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外伝その3 優しい両手

初めて見た時、なんて綺麗な子だろう、

でもどこか寂しげな雰囲気を感じていた。


その子、リリエルちゃんは私が結婚したと同じくらいの時期にローゼベルの教会に派遣されてきた。


とにかく気になったので迷惑かとも思ったが

一方的に話しかけに行った。


事務的な相槌はあるものの

会話は、ほぼエレナの一人芝居だった。


「今日はいい天気ね」


「……はい」


「この前のお菓子、美味しかったわ」


「……そうですか」


「リリエルちゃんは甘いもの好き?」


「……はい」


エレナが一生懸命話しかけても、会話が続かない。


でもエレナは、それを「嫌われている」

とは受け取らない。


むしろ、


「この子、きっと人と話すのが苦手なのね」


「相槌を返してくれるだけでも嬉しい」

くらいの感覚で、ずっと話しかけていた。


でもある日、エレナが気づく。


リリエルは、ちゃんと毎回ここに来てくれている。


自分から話しかけることはない。


けれど、離れてもいかない。


それだけでエレナには十分だった。


そしてある日、


「ねえ、リリエルちゃん」


「私たち、年も近そうだし……」


「お友達になりましょ」


実際には年齢がかなり近いとは限らない。

でもエレナにとっては、

そんなことはどうでもよかった。


リリエルが返事をする前に、


ぎゅっ。


両手を包み込む。


「……え?」


「今日からリリエルちゃんって呼ぶわね」


にっこり。


「よろしくね、リリエルちゃん」


「……はい」


リリエルは完全に戸惑う。


(この人……私の返事を聞く前に決めた……)


でも、不思議と嫌ではない。




そして時間が経つ。


ある日、リリエルがエレナを見ると、

お腹が少し大きくなっている。


「……エレナさん」


「あら、気づいた?」


「はい」


「ふふ。私、もうすぐお母さんになるの」


エレナが、自分のお腹にそっと手を置く。


その顔が、本当に幸せそう。


「この子ね」


「世界一幸せな子にしてあげるんだから」


リリエルは黙ってその姿を見る。


まだ、この時のリリエルには、


「家族」


というものがどういうものなのか、

完全には分からない。


でもエレナの言葉を聞いているうちに、


「……きっと、この子は幸せですね」


と、ぽつり。


エレナが嬉しそうに笑う。


「でしょう?」


「だって、私だけじゃないもの」


「この子を幸せにしてくれる人は、きっとたくさんいるわ」



そしてアルフォンスが生まれた日。


リリエルが赤ちゃんのアルフォンスを抱く。


小さな手が、リリエルの指を握る。


そこでリリエルの目から突然涙が溢れ出す。


「……嫌です」


「え?」


「こんなに優しい人……」


「優しい人から、先にいなくなってしまうから……」


「だから、人を好きになるのが怖いんです」


「別れるのが……嫌なんです」


エレナは否定しない。


「そんなことないよ」とも言わない。


ただ、リリエルの気持ちを全部受け止めてから、


「リリエルちゃんに、そこまで思ってもらえるなんて……光栄だわ」


と笑う。


そしてアルフォンスを抱いたまま、静かに続ける。


「でもね、リリエルちゃん」


「人の命は、有限なの」


「いつか、誰かとのお別れは来るわ」


「私も、この子も」


「リリエルちゃんだって、いつか誰かを見送る日が来るかもしれない」


ここでリリエルがさらに辛そうになる。


でもエレナは、


「だからこそ――」


「生きている間は、ちゃんと笑っていたいの」


「好きな人のことで、嬉しくなったり」


「心配したり」


「時には喧嘩したり」


「大切な人が幸せなら、一緒に喜んだり」


「自分にできることをして、一喜一憂して」


「そうやって、好きな人のことで心を揺さぶられながら生きていくの」


そして、リリエルを見る。


「別れが怖いからって、出会わないなんてもったいないでしょう?」


そして腕の中のアルフォンスが、

またリリエルの指をぎゅっと握る。


リリエルは涙を拭いながら、


「……この子、ずいぶん強く握りますね」


エレナが笑って、


「ふふ。きっとリリエルちゃんに、

離れないでって言ってるのよ」


小さな手の温もりが、まだ指先に残っている。


かつては、人と深く関わることが怖かった。


優しい人ほど失った時の痛みが大きい。


だから、いつもどこかに壁を作っていた。


けれど――。


「……不思議ですね」


「何が?」


エレナが首を傾げる。


リリエルは、少しだけ笑った。


「昔は、エレナさんのお節介から始まった関係だったのに」


「まあ。お節介だなんて」


「ふふ……そうでしょう?」


「でも……」


リリエルはアルフォンスの小さな手をそっと撫でる。


「今は違います」


「私は、自分からここにいたいと思っています」


エレナは何も言わず、優しく微笑んだ。


「この子の成長も見たい」


「エレナさんと、もっとお話ししたい」


「これからも、いろんなことを一緒に経験したい」


そして、少しだけ目を細める。


「……私も、後悔のないように生きていこうと思います」


それは、リリエルが初めて自分から選んだ言葉だった。


人を好きになること。


誰かと繋がること。


そして――いつか訪れる別れを恐れながらも、それまでの時間を大切にすること。


エレナはそんなリリエルを見て、いつものように朗らかに笑った。


「じゃあ、これからもよろしくね。リリエルちゃん」


「……はい」


その日。


エレナが差し出した手を、リリエルは今度は自分から握った。


最初は、お節介から始まった。


でも今は――自分の意思で繋がっている。


そして二人の間には、小さな命が眠っていた。


その子の名前は――アルフォンス。





「この子は将来どんな子になるでしょうか?」


エレナは眠るアルフォンスを見つめながら、

優しく笑った。


「私はこの子を、愛情いっぱいに育てるわ」


「戦えなくてもいいの」


「強くなくてもいい」


「ただ……優しさだけは、忘れないでいてほしい」


リリエルは黙って、その言葉を聞いていた。


「困っている人がいたら、手を差し伸べられる子に」


「誰かが悲しんでいたら、一緒に悲しめる子に」


「そして、自分が嬉しい時には、誰かと一緒に喜べる子に」


エレナはアルフォンスの頬をそっと撫でる。


「そんな子に育ってくれたら……」


「きっと、この子は私のことを好きになってくれるわ」


リリエルが少し笑う。


「ずいぶん自信がありますね」


「ええ」


エレナは迷いなく頷いた。


「だって、私もこの子のことを、世界で一番大切にするもの」


「愛情をいっぱいもらった子は、きっと愛情を返してくれるでしょう?」


「だから大丈夫」


「私の子は、私を世界一愛してくれるんだから」


そしてリリエルがアルフォンスの両手を包む。


「……私に取られても知りませんよー」


「ふふ。大丈夫よ」


「この子がリリエルちゃんを大好きになってくれたなら、それも嬉しいもの」


「……」


「この子が愛する人が増えるってことでしょう?」


リリエルの表情が、少しだけ崩れる。


「……そうですね」


「それなら、私もこの子にたくさん愛情をあげます」




この子は、将来どんな子に育つのでしょう。


まだ何も分からない。


どんな才能を持つのか。

どんな人と出会うのか。

どんな人生を歩むのか。


それは、誰にも分からない。


けれど――。


一つだけ、分かることがある。


きっと、この子は母親に似る。


お節介で。

優しくて。

困っている人を放っておけなくて。


そして――


誰からも愛される男の子になる。



「……楽しみですね」


その小さな手の温もりを感じながら、リリエルは微笑む。



「私とこの子は、家族じゃありません」


リリエルは、

アルフォンスの小さな両手を包みながら、

静かに言った。


「血が繋がっているわけでもありません」


「この子のお母さんは、エレナさんです」


「でも、この子が、どんな人になっていくのか」


「その成長を、ずっと見守っていきたい」


それは誰かに頼まれたからでもない。


エレナにお願いされたからでもない。


自分自身が、そうしたいと思ったから。



エレナは少しだけ目を細めて、リリエルを見る。


そして――ふっと笑った。



「確かに、血の繋がった家族ではないわね」


「でもね、リリエルちゃん」


エレナは眠るアルフォンスの頬を撫でる。


「この子を愛して、この子から愛されるなら――」


「もう家族よ」


「……」


リリエルが、アルフォンスを見る。


小さな赤ん坊は、安心しきった顔で眠っている。


その手は、リリエルの指を握ったまま離さない。


「見て?」


エレナが嬉しそうに笑う。


「こんなに安心した顔をしてる」


「この子がリリエルちゃんを怖がってるように見える?」


「……いいえ」


「じゃあ、家族じゃないなんて言わせないわ」


「……ふふ」


リリエルの口元が、初めて自然に緩んだ。


「……敵いませんね、エレナさんには」


「でしょう?」


エレナは朗らかに笑った。


「家族って、血だけで決まるものじゃないもの」


「大切に思って、一緒に笑って、一緒に泣いて」


「そうやって、みんなで家族になっていくのよ」


「私も家族になれますか?」


エレナは笑った。


「もう家族よ」


「……もう?」


「ええ。ずっと前から」


リリエルの目から、ぽろりと涙が落ちる。


「……はい」


その腕の中で、アルフォンスは安心したように眠っていた。


リリエルは小さな手をそっと撫でる。


今まで怖かったもの。


別れ。


失うこと。


人を好きになること。


それでも今は――。


この子の成長を見ていたい。


この子が笑うところを見ていたい。


この家族と、一緒にいたい。


それが、自分自身の望みだった。


リリエルは、もう一度アルフォンスの小さな手を握る。


そして――


「よろしくね、アルちゃん」


リリエルは、アルフォンスの小さな手をそっと握った。


そして――


その小さな家族を、両手で包み込んだ。


外伝その3「優しい両手」を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、エレナとリリエルが出会った頃のお話でした。


最初はエレナが一方的に話しかけ、リリエルは相槌を返すだけ。


そんな二人の関係が、アルフォンスの誕生をきっかけに少しずつ変わっていきます。


人との別れを恐れていたリリエルに、エレナが伝えたのは、


「別れが怖いからといって、出会わないのはもったいない」


ということ。


そして最後には、リリエル自身が「この子を見守りたい」と望むようになります。


最初はエレナがリリエルの手を包み、最後にはリリエルがアルフォンスの小さな手を包む。


優しさが、手から手へ受け渡されていく。


そんな意味を込めて「優しい両手」というタイトルにしました。


血の繋がりはなくても、愛し、愛され、一緒に過ごすことで家族になっていく。


この物語の家族の在り方を、リリエルとアルフォンスの始まりとして描けたかなと思います。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



旅人の皆様、

それでは次回の物語でお会いしましょう。

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