第二十五話 未来予想図
ローゼベルへ向かう帰路。
少し前を歩くアルフォンスの背中を、ガルドは眺めていた。
ガルドはこの度を振り返っていた。
たった数日ではあったが、楽しい旅だったのは間違いない。
(坊ちゃん……いや、アルフォンスだったか)
(昔から、女の子に手を引かれていた、あの小僧がな)
(いつの間に、こんな立派な体になりやがった)
昔の姿を思い出し、少しだけ笑う。
(まあ……)
(見た限り、こいつはかなりのお人好しだ)
困っている人間がいれば放っておけない。
自分ができることなら、何でも手を出そうとする。
今回だってそうだった。
(ただなぁ……)
ガルドは少し眉をひそめる。
(どうも、人に気を使いすぎるところがあるな)
(こんだけ見ず知らずだった俺にまで、ずいぶん気を回してやがる)
飯を作れば、口に合うか気にする。
何か頼めば、こちらの都合を先に考える。
自分が疲れていても、人のことを優先する。
(そんなことばっかりしてたら……)
(いつか、すり減っちまうぞ)
ガルドはアルフォンスの背中を見る。
すると――
「…………」
アルフォンスが、少し眉間に皺を寄せている。
(お?)
(何か考えてやがるな)
「…………」
難しい顔をしたまま歩いている。
ガルドが横目で見ていると――
その隣を歩いていたリリエルが、そっと手を伸ばした。
「アルちゃん」
「ん?」
指先で、アルフォンスの眉間を軽く撫でる。
「そんなに難しいお顔をしていてはいけませんよ」
「……あ」
リリエルが、くすっと笑う。
「ほら」
「少し力を抜いてくださいな」
アルフォンスの眉間の皺が、ゆっくりと消えていく。
そして――
「……ふふ」
アルフォンスが笑った。
その顔は、先ほどまでの難しい表情とはまるで違う。
まるで子供の頃に戻ったような、無邪気な笑顔だった。
(…………)
ガルドは目を細める。
(ああ)
(笑ったな)
(子供みてえに笑うじゃねえか)
そして、リリエルを見る。
彼女は何も言わず、アルフォンスの隣を歩いている。
ただ、アルフォンスが無理をしていないか。
疲れていないか。
そんなことを当たり前のように見ている。
(なるほどな)
ガルドは小さく笑った。
(そういう覚悟も含めて、一緒についてきてたってわけか)
アルフォンスが人に気を使いすぎるなら。
その分、隣にいる人間が気づいてやればいい。
一人で抱え込もうとするなら、誰かが肩の力を抜かせてやればいい。
(まあ……)
(それなら問題ねえか)
ガルドは前を向く。
(あいつは一人で旅してるんじゃねえ)
(ちゃんと、隣に誰かがいる)
アルフォンスの笑い声が聞こえる。
その声を聞きながら、ガルドはニヤリと笑った。
(……いい仲間じゃねえか)
そして少しだけ歩調を速める。
「おーい、アルフォンス!」
「何、ガルドの兄貴?」
「帰ったらまた飯食わせてくれよ!」
「もちろん!」
「お前、即答かよ!」
「だって兄貴のためだもん」
「……ったく」
ガルドは笑った。
(やっぱり、お人好しだな)
それでも――
このお人好しが笑っていられるように、俺も少しくらいは隣にいてやるか。
そんなことを、ガルドは密かに思っていた。
アルフォンスたちの少し後ろを歩きながら、
ガルドはふと昔のことを思い出していた。
昔、ソリッドの旦那が言っていたことがある。
――うちには、ちょっと変わった奴らがいる。
「一人は、俺の息子だ」
「見た目も嫁さんに似たらしく」
「頭の方がとにかく切れる」
「いつの間にか、俺の知らないところで
外の人間まで仲間に引き入れてやがる」
「今じゃ、そいつらと勉強会までやってるらしい」
ソリッドは、どこか嬉しそうに笑っていた。
「もしかしたら、こいつは――」
「我が一族に、新しい風を吹き込む男なのかもしれないな」
そして、もう一人。
「アルフォンス。俺の弟だ」
「こいつも、戦うことはてんでダメだ」
ガルドは思わず苦笑する。
「だがな」
ソリッドは、アルフォンスのことを語る時だけ少し表情を変えていた。
「こいつは、とにかく人を惹きつける」
「こいつがそばにいると、なんとかしてやりたくなる」
「こいつのために、何かしてやりたい」
「そう思わせてくれる男なんだよ」
その言葉を思い出し、ガルドは前を歩くアルフォンスを見る。
(……なるほどな)
今回、一緒に旅をしてみて分かった。
アルフォンスは、確かに強くない。
剣を振るうわけでもない。
魔法を使えるわけでもない。
それでも――
困っている人間がいれば手を差し伸べる。
自分にできることを探す。
知らないことなら、人に教えてもらう。
そして気がつけば、周りに人が集まっている。
(ソリッドの旦那が言ってた意味が、ようやく分かったぜ)
ガルドは小さく笑った。
「こういう奴は、大切にしていかなきゃいけねえ」
「きっとこいつは――」
「いつか皆の中心にいるような男になる」
少し前を歩くアルフォンスが、リリエルと何か話している。
その顔は、子供のように楽しそうだった。
ガルドは目を細める。
「……二人とも、俺の大事な子供だ」
それは、ソリッドが昔語った言葉。
そして今。
その意味を、ガルド自身が少しずつ理解し始めていた。
ガルドはアルフォンスに問いかける。
「なあ、アルフォンス」
「はい?」
「もしも、お前が俺と冒険に行くとしたら――」
少しだけ真面目な顔になる。
「お前は、戦えるのか?」
アルフォンスは少し考えた。
「……分からない」
「そうか」
ガルドは、それ以上追及しなかった。
「なら、お前はそれでいい」
「え?」
「俺たちは前に出る」
「お前は、俺たちの後ろを守ってくれ」
アルフォンスが首を傾げる。
「守るって言ってもな」
ガルドは笑う。
「戦うって意味じゃねえぞ」
「俺たちが冒険に出る」
「そして、キャンプに戻ってくる」
「その時に――」
ガルドは自分の腹を軽く叩く。
「お前が飯を作って待っててくれる」
「俺たちが帰ってきた時に、食いたい飯がある」
「帰る場所がある」
「それだけで、人間はもう一踏ん張りできるんだ」
アルフォンスは黙って聞いている。
「冒険者ってのはな」
「命張って戦うことだけが仕事じゃねえ」
「帰ってこられる場所を作る奴がいるから、前に出られる奴もいるんだ」
「だから――」
ガルドはアルフォンスの肩を軽く叩いた。
「戦えねえことを、恥じる必要なんかねえ」
「そういう生き方もある」
アルフォンスは、少し驚いた顔をしていた。
「……僕にも、できるかな」
「できるさ」
ガルドは即答する。
「今回だって、そうだったろ?」
「お前は戦わずに、人を助けた」
「飯を作って、道具を揃えて、困ってる奴の話を聞いた」
「それで、俺たちは前に進めた」
アルフォンスは小さく笑う。
「……そっか」
「ただな」
ガルドがニヤリとする。
「護身術くらいは教えてやる」
「護身術?」
「ああ」
ガルドはアルフォンスの肩に手を回す。
そして、リリエルに聞こえないように、
そっと耳元へ顔を寄せた。
「……そばにいる大事な女くらい、守れるようになっとけ」
「……っ!」
アルフォンスの顔が一気に赤くなる。
「あ、兄貴……!」
「声がでけえ!」
ガルドも笑いを堪える。
二人の少し前を歩いていたリリエルは、振り返る。
「どうしました?」
「な、なんでもないよ!」
アルフォンスが慌てて答える。
「そうですか?」
リリエルは不思議そうに首を傾げる。
ガルドは何食わぬ顔で前を向いた。
「まあ、そういうことだ」
「……?」
リリエルには何のことか分からない。
アルフォンスだけが、耳まで真っ赤にしている。
「……兄貴、ずるいよ」
「ははは!」
ガルドは豪快に笑った。
「これくらいは兄貴分の特権ってやつだ」
そして、何事もなかったように歩き出す。
その背中を見ながら、アルフォンスは小さくため息をついた。
「……もう」
けれど、その顔は――
どこか嬉しそうだった。
ガルドはニヤニヤしながらアルフォンスを見る。
「まあ……今のは冗談半分だ」
「……半分なんだ」
「細けえことは気にすんな」
そう言って笑ったあと、少しだけ真面目な顔になる。
「でもな」
「守りてえ奴ってのは、増やしておけよ」
「……え?」
「人間ってのはな」
ガルドは前を歩くリリエルを見る。
「守りてえ奴が多ければ多いほど、強くなれるんだ」
「俺は、最高の冒険者たちを何人も見てきた」
「強え奴らには、みんなそういうところがあった」
「家族だったり、仲間だったり」
「帰りを待ってる奴だったりな」
「自分のためだけじゃ、踏ん張れねえ時がある」
ガルドはアルフォンスの胸を軽く指で叩く。
「でも――」
「ここに守りてえ奴がいると思えば、もう一歩踏み出せる」
「だから、お前もこれからたくさん作れ」
「大切な奴を」
アルフォンスは静かに頷いた。
「……うん」
ガルドは満足そうに笑う。
「それが、お前の強さになる」
少し前で、リリエルが振り返る。
「二人とも、何のお話をしているんですか?」
「なんでもねえよ」
ガルドは笑って誤魔化す。
アルフォンスも笑う。
「……秘密」
「まあ」
リリエルは少しだけ頬を膨らませた。
「仲良しさんですねえ」
そんな二人を見ながら、ガルドは思う。
――こいつなら、きっと大丈夫だ。
剣が弱くてもいい。
魔法が使えなくてもいい。
守りたいと思える人が増えていけば――
人は、それだけ強くなれるのだから。
ガルドはアルフォンスの肩を、ぽんと叩いた。
「それに、だな」
「もし、お前を馬鹿にする奴がいたら――」
拳を握る。
「俺がぶん殴ってやる」
「ええっ!?」
アルフォンスが目を丸くする。
ガルドは豪快に笑った。
「『戦えねえ奴なんて冒険者じゃねえ』なんて言う奴がいたらな」
「俺が言ってやるよ」
「こんな最高の冒険の友はいねえってな」
アルフォンスは少し驚いた顔をしたあと、ふっと笑う。
「……兄貴」
「なんだ?」
「僕、兄貴と一緒に冒険してみたいな」
ガルドは一瞬黙る。
そして――
「……おう」
嬉しそうに笑った。
「その言葉、忘れるなよ」
「いつか本当に連れてってやる」
焚き火がぱちりと音を立てる。
その少し離れたところで、リリエルが二人を見つめていた。
「ふふ……」
アルフォンスにとって、初めてできた「冒険の兄貴」。
そしてガルドにとっても――
自分の背中を預けたいと思える、最高の仲間。
この夜。
二人の間に、まだ名前のない約束が生まれた。
ローゼベルへ向かう道。
アルフォンスは、少しだけ先を歩くガルドの背中を見つめていた。
「……僕」
リリエルが振り向く。
「どうしました?」
「帰ったら、家族のみんなに伝えようと思う」
「何をですか?」
アルフォンスは少し照れながら笑った。
「新しい仲間ができたこと」
「……」
「それから――」
少しだけ考える。
「僕が今までやってきたことは、無駄じゃなかったんだって」
リリエルは何も言わず、微笑む。
「僕はずっと、ただ困っている人を助けたり」
「町の人に話を聞いたり」
「家族のみんなに教えてもらったことを、自分なりにやってきただけだったけど」
アルフォンスは自分の手を見る。
「それを……」
「ただのアルフォンスとして、必要だって言ってくれた人がいた」
「……ええ」
「嬉しいな」
アルフォンスは、前を歩くガルドを見る。
「ガルドの兄貴は、僕が戦えなくてもいいって言ってくれた」
「僕には僕のやり方があるって」
「だから……」
少しだけ、未来を想像する。
「いつか僕が冒険者になることがあったら」
「その時は――」
アルフォンスは笑った。
「ガルドの兄貴と、旅路を共にしたい」
リリエルも嬉しそうに頷く。
「きっと、その時が来ますよ」
「……うん」
アルフォンスはもう一度、ガルドの背中を見る。
その背中は、いつの間にか少しだけ近く感じられた。
今まで、自分を見守ってくれる人はたくさんいた。
家族も。
町の人たちも。
そして、ずっと隣にいてくれるリリエルも。
けれど――
一緒に歩こうと言ってくれた人は、初めてだった。
アルフォンスは胸の中で、そっと思う。
――帰ろう。
そして、みんなに伝えよう。
僕にも、新しい仲間ができたんだって。
アルフォンスが未来を思い描きながら笑っていると、隣からリリエルが静かに口を開いた。
「その時は――」
「私も一緒ですよ」
「え?」
アルフォンスが振り向く。
リリエルは、いつもの穏やかな笑顔。
「置いていったら、泣いちゃいますよ?」
「リリエル姉さん……」
「ふふ」
「それに――」
リリエルは少しだけいたずらっぽく笑った。
「ヘカテーちゃんも、拗ねちゃいます」
「……あ」
アルフォンスは思わず笑ってしまう。
「確かに」
「きっと『二人だけずるい!』って言うよね」
「ええ、きっと」
二人で笑う。
少し前を歩いていたガルドが振り返る。
「おいおい」
「お前ら、もう冒険の話をしてんのか?」
「まだ帰ってもねえぞ」
アルフォンスは笑顔で答える。
「いつかの話だよ、兄貴」
「いつか、か」
ガルドはニヤリと笑った。
「じゃあ、その『いつか』が来たら――」
「俺も混ぜてもらうぜ」
「もちろん!」
アルフォンスが頷く。
リリエルも微笑む。
「ええ」
「三人……いえ」
少し考えてから、リリエルは楽しそうに続けた。
「きっと、もっと賑やかになりますね」
アルフォンスは青空を見上げる。
まだ見ぬ未来。
まだ知らない仲間。
まだ始まっていない冒険。
でも――
その未来には、きっと。
大切な人たちと一緒に歩いている自分がいる。
後書き
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、アルフォンスにとって「自分の強さとは何か」を少しだけ見つけるお話でした。
剣が強いこと。
魔法が使えること。
それだけが、人を助ける力ではありません。
料理を作ること。
人の話を聞くこと。
帰ってこられる場所を作ること。
アルフォンスには、アルフォンスなりの戦い方があります。
そして今回、そんな彼のことを理解してくれる「ガルドの兄貴」ができました。
いつか本当に二人が一緒に冒険する日が来るのか。
その時には、リリエルやヘカテーたちも加わって、どんな旅になるのか。
まだ先の話ではありますが、アルフォンスの未来に少しずつ「新しい仲間」が増えていくのを楽しんでいただけたら嬉しいです。
旅人の皆様、
次の物語でお会いしましょう。




