採取する。
「これで一つだ」
一方のアルフォンスはというと――
「あ、これ食べられるかな?」
「兄貴、あっちに綺麗な花があるよ」
「……アルフォンス」
「ん?」
「薬草を探せ」
「ちゃんとあるよ」
「じゃあ、この大量の葉っぱは何だ?」
「ハーブ」
「…………」
「ミントとか、料理に使えると思って」
「お前、薬草採取のクエストに来たんだよな?」
「うん」
「なんでハーブ園作れるぐらい採ってんだよ」
その横では、ヘカテーが地面に手をかざしていた。
「……あっち」
「同じ植物の反応がある」
魔力を集中させると、少し離れた場所に生えている薬草が淡く反応する。
「見つけた」
「便利だな、お前の魔法」
ヘカテーが一つずつ丁寧に採取していく。
その隣では、リリエルが周囲を確認しながら手伝っていた。
「ヘカテーちゃん、そこは気をつけて」
「うん」
「根を傷つけすぎないようにね」
「分かった」
その時――
「……いたっ」
ヘカテーが小さく声を漏らした。
「どうしたの?」
リリエルが振り向く。
「指……」
ヘカテーは指先を口元に持っていく。
その瞬間。
「ヒール」
淡い光が指先を包む。
「……治った」
「よかったわ」
ガルドが呆れたように笑う。
「おいおい、ちょっと指を擦ったくらいでヒールかよ」
「過保護だろ」
「誰だって痛いのは嫌ですよ」
リリエルはにっこり笑う。
「なら――」
ガルドを見る。
「ガルドにはヒール、いらないですか?」
「…………」
「いや、俺もいる」
「ふふ」
「そこは即答するんだね、兄貴」
アルフォンスが笑った。
「痛いのは嫌だもんな」
「お前らなぁ……」
ガルドが森を歩いていて、ふと足を止める。
「……止まれ」
「どうしたの、兄貴?」
「獲物の跡がある」
「え?」
「ボアだな。近いぞ」
アルフォンスたちは息を潜める。
そしてしばらくして――
「……いた」
「でっか……」
「よし」
ガルドがニヤッと笑う。
「今夜は肉だな」
武器を担いで獲物に狙いを定める。
そして狩って帰ってくる。
「兄貴すごいよ」
とアルフォンスが嬉しそうにすると
でもガルドが、
「喜ぶのはまだ早えぞ」
「食うなら、ここからだ」
と言い、刃物を片手にボアを解体していく。
皮を剥ぎ、食べられる肉を部位ごとに切り分けていく。
さっきまで森を駆けていた一頭の獣が、少しずつ「食べ物」へと姿を変えていく。
アルフォンスは黙って、その様子を見つめていた。
「……こうやって肉になるんだね」
「あぁ」
「店で見る肉しか知らなかったから……なんだか不思議だ」
「だから覚えとけ」
「俺たちが食ってる肉は、最初から肉だったわけじゃねえ」
「命をもらって、手をかけて、初めて飯になるんだ」
「でもまあ、これだけじゃまだ臭え肉でしかねえからな」
ガルドは解体した肉を見ながら笑う。
「調理は任せていいか?」
「うん」
アルフォンスは頷いた。
「野生の肉の扱いなら、習ってきたよ」
「ほう?」
「臭みを取る方法とか、あと、どの部位をどう料理すると美味しいかも」
「……いつの間にそんなことまで覚えたんだよ」
「料理は好きだからね」
アルフォンスは袖をまくる。
「せっかく兄貴が獲ってくれたんだ。美味しくするよ」
「かっかっか! そりゃ楽しみだ!」
「流石に、自分で解体するところまでは想像してなかったけどね」
アルフォンスは、ガルドから教わったことを思い返す。
狩りも。
解体も。
そして、獲った命を自分たちの手で食事へと変えていくことも。
「……これもまた、経験だね」
ガルドが笑う。
「ああ」
「冒険ってのは、そういうもんだ」
アルフォンスは頷いた。
「うん」
そして、目の前の肉を見る。
「じゃあ――美味しくしよう」
「かっかっか! 頼んだぜ、料理人!」
そう言われて、アルフォンスはカバンの中から複数のガラス瓶を取り出した。
「なんだそれ」
「これはね、旅先じゃなかなか確保できないだろう
塩とか胡椒とかの粉末が入ってるんだ」
ガルドがスパイスキットを見て、
「……おい、アルフォンス」
「うん」
「高かっただろ、胡椒とか」
「そうなの?」
「そうなの!」
「でも必要だから」
「何に?」
「美味しくするため」
「…………」
「それに、臭い消しにもなるし、保存にも役立つし」
「…………お前なぁ」
みたいな。
ガルドが頭を抱える。
でもアルフォンスは真顔で、
「ガルドの兄貴が言ったんでしょ?」
「飯は俺たちの生きる活力だって」
「だったら、旅の間だって妥協したくないよ」
「食べるものくらい、美味しくしたいじゃない」
って。
そこでガルドが黙ってしまう。
そして少し笑って、
「……そういうところだよ、お前は」
「まあいい」
「使うなら、ちゃんと使い切れ」
「うん!」
アルフォンスはみんなに注目されながら
料理を開始する。
肉に塩と粗挽き黒胡椒を揉み込み、ハーブを添える。
そして串に刺し、熾火の上へ。
じゅう、と脂が落ちる。
「パチパチ……」
香ばしい匂いが森に広がっていく。
ハーブの香りと肉の脂が混ざり、食欲を刺激する。
「……いい匂いだな」
ガルドが思わず呟いた。
「それじゃアルフォンス特製の
『冒険者のブルスケッタ』だよ、
肉もバゲットも冷えると硬くなるから
焚き火で温めながら食べて
あとはチーズも買っておいたから
、熱で溶かしてつけて食べても美味しいよ。
いっぱいあるから食べてね
あっ余ったお肉は焼いてあるから、
ヘカテーちゃんの魔法で冷やした保管箱に入れておいて
明日の朝焼き直せば食べられるよ」
ガルドも
「おいおい、期待以上のものが出て来たじゃねえか
それじゃいただくぜ。
うむ、イノシシとは思えない柔らかさ、
獣臭さもないから食べやすい。
アルフォンスお前最高だよ」
「本当ね、脂っこいかと思ったけど、
バゲットが脂を吸収して食べやすいわ」
ヘカテーは小動物のように黙々と食べている。
「ヘカテーちゃん、美味しい?」
目を輝かせてコクコクと頷く。
「最初のアルフォンス飯がこれなら
今後も俄然楽しみが増えたな。
他の奴らに自慢できるぜ」
クエストをこなして、飯も食べ、一息ついていると
「みんな、疲れたでしょ?」
「少しだけね」
リリエルが答える。
ヘカテーもこくんと頷く。
「……ちょっと疲れた」
「じゃあ、リフレッシュしましよう」
リリエルが三人へ手をかざす。
「疲労回復を促進する魔法です」
淡い光が四人を包む。
「……あ」
ヘカテーが目を瞬かせる。
「体、軽くなった」
「うん。これならゆっくり眠れそう」
アルフォンスも腕を回す。
その様子を見ていたガルドが、呆れたように笑う。
「おいおい……」
「どうしたの、兄貴?」
「至れり尽くせりじゃねえか、このパーティー」
「前衛がいて、魔法使いがいて、回復役がいて……」
「おまけに料理までできる奴がいる」
アルフォンスが照れくさそうに笑う。
「料理は冒険に必要だからね」
「そこじゃねえよ」
ガルドは三人を見回す。
「……こいつら、将来すげえことになるんじゃねえか?」
リリエルが微笑む。
「そうなったら素敵ですね」
ヘカテーはアルフォンスの袖を掴む。
「アルちゃんと一緒なら……なれるかも」
「うん。みんなで頑張ろう」
ガルドはその会話を聞いて、また笑う。
「かっかっか!」
「こりゃ、教え甲斐がありそうだぜ」
「そうだアルフォンス。俺は確信したぜ。
お前は誰かの帰る場所になれる男だ」
ガルドはアルフォンスの背負っている荷物を見る。
料理道具。
スパイスキット。
食料。
「俺たちが帰ってきたとき――」
「飯があって」
「笑って迎えてくれる奴がいる」
「それだけで、人間は帰ってこれる」
そして、静かに言う。
「俺たちが日常に帰る導になってくれ」
アルフォンスは、すぐには意味を全部理解できない。
「……僕が?」
「ああ」
「俺たちがどれだけ遠くへ行っても、どれだけ危ない目に遭っても」
「帰る場所があると思えるなら、人はまた歩いていける」
そしてガルドが笑う。
「だから、お前はお前のやり方で俺たちを待ってろ」
「美味い飯でも作ってな」
アルフォンスが少し笑って、
「……うん」
「じゃあ、帰ってきたくなるようなご飯を作るよ」
「あぁ、それでいい」
夜も更けてきたのでガルドは
そろそろ休もう。と声をかける。
「男女でテントは分けたよ」
といってアルフォンスは男子用のテントに向かおうとする
ところが――
「アルちゃん」
「ん?」
リリエルが袖を掴む。
ヘカテーも反対側から、
「こっち」
「え? 僕のテントはあっちだけど?」
二人にそのまま引っ張られていく。
「ずっと一緒って言ったでしょ?」
「うん?」
アルフォンスは首を傾げる。
「……ずっとって、そういうこと?」
リリエルとヘカテーが顔を見合わせて、ふふっと笑う。
「そういうことです」
「……?」
アルフォンスは結局、そのまま二人のテントへ。
もちろん、昔から何度も一緒に寝てきた家族としての安心感。
アルフォンスが真ん中。
右にリリエル、左にヘカテー。
子供の頃と同じ並び。
アルフォンスが小さく笑う。
「なんだか懐かしいね」
ヘカテーが、
「うん。昔もこうだった」
リリエルも穏やかに、
「アルちゃんが小さい頃は、
もっとこちらに寄ってきていましたよ」
「そうだった?」
「ええ」
「覚えてないなぁ」
二人が笑う。
そしてアルフォンスは、旅の疲れもあってすぐに眠ってしまう。
「……おやすみ」
「おやすみなさい、アルちゃん」
「おやすみ、アルちゃん」
二人も微笑む。
昔と何も変わらないようでいて、身体だけは少し大きくなった。
だからこそ、二人は少しだけ、
「アルちゃん、大きくなったね」
と感じる。
でも眠っているアルフォンスは、昔と同じ穏やかな寝顔。
その夜だけは、
三人とも子供の頃に戻ったみたいに、
静かに眠った。
今回から、アルフォンスたちの「初めての冒険」が本格的に始まりました。
薬草採取では四人それぞれの個性を出してみました。
効率よく目的のものだけを探すガルド、道草ばかりしてしまうアルフォンス、魔法で薬草を探すヘカテー、それを支えるリリエル。
そして今回は、冒険の中で「食べる」ということにも少し触れています。
ガルドから狩りや解体を教わり、アルフォンスが自分の知っている料理の知識で、それを美味しい食事へと変えていく。
危険なことだけが冒険ではありません。
知らなかったことを知り、仲間と経験し、一緒に食事をする。
そんな何気ない一日も、アルフォンスにとっては大切な「冒険」なのだと思います。
そしてガルドからアルフォンスへ贈られた、
「お前は誰かの帰る場所になれる男だ」
という言葉。
この言葉が、いつかアルフォンスが子供たちに「おかえり」と言う未来へ、どこかで繋がっていけばいいなと思っています。
最後は昔と同じように、三人で並んで眠る夜。
旅はまだ始まったばかりです。
次回は、初めての依頼を終えた四人が、冒険者ギルドへ帰還します。
それでは、旅人の皆様
次の物語でお会いしましょう。




