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第二十二話 始まりの旅

アルフォンスは、町の薬屋を訪ねた。


「こんにちは。少し相談してもいいですか?」


「アルちゃんか。どうした?」


「疎開してきた方たちの中に、薬が足りないという人がいました」


「そうか……」


「もし余裕があるなら、少し融通してもらうことはできないかなと思って」


薬屋の主人は少し考える。


「気持ちは分かる。でも、うちだって在庫には限りがあるからな」


「うん。だから、無理にとは言いません」


アルフォンスは頭を下げる。


「ただ、困っている人がいることだけ、覚えておいてもらえたら嬉しいです」


「……分かった。何かできそうなら声をかけるよ」


「ありがとうございます」


それからアルフォンスは、他の店にも顔を出した。


パン屋。


衣料品店。


雑貨屋。


宿屋。


それぞれに無理を頼むことはしない。


ただ、事情を話しておく。


「こういう方たちが来ています」


「もし何かできることがあれば、お願いします」


「……何か、僕にできることはないかな」


アルフォンスは、避難してきた人たちの話

町の人の話を聞き終えてもまだ何かを考えていた。


「家族を残してきた人がいるなら……」


「向こうで困っている人も、きっといるよね」


オルフェウスはそんな弟を見つめる。


「なら、僕たちで役割を分けよう」


「兄さん?」


「僕は父上の秘書として、町や王国に掛け合う」


「必要な物資、避難場所、復旧支援……一人ではどうにもならないことを動かしてみる」


「うん」


「そしてアルは――」


「現地に行ってみたい」


アルフォンスが先に答えた。


オルフェウスは少し苦笑する。


「やっぱりそう言うと思ったよ」


「向こうにいる人たちの話を、直接聞きたいんだ」


「分かった」


「ただし、一人では行かせない」


「え?」


「危険だからね」


オルフェウスが声をかけたのは、近所の鍛冶師だった。


鍛冶師であり、冒険者でもある男。


ガルド。


「……は?」


話を聞いたガルドは、露骨に嫌そうな顔をした。


「俺が?」


「うん」


「坊ちゃんの護衛?」


「そう」


「……俺、冒険者なんだけどな」


「知ってる」


「鍛冶師でもある」


「それも知ってる」


「なのに仕事が――」


ガルドはアルフォンスを見る。


「子守かよ」


「……」


アルフォンスは困ったように笑った。


「ごめんね、ガルドさん」


「いや、坊ちゃんが謝ることじゃねえけどよ……」


「でも、お願いできないかな」


「…………」


結局、ガルドはため息をついた。


「分かったよ」


「ありが――」


「勘違いすんなよ。坊ちゃんに何かあったら、俺が怒られるからな」


「うん!」


「アル、現地へ行くならまだ足りないよ」


オルフェウスが念を押す。


「分かってる。だからガルドさんにお願いしたんだ」


「それだけじゃない」


「え?」


「怪我人や避難民のケアも必要になる」


その言葉を聞いたアルフォンスが、少し考える。


そして――ふと顔を上げた。


「……リリエル姉さん」


「え?」


「リリエル姉さんにも、来てもらえないかな」


オルフェウスが少し驚く。


「リリエル様に?」


「うん」




屋敷へと向かい、リリエルに声をかける

アルフォンスは迷いながらも、はっきりと言う。


「怪我をしている人もいると思うし……」


「家族を残してきた人もいる」


「怖い思いをしている子供もいると思う」


「僕だけじゃ、できないことがたくさんあるから」


そして少しだけ照れながら、


「……リリエル姉さんに、ついてきてほしいんだ」


その言葉を聞いたリリエルは、しばらく黙っていた。


やがて――。


「……もちろんです」


穏やかな笑顔。


「アルちゃんがそう言ってくれるなら、喜んで」


「本当?」


「ええ」


リリエルはアルフォンスの頭をそっと撫でる。


「昔は私があなたを見守る側でしたけれど……」


「今は、あなたが誰かを守ろうとしているんですね」


「……うん」


「だったら、私もお手伝いします」


「ありがとう、リリエル姉さん!」


その笑顔を見て、リリエルは少しだけ目を細める。


――大きくなった。


昔、小さな手で自分の指を握っていた子。


その子が今、自分の足で歩き、


「一緒に来てほしい」


と自分に手を差し出している。


「では、行きましょうか」


「うん!」


そしてガルドが横からぼそっと呟く。


「……なんだよ」


「何?」


「坊ちゃん、随分と頼れる人間を揃えてるじゃねえか」


「リリエルさんは昔から僕のことを見てくれてるから」


「……そうかい」


ガルドは少し笑う。


「なら、俺も負けてられねえな」


こうして現地へ向かうのは――


アルフォンス。

ガルド。

そしてリリエル。


剣で戦える者。


現場を動かせる者。


そして、人の心と傷を癒せる者。


三人それぞれの力を持って、被災地へ向かう。


そしてアルフォンスはまだ知らない。


今回の旅が、彼にとって単なる「人助け」ではなく、冒険者として生きていく最初の一歩になっていくことを。


ガルドは

「それじゃあ出発は明日、準備をして町の入り口に集合だ。」


アルフォンスは

「馬車はこっちで、手配しておくよ。」


そう言って3人は別れていった



翌日、ガルドは驚きの声を上げた。


……なあ、坊ちゃん」


「はい?」


ガルドは、アルフォンスの横に積まれた荷物を見る。


「その荷物はなんだ?」


「これ?」


アルフォンスは振り返る。


「みんなのご飯とか、必要な道具とか入ってるんだよ」


「……多すぎねえか?」


「そうかな?」


「そうだよ!」


ガルドは呆れたように荷物を見る。


「食料に薬、毛布、簡単な工具……」


「お前、どれだけ持ってきたんだよ」


「必要になりそうなものを考えていたら、これくらいになった」


「これだけ持ち込んで、領主様から怒られないのか?」


するとアルフォンスは、少しだけ不思議そうな顔をした。


「どうして?」


「いや、だってよ……」


「これ、僕の私財です」


「……は?」


ガルドが固まる。


アルフォンスは何でもないことのように続ける。


「家のお金じゃありません」


「僕が自分の私物を売ったり、貯めていたお金から出しました」


「店の人たちにも、ちゃんと代金を払っています」


「……」


「お店の人も損しないようにしたいですし」


そこでアルフォンスは、荷物を一つ持ち上げる。


「それに……」


「何より、僕の自己満足に家を巻き込めません」


「…………」


ガルドはしばらく黙っていた。

「なあ、坊ちゃん」


「はい?」


ガルドは少し不思議そうにアルフォンスを見る。


「お前、なんでそこまでできるんだ?」


「……そこまで?」


「自分の金まで使って、

困ってる連中に飯やら薬やら道具やら用意してよ」


「普通はそこまでしねえぞ」


アルフォンスは少し考えてから、恥ずかしそうに笑った。


「だって……困っている人がいるから」


「……」


「僕は恥ずかしい話だけど、実家に住まわせてもらっていて」


「食事も、住む場所も、家族に支えてもらっている」


「だから、僕自身が使えるお金には余裕があったんだ」


ガルドは黙って聞いている。


「それなら……」


アルフォンスは、自分の財布を見る。


「自分の資産がなくなっても、僕は生きていけるからね」


ガルドはしばらく何も言わなかった。


やがて、鼻から息を吐く。


「……お前な」


「はい?」


「それを普通みたいな顔で言うんじゃねえよ」


アルフォンスはきょとんとする。


ガルドは苦笑する。


「金を使ったことよりな」


「自分が困らねえなら、困ってる奴に回していいって、本気で思ってやがるところだ」


「……だって」


アルフォンスは少し困ったように笑う。


「困っている人がいるのに、僕が持っていても仕方ないでしょう?」


「はぁ……」


ガルドは頭を掻く。


「やっぱり、お前は変な坊ちゃんだよ」


そう言って、ガルドは荷物を一つ担ぎ上げる。


「まあいい」


「持ってやる」


「ありがとうございます」


「ただし――」


ガルドはアルフォンスを見る。


「自分の金だからって、全部一人で背負うんじゃねえぞ」


「……え?」


「助けるってのはな」


「金を出すことだけじゃねえ」


「俺みたいに、腕を貸す奴もいる」


アルフォンスは少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。


「……はい」


「じゃあ、お願いします」


「おう」


ガルドは荷物を担ぎ直す。


「行くぞ、坊ちゃん」


「はい!」



目的地の道中、ガルドは

アルフォンスの後ろにいるリリエルへ目を向けた。


「そういや……」


「後ろの別嬪さんは、坊ちゃんの知り合いかい?」


「はい。リリエルさんです」


アルフォンスが答えるより先に、リリエルが軽く頭を下げる。


「初めまして。リリエルと申します」


「へえ……」


ガルドは少し意外そうにリリエルを見る。


そしてアルフォンスへ視線を戻す。


「それにしてもよ」


「坊ちゃんがこんな危険なことするのを、止めないのかい?」


リリエルは少しだけアルフォンスを見る。


そして、穏やかに微笑んだ。


「……アルちゃんは、優しい子ですから」


「優しい?」


「はい」


「困っている人がいるのに、自分だけ安全なところにいることなんて、できない子です」


アルフォンスが少し照れたように俯く。


「だから――」


リリエルは静かに続ける。


「仮に私が止めたとしても、きっと同じことをしたでしょう」


「……まあ、そうだろうな」


ガルドが苦笑する。


「こいつ、そういう顔してるわ」


「ええ」


リリエルは頷く。


「それなら私は、止めるよりも――」


アルフォンスの隣へ一歩近づく。


「こんな子だからこそ、私が近くでいつも見ているようにしています」


「危ないところに行くなら、一緒に行く」


「無茶をしそうなら、すぐに声をかける」


「怪我をしたら治す」


そして少しだけ笑う。


「それが、今の私にできることですから」


ガルドはしばらく黙って二人を見る。


「……なるほどな」


「つまり――」


「坊ちゃんを止める役じゃなくて、坊ちゃんが無茶した時に拾う役ってわけか」


「ふふ。そういう言い方もできますね」


「頼もしいじゃねえか」


ガルドはアルフォンスを見る。


「お前、随分いい人に囲まれてるな」


アルフォンスは少し恥ずかしそうに笑う。


「……うん」


リリエルはそんなアルフォンスの横顔を見る。


昔は、小さな手を握っていた。


今は、その少年が自分の足で歩いている。


だから――


その歩みを止めるのではなく。


転ばないように、すぐ隣にいる。


リリエルは少しだけ困ったように笑った。


「……だって」


「遠くで待っている方が、どきどきしてしまって……」


アルフォンスを見る。


「心配でたまらないんですもの」


ガルドは一瞬ぽかんとしたあと、豪快に笑った。


「ははっ!」


「違いねえや!」


「そりゃあ、目の届くところに置いといた方が安心だわな!」


「……そういうことです」


リリエルは微笑む。


アルフォンスは少し照れながら、


「リリエルさん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


「……アルちゃん」


「僕、ちゃんと気をつけるから」


「そう言って無茶をするのがアルちゃんでしょう?」


「……」


「ほら」


ガルドが笑う。


「何も言い返せねえじゃねえか」


アルフォンスは困ったように笑った。


「……気をつけます」


「よし!」


ガルドはアルフォンスの背中を軽く叩く。


「じゃあ行くぞ、アルフォンス!」


「はい!」


その少し後ろを、リリエルが穏やかに歩く。


離れすぎないように。


いつでも手を伸ばせる距離で。


昔、小さな手を包んでいたその両手は――


今も変わらず、彼のすぐそばにあった。



夕暮れ。


野営地を作り終えた三人は、焚き火を囲んでいた。


ガルドが冒険者用の携帯糧食を取り出す。


「今日は野宿だ」


「腹が減ってるだろ」


そう言って、簡素な食事を並べる。


「まあ……」


「大して美味くもねえ飯だが、我慢して食ってくれ」


アルフォンスは、その糧食を見ながら首を振った。


「いえ」


「これなら、もう少し美味しくできますよ」


「……何?」


アルフォンスは荷物から、小さな袋を取り出した。


「これですね」


「元冒険者のコックさんに知り合いがいまして」


「こういう糧食を美味しく食べる方法を聞いてきたんです」


ガルドは袋を見る。


「それ、金かかるんじゃねえのか?」


「いいえ」


アルフォンスは笑う。


「ローゼベルの周辺には、いろんな植物が生えているでしょう?」


「その中には、料理に使える香草がたくさんあるんですよ」


袋からいくつか取り出す。


「これなら、お金をかけなくても手に入ります」


そして、簡素な糧食を鍋に入れ、香草と一緒に炒める。


じゅう――。


香ばしい匂いが漂う。


ガルドが鼻をひくつかせる。


「……お?」


アルフォンスは味を確認する。


「よし」


「これで大丈夫です」


皿に盛りつける。


「どうぞ」


ガルドが恐る恐る口に入れる。


「…………」


「……おう」


もう一口。


「なんだ、この味は!」


「食えるだけマシだと思ってた、あのクソまずい飯が――」


「全然嫌じゃねえぞ!」


アルフォンスが嬉しそうに笑う。


「そうなんです」


「この糧食って、栄養価そのものは悪くないんですよ」


「ただ、味がちょっと……」


「だから、味だけ変えてあげればいいんです」


ガルドはもう一口食べる。


「なるほどな……」


「飯を豪華にするんじゃなくて、食える飯にするってわけか」


「はい」


アルフォンスは頷く。


「冒険者って、毎回美味しい料理を食べられるわけじゃありませんから」


「でも、少し工夫するだけならできるでしょう?」


ガルドは笑った。


「……お前、本当に変なところまで気が利くな」


「そうかな?」


「そうだよ」


そして、もう一口。


「でも――」


「俺はこういうの、嫌いじゃねえ」


焚き火の向こうで、リリエルも微笑んでいた。


「アルちゃんらしいですね」


「そう?」


「ええ」


「豪華なものを作るのではなく」


「今あるものを、少しだけ良くする」


アルフォンスは照れくさそうに笑った。


「だって、せっかくなら美味しい方がいいでしょう?」


ガルドはその言葉を聞いて、思わず笑う。


「……やっぱりお前、冒険者向きだよ」


「戦わなくてもな」


「飯を任せたくなる奴ってのも、立派な冒険者だぜ」


ガルドは焚き火を眺めながら、ふと口を開いた。


「アルフォンス」


「はい?」


「冒険者にはな、バックアッパーって呼ばれる役職がある」


「バックアッパー……」


「ああ」


ガルドは携帯糧食をつつきながら続ける。


「一般的には、使いっ走りだとか」


「荷物持ちだとか、雑用係だとか言われることもある」


「でもな」


ガルドは首を振る。


「俺は、そうは思わねえ」


「どんなことにも、準備ってのは大事だ」


「特に俺たちは、自分の命を預ける道具を誰かに任せる」


「それがどういうことか、分かるか?」


アルフォンスは少し考える。


「……その人を、信頼しないとできない?」


「そういうことだ」


ガルドは頷いた。


「武器も、防具も、食料も、薬も」


「全部、自分の命に関わる」


「だから、それを任せられる奴ってのは、それだけで信頼されてるんだ」


「そいつ自身が戦いに参加してなくてもな」


「俺たちが余計なことを考えず、目の前の敵に集中できる」


「武器を抜いたら、ちゃんと使える」


「腹が減ったら、食える飯がある」


「怪我をしたら、必要なものが出てくる」


「そうやって俺たちがスムーズに戦えるなら――」


ガルドはアルフォンスを見る。


「それは全部、そいつの手柄だと思うぜ」


アルフォンスは黙って聞いている。


「俺は元々、鍛冶師だからな」


ガルドは自分の剣を見る。


「道具の状態ってのは、整備する奴がどういう人間なのかが出ると思ってる」


「雑に扱えば、道具も雑になる」


「丁寧に扱えば、使い手も安心して命を預けられる」


「道具に対する姿勢は、ひいては使い手の品格まで出る」


そして、少し笑う。


「それを苦もなく当たり前にできる奴なんて――」


「ほんの上澄みだ」


アルフォンスは、自分が先ほど整えた食料や道具を見る。


「……僕にも、できるかな」


「もうやってるじゃねえか」


「え?」


「今日の飯もそうだ」


「俺が気にせず食えるようにしてくれた」


「それだけじゃねえ」


ガルドは荷物を見る。


「道具の用意も、食事のこともも、薬の購入も」


「誰に言われるまでなくお前、全部自然にやってただろ」


「……」


「だから言ってんだ」


ガルドは笑った。


「お前は戦えなくてもいい」


「俺たちが戦えるようにしてくれる奴がいるなら、それも立派な強さだ」


アルフォンスはしばらく黙っていた。


やがて――


「……ありがとう、ガルドさん」


「礼なんかいらねえよ」


ガルドは照れくさそうに笑う。


「明日も美味い飯を頼むぜ」


「うん!」


焚き火の向こうで、リリエルも静かに笑っていた。


アルフォンスはまだ知らない。


この日ガルドから教わった「バックアッパー」という考え方が、やがて彼自身の生き方を形作っていくことを。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、アルフォンスがガルド、リリエルとともに、初めて本格的な旅へ踏み出すお話でした。


五年前なら、自分一人で何とかしようとしていたアルフォンス。


今では、町の人に話を聞き、必要な物資を集め、仲間と協力して問題を解決しようとしています。


そして今回、ガルドから「バックアッパー」という考え方を教わりました。


戦う人だけが強いわけではない。


武器や食料、薬を用意し、仲間が安心して戦えるように支えることも、立派な力です。


アルフォンスはまだ、自分が強いとは思っていません。


けれど――


「困っている人がいるから」


その気持ちから始めた行動が、少しずつ彼自身の力になっていきます。


今回の旅は、アルフォンスにとって冒険者としての最初の一歩。


そして、ガルドとリリエルとの新しい旅の始まりです。


これから三人がどんな人たちと出会い、何を見つけるのか。


ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。


旅人の皆様、

それでは、また次のお話で。

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