第三十二話 約束の続き
「よし、アルフォンス。それでいいぞ。初めてにしては上出来だ」
「初めての練習が包丁の研ぎ作業とはね」
アルフォンスは研ぎ終えた包丁を眺める。
「包丁持ってこいとは言われたけど、なかなか大変だね」
「バカタレ。初めてだから自分の得物を使うんだよ」
ガルドは笑いながら言った。
「やった責任、使った責任。全部がお前だけのものだからな」
「それが慣れてきて、ようやく人のものを預かれるようになる」
「俺なんて親方にボコボコにされながら、それを叩き込まれたんだ」
「兄貴にもそんな時期があったんだね」
「俺にも子供の頃があったんだよ。お前ほどしっかりしてなかったけどな」
「そうかなぁ」
アルフォンスは首を傾げる。
「じゃあ次は、武器の手入れを教えてよ」
「気が早えよ。次の機会にな」
そしてガルドは、ふと思い出したように言った。
「そうだ、アルフォンス」
「ん?」
「お前、一週間ぐらい体を空けられるか?」
「大丈夫だと思うけど……何するの?」
ガルドはニヤリと笑った。
「約束を果たしに行こうぜ」
「クエストだよ」
「……本当に?」
アルフォンスの顔が輝く。
「やったー!」
「まあ、遠出とか危険なクエストは受けないぞ」
「お前たちの冒険者登録と顔つなぎ。それから簡単なクエストをこなすぐらいだ」
「それでも――」
アルフォンスは立ち上がる。
「リリエル姉さんやヘカテーちゃんも誘わなきゃ!」
そう言うなり、駆け出していく。
「おい、アルフォンス!」
ガルドが慌てて呼び止める。
「お前、いつから行くか、聞いてから行けよ!」
呆れ顔でアルフォンスを見送った。
アルフォンスは、ヘカテーとリリエルの暮らす家へ駆けてきた。
扉を叩く。
「ヘカテーちゃん! リリエル姉さん!」
「はーい?」
扉が開く。
顔を覗かせた二人に、アルフォンスは少年のような笑顔を向けた。
「冒険だよ!」
「まあ」
リリエルが目を丸くする。
「楽しそうね」
「ガルドからのお誘いね?」
「うん!」
アルフォンスは嬉しそうに頷く。
「兄貴がね、約束を果たしてくれるんだって!」
「まあまあ」
リリエルも嬉しそうに微笑む。
「アルちゃん、よかったわね」
「うん!」
その横で、ヘカテーが首を傾げる。
「……誰?」
「え?」
アルフォンスが瞬きをする。
「ごめんね、ヘカテーちゃん」
そして、少しだけ得意げに。
「僕たちのパーティメンバーの、ガルドの兄貴だよ」
「……ガルド?」
「うん!」
「知らない人……」
「えぇ……」
アルフォンスがちょっと困った顔になる。
リリエルがくすっと笑った。
「ヘカテーちゃん、アルちゃんの冒険仲間ですもの」
「そうなの?」
「そうだよ」
アルフォンスは胸を張る。
「すっごく頼りになるんだから!」
「へえ……」
ヘカテーはまだ少し不思議そう。
「アルちゃんがそんなに言うなら、いい人なのかな」
「もちろん!」
「ふふ」
リリエルが笑う。
「では、支度しましょうか」
「やった!」
アルフォンスは嬉しそうに両手を握る。
「三人で冒険だよ!」
「ええ」
「……冒険」
ヘカテーもようやく少し笑う。
「楽しそう」
⸻
このあとガルドと初対面したヘカテーが、
「……アルちゃん、この人がガルド?」
「そうだよ!」
「なんか思ってたより大きい……」
「おう。お前さんがヘカテーか
アルフォンスが自慢のお姉ちゃんですごい魔法使いだって褒めてたから期待してるぜ」
「アルちゃん、恥ずかしい……
よろしくお願いします」
照れながら返事をしている。
「それじゃあ、今回は王都まで向かって、そこで冒険者ギルドに登録、簡単なクエストこなして帰る
まあ、お前らの顔見せをするのが主目的だな。」
それじゃ出発だ。
「「おー」」「…おー」
歩き始めてしばらくして
ガルドは、アルフォンスの隣に立つ少女をじっと見つめた。
「…………」
ヘカテーは穏やかな顔で、アルフォンスの袖をちょこんと掴んでいる。
「アルちゃん」
「ん?」
「今日のお昼、何食べる?」
「えっと、持って来たサンドイッチがあるから――」
「アルちゃんのサンドイッチ…好き…」
そんな二人を見ていたガルドが、アルフォンスの肩を掴む。
「お、おいアルフォンス」
「なに?」
「……本当に、あの『沈黙の魔女』なのか?」
「そうだよ」
アルフォンスは何の疑問もなく答える。
「噂によると、寡黙で妖艶で、ミステリアスな魔法使いとのことだが……」
ガルドはもう一度ヘカテーを見る。
ヘカテーはアルフォンスの袖を掴んだまま、ぽけーっと海の方を見ていた。
「…………」
「…………」
「うん?」
ヘカテーがアルフォンスの顔を見る。
「……どうしたの、アルちゃん?」
アルフォンスも首を傾げる。
「どうしたの?」
「ポケポケしすぎだろ」
「え?」
ヘカテーはさらに首を傾げる。
「ぽけぽけ……?」
「そこから分かってねえのかよ!」
リリエルが口元を押さえて笑う。
「ふふ……ガルドさん。ヘカテーちゃんは普段こういう子ですよ」
「マジかよ……」
「魔法を使う時はすごいんだから」
アルフォンスがフォローする。
「うん。ヘカテーちゃんの魔法、とっても綺麗だよ」
「アルちゃん……」
ヘカテーが嬉しそうに微笑む。
ガルドは頭を抱えた。
「……俺が聞いてた魔女と全然違うじゃねえか」
「噂って、怖いねえ」
アルフォンスは朗らかに笑った。
「でも、ヘカテーちゃんはヘカテーちゃんだよ」
「…………」
ガルドはアルフォンスを見る。
そして小さく笑う。
「……まあ、お前がそう言うならいいか」
「アルちゃんのサンドイッチ美味しい」
「もう食べてるのかよ!」
そう笑いながら時に休み、目的地への道を進んでいく。
日が沈みかけ夕方になった。
「今日はこの辺での休むとしよう。
夜営の準備だ。アルフォンス道具は持って来たか?」
「任せてよ。準備はバッチリだよ。」
背負っていた簡易テントを広げ、地面に杭打ちして固定。
「それじゃご飯の準備をしようか?」
「じゃあ私が薪に火をつけるね」
ヘカテーが薪を組み、その上に手をかざす。
小さな火が灯った。
「……ふう」
薪に火が移っていく。
ガルドは感心したように眺める。
「魔法ってのは便利なもんだな?」
「ううん」
ヘカテーは首を横に振った。
「これでも火力をセーブしながら発動してるから……」
「通常使うより、魔力消費が激しいの」
「なんだそりゃ?」
「弱くするために、逆に細かく調整しないといけないから」
ガルドは火を見る。
確かに、小さく、薪を焦がさない程度の炎だけが揺れている。
「……なるほどな」
「自分で頑張って火が起こせるなら、
そのほうがいいと思う」
ヘカテーは少し申し訳なさそうに笑った。
「私は、これしかできないけど……いいの」
一瞬、ガルドは黙った。
そして――
「何言ってんだ」
「え?」
「火を起こせるなら、それで十分だろ」
ガルドは薪を一本、火の中へ差し込む。
「俺だって全部できるわけじゃねえ」
「アルフォンスだってそうだ」
「リリエルだってそうだろ」
「だからパーティなんだよ」
ヘカテーが目を瞬かせる。
「……パーティ?」
「ああ」
ガルドは笑う。
「一人で全部できる奴なんていねえ」
「できる奴が、できることをやればいい」
「それで飯が食えて、旅ができて、
みんな無事に帰れりゃ十分だ」
ヘカテーは小さく微笑む。
「……うん」
その隣でアルフォンスが嬉しそうに頷いた。
「そうだよ、ヘカテーちゃん」
「だから僕も料理するんだ」
「ガルドの兄貴が旅を教えてくれて、リリエル姉さんが支えてくれて、ヘカテーちゃんが魔法で助けてくれる」
「みんなでやればいいんだよ」
ヘカテーは薪の炎を見つめる。
小さな火が、ぱちぱちと音を立てていた。
「うん……なんだか…」
「キャンプ、楽しいね」
「うん!」
アルフォンスが笑う。
ガルドも笑った。
「そういうこった」
みんな笑顔で夜も更けていく
旅はまだ始まったばかり。
読んでいただきありがとうございました。
アルフォンスにとって、初めての本格的な旅。
とはいっても、いきなり危険な冒険をするわけではありません。
歩いて、食べて、休んで、夜になれば眠る。
そんな何気ない時間も、初めてのアルフォンスにとっては立派な「冒険」です。
そして今回、ガルドから教わったのは包丁の研ぎ方だけではありません。
「やった責任、使った責任」
自分の使う道具に責任を持つこと。
そして、一人ですべてを背負うのではなく、できる人ができることをする。
これから始まるアルフォンスたちの旅の中で、きっと何度も生きてくる教えになると思います。
まだまだ旅は始まったばかり。
四人の最初の旅路を、どうぞ楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは、旅人の皆様、
次の物語でお会いしましょう。




