第十五話 父の背中、僕たちの未来
その日、魔物の暴走が起きこのままでは、あわやローゼベル、ひいては王都に魔物が侵攻してくるという事態が発生した
ソリッドは、騎士団の部下を率いて魔物の討伐に向かった。
大量の魔物に部下たちが苦戦する中、ソリッドは最前線で戦いを続けた。
王家より賜りし宝剣『レグルス』を振るう、
盾でも受け流す。
そして背中を副官が守る。
「団長、前に出過ぎだ。」
「バカを言え、俺が前に出なきゃ誰が出るんだ」
「あなたの命はそこまで安くないでしょう」
「大丈夫だ、死ぬ気はない。
俺たちの後ろには守るべき領民がいる、家族がいる
勝って、家を守ってくれるあいつらの元に帰るんだ。」
そうやり取りしながら魔物を屠る。
部下の体力が限界になってきた時
「エバンス、総員撤退せよ。」
「団長はどうするんだ?」
「俺はここに残って食い止める
時間を稼いでおくから応援を呼んできてくれ。」
「死ぬ気じゃないんだな?」
「大丈夫だ、死ぬ気はない。
それにこの橋なら1人で戦う方が守りやすい。
一歩たりとも王都へは向かわせん」
ソリッドは若い頃は血気盛んで
自ら望んで最前線で自分の身を顧みず戦っていた
子供が出来てからは変わった
最前戦に立つのは変わらないが
心構えが変わった。
必ず家族の元に生きて帰ると、
その心は戦い方にも影響を与えていた。
若きソリッドは剣だけを取り
敵を倒すことに特化した、攻めの戦い。
「俺が斬ればいい」
「俺が前に出ればいい」
多少の傷は気にしない。
父になったソリッドは剣と盾を構える。
敵を倒すだけではなく、
「俺の後ろにいる奴らを守る」
ことまで考える。
だから、
傷つくことを恐れたんじゃない。
傷つかない戦い方を覚えた。
鬼神の如き活躍で
魔物の群れを駆逐する
切り払う、突き落とす、叩き切る。
いなす、うける、弾き返す。
魔物の爪が振り下ろされる。
ソリッドは盾で受け流し、隙を突いて斬り込む。
だが、その一撃を受けた瞬間。
――パキン。
無数の敵を屠った王家から賜った宝剣、
レグルスの刀身に亀裂が走った。
「……レグルス」
ソリッドは折れた剣を見つめる。
そして、静かに笑った。
「今まで、ありがとな」
折れた刀身を丁寧に鞘へ収める。
予備の剣を抜いても、
「……こいつじゃ、長くは持たんな」
そして実際に折れる。
最後には、
剣なし。
盾だけ。
そして盾すら限界。
それでもソリッドは退かない。
「後ろには、誰も通さん」
盾で殴る、受ける、体勢を崩す。
盾まで破損したら、
「……なら、これで十分だ」
拳を握る。
最後は徒手空拳。
でも「無謀だから」じゃない。
彼の目的は最初から一貫して、
魔物を倒すことではなく、侵攻を止めること。
橋は狭い。
一度に攻め込める魔物の数は限られる。
ソリッドは一歩も退かず、
ただひたすら防ぐ。
斬ることより、
受けること。
押し返すこと。
橋を越えさせないこと。
時間だけを稼ぐ。
だから剣がなくても、盾がなくても、目的は達成できる。
さばく、投げる、相手の力を利用する。
死闘の最中、何度もヒヤリとすることはあったが
家族への想いだけが体を震わせ、力を与えてくれた。
そして数刻後、王都の援軍が到着したとき、
戦場は妙に静かだった。
「……静かすぎる」
誰かがそう呟いた。
橋の上には、無数の魔物の亡骸。
そして――
傷だらけの鎧。
砕けた盾。
刃こぼれした剣。
その中心に、ソリッドが立っていた。
しかし――
ソリッド自身には、致命傷一つない
守り切った。
魔物一匹通さなかった。
その光景を見ていた誰もが困惑していた。
周囲の兵士たちが呆然として、
「……閣下」
「どうした?」
「武器……全部、壊れてますけど」
「そうだな」
「それで……無傷なんですか?」
「だいぶん無茶はしたが
こいつが……俺の代わりに戦ってくれた」
「壊れたからって、捨てるわけにはいかん」
と壊れたレグルスを大事そうに持ち帰ってきた
今回の戦働きの褒賞を受けるために、
王宮へ呼び出された
「ソリッド・グラディウスよ。
此度の活躍、大義であった。
褒美をとらそう。」
王城は拍手に包まれる。
誰もが受けるものだと思っている。
しかし、ソリッドは静かに跪き、
「恐れながら王に申し上げます。」
「私は領主として、騎士として、
当然の責務を果たしたまで。」
そして少しだけ視線を落とし、
「それ以上に……」
従者が運んできたのは、
ひび割れた王家の大盾。
刃の欠けた王剣。
「王家より賜りました武具を、
このような姿にしてしまいました。」
「全ては私の未熟ゆえ
此度の戦功に対する栄誉、
ならびに褒賞につきましては、
辞退させていただきたく存じます」
すると王は笑って言った
「愚か者。」
「その武具は壊れたのではない。」
「王国を守り抜いたのだ。」
「その代わり――一つ、お願いがございます」
ソリッドは折れたレグルスを差し出した。
「この折れた宝剣を、正式に私へ下賜いただけませんでしょうか」
「……折れた剣を?」
「はい」
ソリッドは静かに答える。
「こいつは最後まで、私と共に戦ってくれました」
「ですから……これだけは、手放したくありません」
「欲のない男だ
ならばこちらからも頼みを聞いてもらうぞ
あらゆる障害を無傷で乗り越える王国最硬の守護者に
「不壊の要塞」
の称号を与える。」
「それならば、謹んでお受けいたします」
「次は、武具も、部下も、領民も……
すべて守り抜いてみせます。」
幾年の後、宝剣『レグルス』は修復、改修され、
次世代の獅子の騎士に受け継がれる。
褒賞の後、部下たちは興奮した様子で
「団長! 今日はさすがにお祝いしましょう!」
と言う。
ソリッドは少し困った顔で、
「悪ぃな。
家族のもとに真っ先に帰るって約束してるんだ」
ここで部下たちが、
「……それなら仕方ありませんね」
と笑う。
それでもソリッドは部下たちを労うために
「お前らも頑張ったんだ。俺の奢りだ。
店主には話を通しておく。好きに飲め」
「ただし――」
「店に迷惑だけはかけるなよ」
⸻
そして帰宅すると
「帰ったぞ」
するとリラが、
「お帰りなさい。
今日も守ってくれてありがとうございます。
何日も大変だったでしょう」
とねぎらい頬に口付けをする。
「ご飯ができていますから、みんなで食べましょう」
と微笑みながら提案する。
ソリッドは、肩の荷が降りたように表情を緩めて、
「……やっと、お前たちと一緒に飯が食える」
「寂しかったぞ」
と言い、リラを抱きしめる。
そしてリラが、
「あなたったら……」
「子供たちが見ていますよ」
とちょっと困ったように笑う。
でも子供たちはむしろ嬉しそうに見ている。
「オルフェウス、ただいま帰ったぞ」
とオルフェウスを抱き上げると
物憂げな様子のオルフェウスが、
「僕も父上と一緒に戦える力があれば……」
と漏らす。
ソリッドは、
「戦うことは、自分を鍛え上げればどうにかなる。
守ることだって、俺ならどうにかできる」
「だが――」
「戦えない者のために、何ができるのか。
それは、どれだけ鍛えても分からん」
「お前は剣を振るうより、
本を読む方が似合うのかもしれんな」
と言う。
「人には、それぞれ役割がある」
「武門の家系である俺たちの中で、その流れを変えるのは……お前たちなのかもしれないな」
と続ける。
そしてオルフェウスが、
「僕は……何になればいいんでしょう?」
と聞いたら、
ソリッドはすぐ答えない。
少し考えて、
「それはわからん」
オルフェウスが驚く。
「……え?」
「お前が何になれるのかは、
未来のお前にしか分からんだろ」
「お前は賢い子だ。
年齢よりも、ずっと大人びている」
オルフェウスは黙って父を見つめる。
「だがな、オルフェウス」
ソリッドは、優しく頭に手を置いた。
「急いで大人にならなくてもいい」
「……え?」
「子供の時にしかできない経験というものがある」
「だから、よく勉強しろ。よく遊べ」
「友達と笑って、失敗して、知らないことを知って……時にはくだらないことだってしていい」
「そうやって過ごした時間は、きっと大人になった時のお前の財産になる」
「今のお前にしかできないことを、今のお前のまま楽しめばいい」
そして最後に、
「これから先、グラディウスにはいろんな子供が生まれるだろう」
「お前たちとは、きっと違う才能を持った子も出てくる」
「その子が剣を選ぶのか、本を選ぶのか、それともまったく別のものを選ぶのか……俺には分からん」
「だが、それでいい」
「なりたいものは、今すぐ見つけなくてもいい」
「いつか見つかったら、その時は父さんに教えてくれ」
「そうして、お前だけの戦い方を見つけてみろ」
「……僕だけの、戦い方」
「ああ」
ソリッドは静かに笑った。
「それが剣じゃなくても構わん」
「父さんは、お前が選んだ道を全力で応援するからな」
そして、少しだけ遠くを見る。
「その未来を繋ぐためなら――」
「俺は、どれだけでも戦える」
オルフェウスは、その言葉を胸に刻んだ。
父は、あの日、僕に何になれとも言わなかった。
だから僕は、もっといろんなことを経験しよう。
学んで、遊んで、失敗して。
いつか僕にしかできない方法で、家族を支えられるように。
そして――
アルも、きっと。
僕たちは、何にでもなれる。
未来は、まだ何も決まっていないのだから。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回はソリッドの「父としての強さ」と、オルフェウスへ託す想いを書きました。
若い頃は自分の身を顧みず戦っていたソリッドも、家族を持ってからは「必ず生きて帰る」という覚悟を持つようになりました。
そして、オルフェウスには何になれとも言わない。
「未来はまだ決まっていない。自分だけの戦い方を見つけろ」
そんな父の言葉を胸に、オルフェウスはこれから様々な経験を重ねていきます。
5歳編はここで一区切りです。
アルフォンスやオルフェウス、そしてこれから生まれてくる子供たちが、どんな未来を選んでいくのか。
その未来を、これからも描いていきたいと思います。
旅人の皆様。
次の物語でお会いしましょう




