第二十九話 夏だ、海だ、お休みだ 中編
アルフォンスへのお披露目が終わり、
二人の水着姿を見つめたあと、
アルフォンスはふとヘカテーを見る。
堂々としているように見えるリリエルに比べて、
胸元を隠そうとしているヘカテーに気がつき、
「……あ」
「どうしたの?」
ヘカテーが首を傾げる。
アルフォンスは、自分の着ていた薄手の上着を脱いだ。
「これ、着て」
「え?」
「今日は日差しが強いから」
「肌、焼けちゃうかもしれないし」
そう言って、アルフォンスは
ヘカテーの肩にそっと上着を掛ける。
「……アルちゃん」
ヘカテーは少し驚いた顔をしたあと、嬉しそうに上着の裾を握る。
「ありがとう……」
「ううん」
アルフォンスは笑う。
「ヘカテーちゃん、肌が白いからね」
「ちゃんと気をつけないと」
「……うん」
ヘカテーは照れながら頷いた。
ヘカテーは、アルフォンスから掛けてもらった上着を胸元でぎゅっと握る。
「……ありがと、アルちゃん」
「うん?」
アルフォンスは不思議そうに首を傾げる。
ヘカテーは、そっと顔を上げた。
そして――
「……あ」
思わず目を丸くする。
普段は服に隠れているから気づかなかった。
アルフォンスの身体は、思っていたよりずっとしっかりしていた。
細身ではある。
けれど、肩や腕にはきちんと筋肉がついている。
十五歳の少年らしい幼さを残しながらも、確かに少しずつ大人の身体へ近づいていた。
「……アルちゃん、いつの間に……」
「え?」
アルフォンスは自分の身体を見下ろす。
「おかしくないかな?」
「う、ううん!」
ヘカテーは慌てて首を横に振る。
アルフォンスは少し考えてから、いつものように笑った。
「父上や兄さんから言われたメニューは、ずっとこなしてるから」
「一応、鍛えてはいるんだ」
「……そうだったんだ」
ヘカテーは改めてアルフォンスを見る。
いつも優しく笑っているから、つい忘れてしまう。
この子もちゃんと成長している。
守られているだけの少年ではなく、自分なりに身体を鍛え、できることを増やしている。
「……なんだか」
ヘカテーが小さく笑う。
「アルちゃん、ちょっとだけお兄ちゃんになったね」
「そう?」
「うん」
「でも僕は僕だよ」
「……ふふ」
その答えが、なんだかアルフォンスらしくて。
ヘカテーはまた笑った。
少し離れたところでは、リリエルも二人を微笑ましそうに見つめている。
「アルちゃんは、昔から真面目ですものね」
「鍛錬も、教わったことも、ちゃんと続けていますから」
アルフォンスは照れくさそうに頭を掻いた。
「家族に教えてもらったことだからね」
「続けるくらいは、ちゃんとしないと」
その言葉を聞いて、ヘカテーは思う。
――やっぱり。
アルちゃんは、少しずつ大人になっている。
でも。
「……変わらないでね」
「え?」
「なんでもない!」
ヘカテーは慌てて笑った。
その顔は、まだ少し赤かった。
ヘカテーは、アルフォンスの姿を見つめる。
いつの間にか、少しずつ身体も大きくなっていた。
昔は自分と同じくらい幼く見えていたのに。
今では、こうして並んでいると――少しだけ違って見える。
「……アルちゃん」
「ん?」
ヘカテーは何か言おうとして、やめる。
そして、俯いたまま小さく呟いた。
「……置いてかないでね」
「え?」
アルフォンスには聞き取れなかった。
「ううん。なんでもない」
ヘカテーは顔を上げて笑う。
けれど、その頬はまだ赤かった。
アルフォンスは不思議そうに首を傾げる。
「……変なヘカテーちゃん」
「もうっ」
ヘカテーは少し膨れる。
「アルちゃんが大人になりすぎるのが悪いんだから」
「僕、何もしてないよ?」
「そういうところ!」
二人のやり取りを見ていたリリエルは、静かに微笑む。
その言葉の意味を――
彼女だけは、きっと分かっていた。
「大丈夫ですよ、ヘカテーちゃん」
「……え?」
「アルちゃんは、置いていったりしませんから」
ヘカテーがリリエルを見る。
リリエルは優しく笑った。
「この子は、ちゃんと隣にいる人を大切にする子ですもの」
「……うん」
ヘカテーは小さく頷く。
そしてもう一度、アルフォンスを見る。
「……じゃあ、約束ね」
「うん?」
「なんでもない!」
「……?」
アルフォンスは首を傾げる。
その横で、リリエルだけがくすっと笑っていた。
そんな空気を断ち切るように
「そういえば、アルちゃん」
「ん?」
「私には、ないんですか?」
「……え?」
アルフォンスが固まる。
リリエルは微笑んだまま、自分の肩を少しだけ見せる。
「私も、日差しが強いと焼けてしまいますよ?」
「…………」
アルフォンスは慌てて自分の荷物を見る。
「えっと……」
「もう一枚は……」
「ふふ」
リリエルが楽しそうに笑う。
「冗談です」
「……もう、姉さん」
アルフォンスが苦笑する。
「ちゃんと日焼け対策は考えてあるから」
「まあ」
「では、お願いしますね」
日傘かな?と思っていると、
「うん」
アルフォンスは何気なく頷く。
そして――。
「あとで僕が日焼け止め、塗ってあげるから」
「…………」
リリエルの笑顔が止まった。
「……え?」
アルフォンスは何でもないことのように続ける。
「背中とか、自分じゃ塗りにくいでしょ?」
「だから、僕がやるよ」
「…………」
リリエルの頬が――。
一気に赤くなる。
「…………アルちゃん」
「ん?」
「そ、その……」
いつもの余裕たっぷりの微笑みが、完全に崩れている。
「それは……」
「……ちょっと、反則ですわ」
「え?」
アルフォンスはきょとん。
「何が?」
「……もう」
リリエルは顔を逸らす。
長い銀髪が、頬を隠すようにさらりと流れる。
「……そういうところですよ」
「?」
アルフォンスには何のことか分からない。
一方、ヘカテーは二人を見ながら――。
「…………」
少しだけ頬を膨らませる。
「アルちゃん」
「ん?」
「私にも、塗ってね」
「もちろん」
「……!」
今度はヘカテーまで真っ赤になる。
リリエルが思わずヘカテーを見る。
「まあ……」
「ヘカテーちゃんも、なかなか大胆になりましたね?」
「ち、違うもん!」
「ふふ」
アルフォンスだけが首を傾げる。
「二人とも、どうしたの?」
「「なんでもない!」」
声が綺麗に重なった。
アルフォンスはますます不思議そうな顔をする。
その横で、リリエルは胸元にそっと手を当てながら思っていた。
(……まさか)
(アルちゃんから、そんなことを言われるなんて……)
そして――少しだけ嬉しそうに微笑む。
(……困りましたね)
(こんなに、嬉しいだなんて)
「それじゃ早速お願いします」
と言って近くに立てたパラソルのとビーチマットに寝転び、後ろ髪を掻き上げて、背中を露出した。
いざ、実際に日焼け止めを塗ろうとすると
アルフォンスから緊張の汗が止まらない。
手のひらに日焼け止めを出し、伸ばしていく。
恐る恐るリリエルの背中に触れる。
「きゃっ、ちょっとびっくりしたけど気持ちいいです。
アルちゃんの手のひらが大きくてすぐに終わっちゃいますね」
アルフォンスは無心に塗り広げる。
これ以上は限界だ。
「アルちゃん、ありがとうございます。あとは自分で塗りますね」
これで終わりではなかった。
次はヘカテーが顔を赤くして待っていた。
「…アルちゃん、優しくしてね…」
意味深な言葉にドキドキしながら、同じように
日焼け止めを伸ばして塗る。
「ア…アルちゃん…」
何も聞こえない、ただ無心に。
「アルちゃん…ありがとうね…」
「じゃあお返しに、私たちが塗ってあげますね」
白の美女と黒の美女が日焼け止めを塗った手を広げて近づいて来る。
逃げられない、露出している肌を全て塗られてしまった。
「さっき触れられた手のひらもそうですけど、
すっかり男の人の体になっちゃいましたね?」
「キリエちゃんに、男の子が普段と違う姿を見せたら
堪能すべしって言われたからやってみたよ」
「ふふ……ヘカテーちゃんも、満足しましたか?」
「う、うん……」
「それならよかったですね」
アルフォンスは恥ずかしそうに頭を掻く。
「……キリエさんには、あとで何か言っておこう」
「だ、だめ!」
ヘカテーが慌ててアルフォンスの袖を掴む。
「それは……その……」
「秘密にしておいて!」
「なんで?」
「……恥ずかしいから」
アルフォンスは少し笑った。
「分かった」
「秘密ね」
「うん」
その様子を見ながら、リリエルは穏やかに微笑んでいた。
水着のお披露目回でした。
普段とは違う姿になった二人に、アルフォンスも少しだけドキドキしています。
……とはいえ、本人はまだまだ「大切な家族」という認識です。
そして、この三人の夏休みはまだ始まったばかり。
続きます。




