第十八話 君たちと歩く、同じ速さで
今度は3人での久々のお出かけの日。
待ち合わせ場所はローゼベルの中心にある噴水の前。
リュックを担いだアルフォンスが先に到着している。
ヘカテーはちょっとそわそわしながら
リリエルと一緒にやってくる。
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
「ごめんなさい…寝坊しちゃった」
「ううん、今来たところだよ」
アルフォンスが笑う。
「じゃあ行こうか」
「ヘカテーちゃん、お手をどうぞ」
「うん」
とヘカテーがアルフォンスの右手を取る。
反対側にいるリリエルを見る。
「リリエルお姉ちゃんお手をどうぞ」
「え?」
「ほら」
アルフォンスが手を差し出す。
リリエルは少し困ったように笑う。
「私は二人の邪魔になっちゃうんじゃないかしら?」
するとアルフォンスが、
「なんで?」
「三人で行くって約束したじゃない」
そして、
アルフォンスの方からリリエルの手を迎えにいく。
リリエルが一瞬驚く。
「……アルちゃん」
「昔も三人でこうやって歩いたでしょ?」
ヘカテーも微笑んで、
「うん」
そして三人。
アルフォンスを真ん中にして手を繋ぐ。
⸻
昔、3人で歩いていた時のことを思い出す。
小さなアルフォンスが、
「こっち!」
と二人の手を引っ張って走っていた。
リリエルが、
「アルちゃん、走ると危ないわよ」
ヘカテーが、
「ちょっと…ま、待って……」
そして現在。
同じ道を歩いている。
でも今度は――
アルフォンスが二人の歩幅に合わせている。
リリエルが気づく。
「……ふふ」
「どうしたの?」
「いえ」
リリエルがアルフォンスを見上げる。
「昔はアルちゃんが、私たちについて来たり、引っ張っていたのに」
「今は私たちが、
アルちゃんに合わせてもらっているのね」
アルフォンスは少し照れて、
「そうかな?」
ヘカテーが、
「うん。大きくなったね、アルちゃん」
「二人も変わらないよ」
「……え?」
「昔と同じ顔してる」
三人で笑う。
⸻
手を繋ぎ、昔と変わらない街並みを3人で歩く。
花屋で立ち止まり、ヘカテーが花を見る。
「綺麗……」
アルフォンスが、
「ヘカテーちゃん、こういうの好きだよね」
リリエルが、
「ふふ。昔から変わらないわね」
今度はリリエルが気になる香水店を見つける。
「まあ、素敵な香り」
アルフォンスが、
「リリエル姉さん、こういうの好きなんだ」
「ええ」
「リリエルちゃん、私にも香水のこと教えて」
「じゃあ、見ていこうか」
今度はアルフォンスが本屋を見つける。
「ここ、料理の本もあるよ」
「リリエルちゃん、
好きな小説の発売日だからちょっと待って」
リリエルが笑う。
「ゆっくり見ていくといいわ」
三人がそれぞれ好きな場所に寄り道する。
今日は誰かとのデートじゃない。
三人のお出かけだから、
三人分の「好き」が一日を作る。
⸻
お昼になり、
ご飯をどうしようか考えていると
噴水のそばまで来たところで、
アルフォンスが立ち止まる。
「そうだ」
「どうしたの、アルちゃん?」
「お昼、どうしようかと思ってたんだけど……」
アルフォンスは持っていた籠を掲げる。
「僕が作ってきたんだ」
「え?」
ヘカテーとリリエルが顔を見合わせる。
「サンドイッチ」
「まあ……!」
リリエルが嬉しそうに笑う。
「アルちゃんが作ってくれたの?」
「うん」
蓋を開けると、中には綺麗に包まれた
卵、チーズ、野菜、ハム。
色とりどりの具材が挟まれた
おかずサンドイッチ。
それからトーストされたパンに
ジャム、クリーム、フルーツが挟まれた
デザードサンドイッチ
それぞれ具材も少しずつ違う。
「ヘカテーちゃんは野菜が好きだったよね」
「う、うん」
「リリエル姉さんはフルーツが好きだから、
こっちはフルーツとクリーム多め」
「……覚えていてくれたの?」
「もちろん」
アルフォンスは当たり前のように答える。
そして三人で噴水のベンチに座る。
⸻
アルフォンスを真ん中にして、両隣にお姉ちゃん二人。
ヘカテーとリリエルに挟まれて、
三人でサンドイッチを食べる。
ヘカテーが一口食べて、
「……美味しい」
アルフォンスが嬉しそうに、
「本当?」
「うん。アルちゃん、料理上手になったね」
反対側からリリエルも、
「本当に美味しいわ」
「昔はクッキーを作っていたのにね」
「そうそう。最初は形も変だったんだよ」
「えっ、そうなの?」
ヘカテーが驚く。
「うん。母さんに教えてもらってね
家のみんなに食べてもらって練習してたよ」
アルフォンスが笑う。
「それから、もっと美味しく作れるようになりたいって思って練習したんだ」
そこでリリエルが優しく、
「どうして?」
と聞く。
アルフォンスは少し考えて、
「……二人に美味しいって言ってほしかったから」
⸻
これ、二人とも一瞬黙ってほしい。
ヘカテーは顔を赤くする。
リリエルは、
「……もう」
と笑ってアルフォンスの頭を撫でる。
「アルちゃんは、本当に優しい子ね」
そして三人で笑う。
⸻
小さなアルフォンスが、
「これ食べて!」
と二人にお菓子を渡していた。
今。
10歳になったアルフォンスが、
自分で作ったサンドイッチを二人に渡している。
昔は二人に食べさせてもらうこともあった。
今は――
自分が二人に食べさせてあげられる。
でも二人の間に座っている姿は変わらない。
食後にリリエルの持ってきた紅茶を飲んでいた。
「やっぱり、リリエルお姉ちゃんの紅茶は
家で飲んでいるのと何か違う。
でも安心する味」
「それはね、
私の紅茶がハーブを入れたものだからかもね。
アルちゃんにも教えてあげるわよ。」
「ううん、この紅茶は
リリエルお姉ちゃんが淹れてくれるのを飲みたいから」
「アルちゃんったら…
あら、ヘカテーちゃんたら船を漕いでるわね
アルちゃんも眠くないかしら」
アルフォンスは朝早くから準備していたうえ、
今日はずっと二人と遊んでいた。
ヘカテーも昨夜は、
今日の魔法の勉強とお出かけが楽しみで
なかなか眠れなかった。
二人とも、声をかけた途端――
「……ふぁ……」
「眠い……」
リリエルが二人を見て笑う。
「もう。二人とも頑張りすぎよ」
広場の芝生の木陰に敷物を敷きリリエルは座る。
そして両手を広げる。
「ほら、おいで」
「え?」
「昔みたいに、お姉ちゃんのお膝にいらっしゃい。
お昼寝にはいい天気だから」
アルフォンスとヘカテーが顔を見合わせる。
「……いいの?」
「もちろん」
二人がリリエルの両側に寄る。
やがてアルフォンスはリリエルの膝に頭を預け、
ヘカテーも反対側から寄り添う。
リリエルは二人の髪をゆっくり撫でる。
そして子供の頃から聞かせている子守唄を歌う。
2人の瞼がだんだんと下がっていき、
やがて眠りについた。
「ふふ……」
昔と同じ。
大きくなった。
声も変わった。
できることも増えた。
それでも――
眠ってしまえば、あの頃と同じ子供たち。
リリエルは二人の寝顔を見つめる。
「……本当に大きくなったわね」
アルフォンスの髪を撫でる。
「昔は、私たちの手を引いて歩いていたのに」
ヘカテーの髪にも触れる。
「今では、
ちゃんと私たちの歩幅に合わせて歩いてくれる」
少し寂しそうに微笑む。
「……もう、お姉ちゃんも卒業なのかしらね」
その瞬間。
「……そんなことないよ」
リリエルの手が止まる。
「……え?」
眠っていたはずのアルフォンスが、
目を薄く開けていた。
「僕が大きくなっても……」
まだ眠そうな声。
「リリエルお姉ちゃんがいないなんて……
考えられないよ」
リリエルが目を見開く。
アルフォンスは、リリエルの頬へ小さな手を伸ばす。
「ずっと一緒だから……」
それだけ言うと――
すう、と再び眠りにつく。
「……アルちゃん」
リリエルはしばらく何も言えない。
すると反対側から、
「……リリエルちゃん……」
ヘカテーの寝言。
「アルちゃんも……ずっと一緒……えへへ……」
リリエルは二人を見つめる。
そして――
ふっと笑う。そして一筋の涙が流れる。
「……そんなこと言われたら」
二人の頭を、もう一度優しく撫でる。
「もう…離れられないじゃない…」
「……お姉ちゃん、卒業できそうにないわね」
⸻
リリエルも二人の寝顔を眺めているうちに、
うとうとする。
そして――
目が覚めたら夕方。
「……あら?」
夕焼け。
噴水の音。
二人はまだ眠っている。
リリエルが苦笑して、
「ふふ……今日は、ほとんど寝て過ごしちゃったわね」
でも、その顔はとても幸せそう。
そして帰り道。
ヘカテーを背負ったリリエル。
アルフォンスが隣を歩く。
「……あー、ごめんね。リリエルお姉ちゃん」
「ん?」
「僕、寝てばっかりで……つまらなかったでしょ?」
リリエルは笑う。
「そんなことないわ」
そして背中のヘカテーを少し抱え直す。
「二人の可愛い寝顔を、たっぷり堪能できたもの」
「それに……」
アルフォンスが少し残念そうに、
「もっと他にも行きたいところ、あったんだけど……」
「いいのよ」
リリエルは優しく笑う。
「だって――」
少しだけ振り返る。
「また一緒にお出かけしてくれるんでしょう?」
アルフォンスはすぐに笑顔になる。
「もちろん!」
「何回だって、どこだって行くよ」
「ふふ……それなら、焦らなくてもいいの」
そしてアルフォンスの頭を撫でる。
「まだまだ私は、二人のお姉ちゃんとして
お世話するから」
「二人が嫌って言っても、ずっと一緒なんだからね」
⸻
だんだんと大きくなっていくこの子達を見て、
私は、この子たちと一緒に過ごせる時間は、
もうそろそろ終わりなのだと思っていた。
アルちゃんも大きくなった。
ヘカテーちゃんも、もう昔のように
私の後ろをついて歩くだけの子ではない。
二人とも、自分の足で歩けるようになった。
だから――
私の役目も、少しずつ終わっていくのだと思っていた。
けれど。
「何回だって、どこだって行くよ」
そう言ってくれた。
眠ったままのヘカテーも、
「ずっと一緒」
と言ってくれた。
……そんな二人が、愛しくて仕方がない。
二人が求めてくれる限り、
私は二人のお姉ちゃんなんだから。
これからも、よろしくね。
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三人の影が夕日に伸びる。
5年前より大きくなった三つの影。
でも――
その心は、あの日と同じだった。
⸻
五年前。
僕はまだ小さくて、
二人の手を引いて歩いていた。
時々、二人に手を引かれていた。
あれから、僕は大きくなった。
背も伸びた。
できることも増えた。
知っていることも増えた。
それでも――
二人と歩く時間だけは、昔と同じだった。
ヘカテーちゃん。
リリエルお姉ちゃん。
二人の隣を歩く。
それだけで、僕は安心する。
世界がどれだけ変わっても。
僕たちがどれだけ大人になっても。
三人で歩くこの時間だけは、
きっと変わらないから。
ずっと一緒だよ。
第十八話『君たちと歩く同じ速さで』を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、久しぶりにアルフォンス、ヘカテー、リリエルの三人でのお出かけでした。
昔は二人に手を引かれていたアルフォンスも、今では二人の歩幅に合わせて歩けるほど大きくなりました。
それでも三人で過ごす時間は、昔と変わりません。
恋を知ったヘカテーも、成長したアルフォンスも、リリエルにとってはいつまでも大切な弟妹です。
これからも三人が一緒に歩いていけますように。
そんな想いを込めたお話です。
それでは旅人の皆様、
次の物語でお会いしましょう。




