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第二十一話 あれから僕たちは

あれから、五年の月日が流れた。


アルフォンスは十五歳になった。


かつてはまだ幼さの残っていた身体も、今ではすっかり成長し、大人へと近づいている。


背も伸びた。


体つきも逞しくなった。


けれど――。


笑顔だけは、子供の頃から変わらない。


そんなアルフォンスは今日も、空いた時間を見つけて町へ出ていた。


もちろん、お忍びである。


「何か困っている人はいないかな」


町を歩きながら、何気なく周囲を見渡す。


荷物を抱えて困っている人。


店先で悩んでいる人。


道端で何かを探している子供。


そんな小さな変化を見つけては、アルフォンスは自然に声をかけていく。


もっとも――。


町の人々は、彼の正体を知らないわけではない。


グラディウス家の御曹司。


領主家の息子。


それは、みんな知っている。


それでも。


「お、アルちゃん。今日は暇なのか?」


「うん。ちょっと時間ができたから」


「じゃあ、そこの荷物運ぶの手伝ってくれよ」


「もちろん!」


誰も「アルフォンス様」とは呼ばない。


アルフォンス自身も、それを望んでいる。


ここでは――。


ただのアルフォンス。


それでいい。


身分も家柄も関係なく、困っている人がいれば助ける。


五年前と変わらない。


ただ一つ違うのは――。


五年前よりも、彼の背中がずっと大きくなったことだった。


そして、その姿を少し離れた場所から見つめる者がいた。


「……本当に変わらないな」


誰かが、懐かしそうに呟く。


五年前。


まだ小さな少年だったアルフォンスが、町の小さな困りごとを拾い始めた。


あれから五年。


少年は青年へと近づいた。


けれど――。


人のために差し出す手だけは、何一つ変わっていなかった。



「家のことはいいのかい?」


町を歩いているアルフォンスに、後ろから声がかかる。


「あ、オル君。」


振り返ると、そこにはオルフェウスがいた。


「今日も町に出ていたのか」


「うん。ちょっと時間ができたから」


「家のことはいいのかい?」


「大丈夫。朝のうちに済ませてきたよ」


アルフォンスは、いつものように笑う。


オルフェウスは少し呆れたように息を吐いた。


「君は昔から変わらないな」


「そうかな?」


「ああ。暇があれば町に出て、人の困り事を探している」


「困っている人がいるなら、放っておけないから」


「……それも昔からだ」


オルフェウスは苦笑する。


五年前。


まだ十歳だったアルフォンスは、空いた時間があれば料理や掃除をしていた。


自分にできることを探していた。


そして今は――


十五歳になっても、やはり自分にできることを探している。


「でも、少しは自分の時間も大切にした方がいいんじゃないか?」


「してるよ?」


「例えば?」


「こうやって町を歩く時間」


「……それは人のための時間だろう」


「そうかな」


アルフォンスは笑った。


「僕は楽しいよ」


オルフェウスは一瞬、言葉を失う。


「……そういうところだよ」


「え?」


「君が昔から、みんなに好かれる理由は」


アルフォンスは首を傾げる。


「よく分からないけど……ありがとう?」


「褒めているんだよ」


「なら、ありがとう」


二人は並んで町を歩き始めた。


五年前とは違う、大きくなった二人の背中。


けれど、その歩き方だけは――昔と変わらなかった。




「そういえば最近、大陸の各地で

魔物のスタンピードが増えているらしい」


オルフェウスが、ふと思い出したように口にする。


「スタンピード?」


「ああ。規模も発生場所もまちまちだけど、

以前より明らかに増えているそうだ」


アルフォンスは少し考える。


「……何か原因があるのかな」


「それを調べている人たちもいるらしい」


オルフェウスは、隣を歩く弟分を見る。


「だから、どこでも首を突っ込むのはいいけど、

気をつけなよ」


「……」


「アルは、すぐにそういう厄介ごとに関わるんだから」


「そんなことないよ」


「ある」


即答だった。


「困っている人がいたら放っておけない」


「危ない場所でも、誰かが助けを求めていたら行く」


「昔からそうだっただろう?」


「……そうかなぁ」


「そうだよ」


オルフェウスは苦笑する。


「君の場合、『関わる』というより――」


「厄介ごとの方から君のところへ寄ってくるんじゃないか?」


「そんなことないって」


アルフォンスは笑う。


その笑顔を見て、オルフェウスは小さくため息をついた。


「……まあ、そこがアルらしいんだけどね」


「でも、本当に気をつけて」


「分かった」


「その返事、昔から信用できないんだよなぁ」


「ちゃんと気をつけるよ」


「ならいいけど」


二人は笑いながら、町を歩いていく。


その時の二人はまだ知らなかった。


大陸各地で増えている魔物のスタンピードが、

やがて自分たちのいるローゼベルにも関わってくることを。



「それに最近、

地方からローゼベルへ疎開してくる人が増えている」


「疎開?」


「ああ。魔物のスタンピードを警戒して、比較的安全なローゼベルへ移ってくる人が増えているんだ」


オルフェウスの表情が少し曇る。


「今のところは、空き家を使ってもらっている」


「五年前に問題になった不法入居者の件もあって、

今では空き家をきちんと管理しているからね」


「住んでもらえる場所があるなら、よかった」


アルフォンスはほっとしたように笑う。


「でも――」


オルフェウスは続ける。


「このまま増え続ければ、いつか限界が来る」


「空き家にも限りがある」


「食料も、仕事も、医療も必要になる」


アルフォンスは黙って考える。


「……住む場所だけあればいいわけじゃないんだね」


「そういうこと」


「ローゼベルは安全だから、という理由だけで人を集め続ければ、今度は町そのものが苦しくなる」


「じゃあ、どうするの?」


オルフェウスは少し遠くを見る。


「それを考えているところだよ」


「父上たちも、領主として対応を考えている」


「僕にも何かできるかな」


「……」


オルフェウスは苦笑する。


「ほら、まただ」


「え?」


「アルはすぐそう言う」


「だって……」


「分かってるよ」


オルフェウスはアルフォンスの頭を軽く撫でる。


「だからこそ、今回はちゃんと周りを頼るんだ」


「一人で何とかしようとしない」


「分かった」


アルフォンスは頷いた。


そして二人は、疎開してきた人々のいる町並みを見つめる。


五年前なら、目の前の一人を助ければよかった。


けれど今は違う。


一人を助けることと、町全体を守ること。


その両方を考えなければならない時が来ていた。



「何ができるかわからないけど

避難した人たちに話を聞いてみよう。

結構人が多いみたいだから

僕とオル君で手分けしよう」


アルフォンスがそう言うと、オルフェウスも頷いた。


「そうだね。一人で全部聞いて回るより、その方がいい」


二人は顔を見合わせる。


「僕はお年寄りや子供たちの話を聞くよ」


「じゃあ僕は、女性の方を中心に聞こう」


「うん」


「……それにしても、アルは昔から子供に好かれるよね」


「そうかな?」


「そうだよ」


オルフェウスは苦笑する。


「君が相手なら、子供たちも遠慮なく話してくれるだろう」


「じゃあ兄さんは女性担当だね」


「その言い方はやめてくれ」


「でも、兄さんの方が話を聞くの上手じゃない?」


「……まあ、それは否定しないけど」


オルフェウスは小さく笑った。


こうして二人は、それぞれ別の場所へ向かっていった。


アルフォンスの前には、疎開してきた老人たちと子供たち。


「こんにちは。何か困っていることはないですか?」


「アルフォンス様、わざわざすみませんねぇ」


「気にしないでください」


アルフォンスは老人の隣に腰を下ろす。


「ゆっくりでいいので、教えてください」


一方、オルフェウスは女性たちの話を聞いていた。


「住む場所については、今のところ大丈夫です」


「そうですか。では、他に何かありませんか?」


「……実は」


「はい」


オルフェウスは急かさず、相手の話を最後まで聞く。


二人とも、聞く姿勢は同じだった。


ただ、その先が少し違う。


アルフォンスは、


「それは大変でしたね」


「怖かったでしょう」


「もう少し詳しく教えてもらえますか?」


と、相手の不安を受け止める。


オルフェウスは、


「それはいつ頃からですか?」


「同じような話を他の方からも聞きましたか?」


「その問題が起きると、一番困るのは誰でしょう?」


と、情報を整理していく。


そして夕方。


二人は合流した。


「どうだった?」


「いろいろ聞けたよ」


「僕もだ」


アルフォンスがメモを見せる。


「食料については、この辺りが足りないみたい」


「なるほど。僕の方では仕事と薬の話が多かった」


「じゃあ、まとめて兄上に相談しよう」


「そうしよう」


二人は並んで歩き出す。


昔なら、アルフォンスは困っている人を見つければ、自分で何とかしようとしただろう。


けれど今は違う。


誰に聞くか。

誰に頼るか。

誰が動けば解決できるのか。


それを考えられるようになった。


そして――


アルフォンスとオルフェウス。


性格も得意なことも違う二人だからこそ、拾える声も違っていた。


「オル君。」


「ん?」


「僕たち、結構いい組み合わせかもしれないね」


オルフェウスは少し笑う。


「……今さら気づいたのかい?」


二人は顔を見合わせ、笑った。



オルフェウスは、しばらく周囲を眺めていた。


そしてアルフォンスに尋ねる。


「アル。何か気づいたことはあるかい?」


「気づいたこと?」


「ああ。さっきから君は、何か考えているようだったからね」


アルフォンスは少し考える。


「……うん」


「ここにいる人たちって、お年寄りと子供、それから女性が多いよね」


「そうだね」


「でも、働き盛りの男の人があまりいないんだ」


オルフェウスの目が少し細くなる。


「……続けて」


「最初は、まだ避難できてないのかなって思った」


「でも、もしかしたら……」


アルフォンスは、遠くを見る。


「復旧作業に残ってるんじゃないかな」


「……」


「魔物に襲われた町なら、壊れた家や道路を直したり、畑を戻したりしないといけない」


「だから、自分たちは残って、家族だけを先に避難させた人がいるんじゃないかなって」


オルフェウスはしばらく黙っていた。


そして――


「……そういえば」


「え?」


「さっき話を聞いた女性の一人が言っていた」


「『夫はまだ向こうにいる』と」


アルフォンスが振り返る。


「……やっぱり」


オルフェウスは頷いた。


「アルもそう思ったなら、間違いなさそうだ」


「僕も?」


「ああ」


オルフェウスは少し笑う。


「君は昔から、こういうところに気づくからね」


「僕はただ、みんなの話を聞いてただけだよ」


「それが大事なんだよ」


オルフェウスはアルフォンスの肩を軽く叩く。


「話を聞かなければ、そこにいない人のことなんて分からない」


「……そっか」


アルフォンスは少し考えたあと、頷いた。


「じゃあ、今度は向こうの町のことも調べてもらおう」


「そうしよう」


二人は並んで歩き出す。


けれど、アルフォンスは一度だけ振り返った。


そこには、家族の帰りを待つ人たちがいる。


「……早く、みんなが一緒に暮らせるようになるといいね」


「そのために、僕たちができることを探そう」


「うん」


二人は再び歩き出した。


今度は――避難してきた人々だけでなく、そこに残された人々のために。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、五年の月日を経て、十五歳になったアルフォンスのお話でした。


身体も大きくなり、少しずつ大人へ近づいていくアルフォンス。


けれど、人の困りごとに気づけば自然と手を差し伸べるところは、子供の頃から変わっていません。


ただ、昔とは一つ大きく変わったところがあります。


以前のアルフォンスは、


「自分が何とかしなきゃ」


と考えていました。


でも今は、人の話を聞き、誰に頼ればいいのかを考え、オルフェウスと協力して問題を整理できるようになりました。


アルフォンス一人で全てを解決するのではなく、周りの人たちと一緒に誰かを助ける。


それも、彼なりの成長なのだと思います。


そして今回から、大陸各地で増え始めた魔物のスタンピードについても触れました。


避難してきた人々の中には、家族だけを先に送り、自分は故郷に残っている人もいる。


アルフォンスがそこに気づいたことで、物語は少しずつ「目の前の一人を助ける」段階から、「人々が安心して帰れる場所をどう作るか」という方向へ進んでいきます。


アルフォンスとオルフェウス。


人の気持ちを拾うアルフォンスと、それを整理して道筋を考えるオルフェウス。


この二人がこれからどんな未来を作っていくのか。


ぜひ、見守っていただけたら嬉しいです。


旅人の皆様、

それでは、また次のお話で。

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