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第二十三話 始まりの一歩

避難民から教えてもらった町は酷い有様だった。


倒壊する家屋、

倒れ込む人々、十分な治療もされないまま動き回る人々。


そして残された家族を呼ぶ誰かの声。


アルフォンスにとって衝撃的な光景だった。


体がこわばってしまうが、

背中を支えるやさしい手の温かさを経て、

声を張り上げる。


「僕は、ローゼベルのアルフォンス。

この町の避難民の人たちから事情を聞いてここにきました。


必要な道具は持ってきたつもりです。


助けに参りました」


それからの動きは迅速だった。

比較的体の無事な人たちと協力して、

避難民たちの家族を救出し、必要な薬を渡した。


足りない道具があれば用意する。


壊れた場所は、できる範囲で修復していく。


救援活動が始まってしばらく。


食料の配分、避難民の誘導、必要な物資の確認。


アルフォンスは、慌てることなく一つずつ作業を進めていた。


ガルドがそれを横目で見ながら、感心したように呟く。


「アルフォンス」


「はい?」


「おまえ、手際がいいじゃねえか」


「そうですか?」


「ああ。物資の分け方も、誰に何を頼むかも迷いがねえ」


「どこでそんな手際を覚えた?」


アルフォンスは少し考えてから答える。


「……僕、知らないことが多いから」


「だから、町の人や家族、それに家のメイドさんたちに色々聞いたんです」


「料理のこと、掃除のこと、物の管理のこと、人にお願いするときのこと……」


「知らないことを、そのままにしないようにしてきました」


そして、少し照れながら笑う。


「教えてもらったことを、少しずつ覚えていったんです」


「なるほどな」


「でも――」


アルフォンスは周囲を見る。


「こうやって実際にやるのは、今日が初めてです」


「…………」


ガルドは一瞬黙った。


そして、豪快に笑う。


「たいした男だな、お前」


「え?」


「聞いて覚えて、初めての現場でちゃんと使える」


「それを十五でやってんだろ?」


「十分たいしたもんだ」


「……ありがとうございます」


アルフォンスは嬉しそうに笑った。


そして、ふとガルドの腰を見る。


「そういえば、ガルドさんって鍛冶もやってるんですよね?」


「ん?」


「ガルドさんの剣、見せてくださいよ」


「俺の剣か?」


「ああ」


ガルドは少し得意げに笑う。


「ほう、これが見てえか」


「じゃあ、見せてやるよ」


鞘からゆっくりと剣を抜く。


陽の光を受け、磨き上げられた刃が静かに輝いた。


「……すごい」


アルフォンスは目を輝かせる。


「綺麗ですね」


「こんな刃物が打てるんだ……」


刃を眺めながら、アルフォンスは首を傾げる。


「どうやって作ってるんだろう」


ガルドが目を丸くする。


「アルフォンス」


「はい?」


「お前、そういうのも知りてえのか?」


「はい!」


即答だった。


「だって、すごく興味があります」


「剣って、ただ強いだけじゃないんですね」


「どうやったらこんな形になるのか、知りたいです」


ガルドは少し黙ったあと、ニヤリと笑う。


「……いいぜ」


「これから帰って、時間がある時に教えてやるよ」


「本当ですか!?」


「ああ」


「鍛冶場にも連れてってやる」


「ありがとうございます!」


アルフォンスの顔がぱっと明るくなる。


ガルドはそんな少年を見ながら、ふと思う。


――こいつは何でも知りたがる。


けれど、知識をひけらかしたいわけじゃない。


知らないから知りたい。

知ったら、自分でやってみたい。


それだけなのだ。


「……面白え坊ちゃんだな」


「?」


「いや、なんでもねえ」


ガルドは剣を鞘に収める。


「帰ったら鍛冶場に来い」


「はい!」


「ただし、火傷すんなよ」


「気をつけます!」


「あと、勝手に槌を持つな」


「はい!」


「あと――」


「はい!」


「……返事だけは一人前だな、お前」


「ありがとうございます!」


「褒めてねえよ!」


そんな二人のやり取りを、少し離れたところで見ていたリリエルが微笑む。


アルフォンスはまた一つ、誰かから新しいことを教わろうとしていた。


人を助けるだけではない。

人から学び、人と繋がり、その繋がりをまた次へ広げていく。



その日の夕方。


アルフォンスは、集まった人たちのために料理を作っていた。


「できました!」


大きな鍋から、温かな湯気が立ち上る。


一人、また一人と食事を受け取っていく。


最初は遠慮がちだった人たちも、口に運んだ瞬間――。


「……ああ」


「……あったかい」


「こんなに、優しい味がするなんて……」


「美味しい……」


一人の女性が、料理を見つめながら涙をこぼした。


「家族が無事に帰ってきて……」


「こうして温かいご飯まで食べられるなんて……」


「本当に、ありがとう」


「ありがとう……」


あちこちから感謝の言葉が聞こえてくる。


アルフォンスは少し困ったように笑った。


「そ、そこまで大したものではありませんよ」


「僕、料理の腕はそこまでのものじゃないんです」


「ただ……」


自分の料理を食べている人たちを見る。


「みんなが好むような味、というのは……どうにかできているみたいですね」


少し照れながら笑う。


「今まで家族や友人にしか振る舞ったことがなかったので……」


「こうやって、たくさんの人に食べてもらえて」


「……ちょっと、自信がつきました」


ガルドはそれを聞いて、鼻で笑う。


「何言ってやがる」


「こんだけ嬉しそうに食ってる奴がいるんだ」


「十分すげえじゃねえか」


「そうかな?」


「そうだよ」


リリエルも、微笑みながら頷く。


「アルちゃん」


「うん?」


「料理って、腕前だけでは決まらないものですよ」


「……?」


「誰かに食べてもらいたい」


「元気になってほしい」


「温かいものを食べて、少しでも安心してほしい」


「そういう気持ちがあるから、こんなに温かい味になるんじゃないでしょうか」


アルフォンスは少し照れながら、鍋を見る。


「……そっか」


そして、もう一度料理をよそう。


「じゃあ、まだありますから」


「たくさん食べてくださいね」


「おかわりもあります!」


「おお!」


「ありがとう、坊ちゃん!」


「……アルフォンスでいいですよ」


「じゃあ、アルフォンス!」


「はい!」


笑い声が広がる。


被災した町で。


失ったものを抱えた人たちの間で。


ほんのひとときだけ――


温かな食卓が生まれていた。


そしてアルフォンスは、その光景を見ながら思う。


人を助けるって、こういうことなのかもしれない。


大きな奇跡を起こすことだけじゃない。


薬を渡すこと。


道具を届けること。


家族を連れ戻すこと。


そして――


一緒に温かいご飯を食べること。


そんな小さな積み重ねが、人の心を少しずつ温めていく。


アルフォンスは、嬉しそうに笑った。


「おかわり!」


「俺も!」


「もう一杯もらえるか!」


次々と差し出される器。


「はい、もちろん!」


アルフォンスは嬉しそうに笑った。


「僕のご飯で、こんなに喜んでもらえるんだ……」


空になった鍋を見る。


「もっと作るぞ!」


「おい、アルフォンス!」


ガルドが慌てて止める。


「まずペースを考えろ!」


「え?」


「行き渡る前に、お前が倒れちまうぞ!」


アルフォンスは鍋と列を見比べる。


「……あ」


リリエルがくすっと笑う。


「アルちゃん、張り切るのはいいですけど」


「ちゃんと私たちにも頼ってくださいね」


「うん!」


ガルドが呆れたように笑う。


「ったく……」


「飯を食わせる側が飯より先にぶっ倒れてどうすんだよ」


「……それは困るね」


「分かったなら、俺が鍋を持つ!」


「じゃあ僕は次の分を作るよ!」


「おう、それでいい!」


ガルドが鍋を受け取り、アルフォンスが新しい食材を準備する。


その光景を見ながら、避難民の一人が小さく笑った。


「……なんだか、家にいるみたいだな」


そしてまた、


「おかわり!」


という声が響く。


アルフォンスの顔がぱっと明るくなる。


「はい!」


その日、アルフォンスは何度も鍋を空にした。


そして何度も、鍋をいっぱいにした。



アルフォンスは、戻ってきた空っぽの皿を見て、嬉しそうに笑っていた。


「僕はね」


「空っぽになったお皿って、満足の証だと思っているんです」


ガルドが振り返る。


「……皿が?」


「はい」


アルフォンスは、洗い場に積まれていく皿を見る。


「一度なら偶然かもしれません」


「でも、それを何度も見られるってことは――」


嬉しそうに目を細める。


「それだけ、満足してもらえたってことですよね」


「こんなに料理をしていて、嬉しい反応はないですよ」


一枚の皿を手に取る。


「『美味しかった』って言葉ももちろん嬉しいです」


「でも……」


空っぽの皿を見る。


「これは、言葉よりも雄弁ですから」


ガルドはしばらく黙っていた。


そして、ニッと笑う。


「なるほどな」


「お前が料理を好きな理由、ちょっと分かった気がするぜ」


アルフォンスは照れくさそうに笑った。


「僕も……こんなにたくさんの人に料理を食べてもらえるなんて、思っていませんでした」


「だから――」


遠くからまた声がする。


「おかわり!」


アルフォンスの顔がぱっと明るくなる。


「はい!」


ガルドは吹き出した。


「お前、本当に嬉しそうだな」


「だって――」


アルフォンスは鍋を持ち上げる。


「まだ空っぽのお皿が増やせますから!」


ガルドは笑いながら頭を掻いた。


「……こりゃ、しばらく帰れそうにねえな」



ガルドは改めてよろしくアルフォンスの料理を

一口食べると、しばらく黙っていた。


「……うめえな」


「ありがとうございます」


「いや、アルフォンス」


ガルドは真面目な顔でアルフォンスを見る。


「お前の料理、すげえうめえよ」


「でもな」


鍋の中を見ながら、少し考える。


「豪華とか、珍しいとか、そういう話じゃねえ」


「……?」


「なんつーかな」


ガルドは自分の胸元を指で軽く叩く。


「今のお前みたいに、スルスルっと人の心に入り込んじまう」


「そんな料理なんだよ」


アルフォンスは目を丸くする。


「僕の料理が……?」


「ああ」


「腹が減ってるからうめえってだけじゃねえんだ」


「食ったら、なんかホッとする」


「もうちょっと頑張ってみようって思える」


「誰かと一緒に食ってると、自然と話したくなる」


ガルドは笑う。


「人ってのはな」


「こういうのが、すげえ効くんだぜ」


アルフォンスはしばらく黙って料理を見る。


そして――


「……それなら、よかった」


「何が?」


「僕、この料理を食べた人たちが、少しでも元気になってくれたらいいなって思ってたから」


ガルドはニヤッと笑う。


「だったら大成功だ」


「お前の料理は、人を腹いっぱいにするだけじゃねえ」


「心まで少し温めてやれる料理だ」


アルフォンスは照れ臭そうに笑った。


「……まだまだ練習中だけどね」


「それでいいんだよ」


ガルドは豪快に笑う。


「そのうち、とんでもねえ料理人になっちまうかもな」


「ええ……?」


「冒険者じゃなくて料理人になるか?」


「それは困るよ!」


「はははっ!」


その笑い声につられるように、周囲からも笑い声が上がった。


アルフォンスは、湯気の立つ鍋を見つめる。


――料理も、人を助ける力になる。


それもまた、今日初めて知ったことだった。


アルフォンスは、少し照れながら料理を見つめていた。


「……実はね」


「今まで、家族のみんなは『美味しい』って言ってくれてたんだけど……」


「ちょっとだけ、不安だったんだ」


「不安?」


ガルドが聞き返す。


「うん」


「みんな優しいから」


「本当はそこまでじゃなくても、僕を喜ばせるために美味しいって言ってくれてるのかなって」


「だから……」


アルフォンスはガルドを見る。


「ガルドさんみたいな職人さんが、そう言ってくれたってことは」


「これは僕が、自信を持っていいってことだよね?」


ガルドは一瞬きょとんとした。


そして――


「……お前なあ」


呆れたように笑う。


「十分すぎるほど自信持っていいだろ」


リリエルも、くすっと笑った。


「もう、アルちゃんはすごいんですから」


「もっと自信を持っていいんですよ」


「いつも私たちが太鼓判を押しているじゃないですか」


「いや……」


アルフォンスは少し困ったように頬を掻く。


「身内のひいき目かなって……」


「まあ」


リリエルが目を丸くする。


ガルドは吹き出した。


「なんだ、お前たち」


「仲良しじゃねえか」


「……そうかな?」


「そうだよ」


ガルドは笑いながら、アルフォンスの肩を叩く。


「でもよ」


「外側の人間から評価を聞きてえってんなら――」


「俺んとこ持ってこい」


「え?」


「料理でも、道具でも、剣でもな」


「職人として、ちゃんと見てやる」


アルフォンスの顔がぱっと明るくなる。


「本当ですか?」


「ああ」


「じゃあ、今度料理を持っていってもいい?」


「おう」


「鍛冶場にも行っていい?」


「もちろんだ」


「本当に?」


「何度も言わせんな!」


アルフォンスが嬉しそうに笑う。


リリエルも、その横顔を見て微笑んだ。


「よかったですね、アルちゃん」


「うん!」


ガルドは二人を見ながら、少しだけ目を細める。


「……こりゃあ、坊ちゃんの子守って話じゃねえな」


「俺も、こいつから色々教わることになりそうだ」


そしてアルフォンスは、今日また一つ学んだ。


自分を信じるということは、思い上がることではない。


誰かの評価を受け止めて、


「自分にもできる」


と思えるようになること。


それもまた――


一つの成長なのだ。



ガルドは、ふと思い出したようにアルフォンスを見る。


「そういや、アルフォンス」


「はい?」


「もう『ガルドさん』なんて他人行儀な呼び方、やめてくれよ」


「え?」


ガルドは笑いながら、アルフォンスの肩に腕を回す。


「俺たちは同じ旅をして」


「同じ場所で汗かいて」


「同じ飯を食ったんだ」


「もう十分、仲間って言っていいだろ?」


アルフォンスは少し驚いた顔をする。


「……仲間」


「ああ」


「だから、ガルドでいい」


アルフォンスは少し考える。


そして――


「……それなら」


にこっと笑う。


「ガルドの兄貴って呼ばせてもらうよ」


「……兄貴?」


ガルドが目を丸くする。


アルフォンスは少し照れながら続けた。


「僕よりずっと強いし、色々教えてくれるし」


「それに……頼りになるから」


「兄貴って呼ぶのが一番しっくりくるかなって」


ガルドはしばらく黙った。


そして、ニヤリと笑う。


「兄貴か……」


アルフォンスを見る。


「それも悪くねえな」


「じゃあ決まりだね」


「おう!」


ガルドが手を差し出す。


アルフォンスも、その手を握る。


「よろしくな、アルフォンス」


「よろしく、ガルドの兄貴!」


「おう!」


その光景を見ていたリリエルが、ふっと笑った。


そして――


そっと、自分の手を二人の手の上に重ねた。


「……あら」


「私も、仲間に入れていただけるんですよね?」


アルフォンスが目を丸くする。


「もちろんだよ、リリエル姉さん」


「……ありがとうございます」


リリエルは嬉しそうに微笑む。


ガルドも笑った。


「当たり前だろ」


「ここまで一緒に来たんだ」


「もう仲間だよ」


「ふふ……」


三人の手が重なる。


まだ、この三人は知らない。


この何気ない握手が――


これから始まる旅の第一歩だと。

今回のお話は、アルフォンスにとって「人を助ける」ということを、また一つ深く知る回になりました。


薬や物資を届けるだけではなく、温かい料理を作り、誰かの心を少しだけ軽くする。

そしてガルドから「支えることも、立派な強さだ」と教わりました。


最後にはガルドを「兄貴」と呼ぶようになり、リリエルも含めて三人が仲間に。


まだ小さな一歩ですが――

ここからアルフォンスの冒険者としての道が、少しずつ始まっていきます。


これから三人がどんな旅をしていくのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。


旅人の皆様、

次の物語でお会いしましょう

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