第十三話 僕が出来ること
第十三話 僕の出来ること
五年の月日が経ち、
アルフォンスも、人好きのする笑顔はそのままに、
愛嬌あふれる少年へと成長していた。
ただ――
五歳から始まった剣の訓練だけは、
どうにも苦手だった。
それは、とても五歳の子どもにさせるとは思えない、
騎士見習いたちが行うような本格的な訓練だった。
「父上……僕には、もう無理です」
剣を握ったまま、アルフォンスが力なく呟く。
「アルフォンス。どうした?
手が止まっているぞ」
「大人の人と同じメニューはできませんよ……」
「むぅ……俺やソリッドが子どもの頃は、
こなせたものだがな」
ウォードは顎に手を当てながら、
不思議そうに呟いた。
アルフォンスは少し俯いてから、
意を決したように口を開く。
「それに僕は、剣を持ちたくありません」
「……」
「剣を振るうことは、誰かを傷つけることです。
兄上や父上のようには……僕にはできません」
ウォードはしばらく息子を見つめていた。
そして、静かに口を開く。
「そうか。
他の武器なら、というわけでもないのだな」
「……はい」
「なら、体だけは鍛えておけ」
「え?」
「何をするにも体力は大事だからな」
それだけ言うと、
ウォードはアルフォンスの前から去っていった。
その様子を、少し離れた場所から見ていたエレナが、
優しくアルフォンスを呼んだ。
「アルちゃん」
「……お母さん」
「あなたは、戦うことが好きじゃないのね?」
「うん……」
アルフォンスは小さな手を握りしめる。
「戦うのも怖いし……。
オルくんみたいに勉強や音楽ができるわけでもない」
少しだけ、寂しそうに笑った。
「僕には、得意なことは何もないんだ」
エレナはそんなアルフォンスの前にしゃがみ、
目線を合わせる。
「アルちゃん。あなたの言ったことは、
とても大切なことなのよ。
剣を持てることだけが、強さじゃないもの。
誰かを傷つけることを怖いと思えること。
そして、自分は人を傷つけたくないって言えること。
それだって、立派な勇気なのよ。
お母さんは、
アルちゃんがそう思う気持ちを大切にしたいの」
「でもね、アルちゃん」
「うん?」
「あなたは、家族のために何かできることがしたいんでしょう?」
「……うん」
「それなら――」
エレナは、にっこりと笑った。
「お料理はどうかしら?」
「お料理?」
「将来、ご飯を作れるようになったら、
お母さんも助かるなぁって」
くすりと笑って、
「お母さんは戦いのことは分からないけれど、
お料理なら教えてあげられるから」
アルフォンスは少し考えた。
そして、ぱっと顔を輝かせる。
「それなら――」
「うん?」
「ヘカテーちゃんと食べるクッキーを作りたい!」
「あらぁ……」
エレナは嬉しそうに目を細めた。
「それは、いいわね」
その日。
アルフォンスは初めて、
自分にもできることを見つけた気がした。
エレナの手ほどきを受けながら、
アルフォンスは一生懸命クッキー作りに挑戦した。
けれど――
混ぜ方が足りず、生地がうまくまとまらない。
型に流し込んでも、焼いているうちに形が崩れてしまう。
焼き具合が分からず、少し焦がしてしまったものもあった。
完成したアルフォンスの初めてのクッキーは――
正直、とても上手とは言えないものだった。
「お母さん……ごめんね」
アルフォンスは、俯いてしまう。
「やっぱり僕には……」
「ううん、アルちゃん」
エレナは優しく笑った。
「あなたは、初めてなのにここまでできたのよ」
「……でも」
「お母さんなんてね、初めてお料理した時なんて、
卵を割ったら殻まで一緒に混ぜちゃって。
それはもう、とんでもないものができちゃったんだから」
「……ふふ」
アルフォンスが、ほんの少しだけ笑った。
エレナは焼き上がったクッキーを一枚手に取る。
形は少しいびつ。
ところどころ焼き色も濃い。
それでも――
一口、齧った。
そして、にっこりと微笑む。
「うん。ちゃんと美味しいわ」
「……本当に?」
「ねえ、アルちゃん」
「うん?」
「お母さんが、慰めるためにこんなことを言ってると思う?」
アルフォンスは首を横に振った。
「ううん。
お母さんは僕に嘘つかないもん」
その答えに、エレナは嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、もう一つ。
アルちゃんがもっと自信をつけるための魔法を教えてあげる」
「魔法?」
「そう」
エレナはクッキーを見つめながら、ゆっくりと言った。
「料理はね。
食べてもらう人のことを思い浮かべて、
『喜んでほしいな』
『美味しいって思ってほしいな』
って気持ちを込めて作るの」
「……」
「そうするとね、不思議と料理は美味しくなるのよ」
アルフォンスは真剣な顔で聞いている。
「料理はね――人の気持ちを映す鏡なの」
「鏡……?」
「ええ」
エレナは優しく頷いた。
「嫌な気持ちで作れば、美味しくなくなっちゃう。
怒った気持ちで作れば、
なんだかトゲトゲした味になっちゃう。
でも――」
エレナは、アルフォンスの頭を優しく撫でる。
「大切な人に喜んでほしいって思って作れば、
その気持ちは、ちゃんと料理に伝わるの」
アルフォンスは、自分が作ったクッキーを見る。
「アルちゃんが初めて作ったクッキー。
今日は、お母さんに食べてほしいって思って作ってくれたのよね?」
「……うん」
「どうして、そんなに悲しい顔をしているの?」
「だって……」
アルフォンスの目に、涙が浮かぶ。
「変な形になっちゃったのが……悔しくて」
「でも――」
エレナは微笑んだ。
「味はどう?」
アルフォンスは涙を浮かべながら、
自分で作ったクッキーを一口齧る。
「……美味しい」
「ねっ、美味しいでしょ?」
エレナも嬉しそうに笑う。
「お母さんのために作ったクッキーを、
アルちゃん自身が食べても美味しかった」
「……うん」
「つまりね。
想いを込めた料理は、美味しくなるってこと」
「……想いを込める」
「そう」
エレナは、アルフォンスの手を優しく握る。
「形が上手にできるようになるのは、これからの経験よ」
「……うん」
「お母さんも、メイドさんたちも、
お姉様たちも食べてくださるわ」
そして、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「それに――」
エレナはそう言ってから、ちらりと厨房の扉を見る。
そこには、さっきまでアルフォンスたちを見守っていたウォードの姿があった。
「それに――」
エレナは少しだけ悪戯っぽく笑う。
「お父様だって、食べてくれるわ」
「……父上も?」
「ええ」
「でも、父上は甘いもの好きなのかな……」
「ふふ。アルちゃんが一生懸命作ったものなら、きっと食べてくれるわよ」
「……うん!」
話を盗み聞きしていたのがバレてバツが悪くなり
頬を指かきながら顔を出す
「アルフォンス」
「父上?」
「……そのクッキーは、俺の分もあるのか?」
「えっ?」
「……味見くらいならしてやろう」
「父上、どうぞ」
「……うむ」
「どう?」
「……悪くない」
「ほんと!?」
「ああ」
「やった!」
そんな様子を見たエレナは
「良かったわねアルちゃん。
それじゃあ、これからは
ヘカテーちゃんに食べてもらうまで、
いっぱい練習しましょう?」
アルフォンスの顔が、ぱっと明るくなる。
「うん!」
その日からアルフォンスは、
少しずつ料理を覚えていった。
上手にできない日もあった。
失敗することもあった。
それでも――
誰かの笑顔を思い浮かべながら、
一生懸命に料理を作った。
それがアルフォンスにとっての、
最初の「できること」だった。
ヘカテーとのお茶会の日
自信を持ってうまくできたクッキーをお披露目する
アルフォンスは緊張した面持ちで
ヘカテーにクッキーを差し出す。
「アルちゃん…これは?」
少し恥ずかしそうにしながら
「ヘカテーちゃんに喜んで欲しくて。
僕、お母さんに教えてもらって
自分でクッキーを作ってきたんだ」
クッキーをひとつまみ
「いい匂い。それじゃいただくね」
「あ、もしも美味しくなかったら…」
食べなくてもと続けようとしたところ
「美味しい…、すごいねアルちゃん。」
と言って微笑んでくれた
僕はその一言で嬉しくて何故か泣いてしまった。
ヘカテーはびっくりした様子であわあわしながら
「あ、アルちゃん、私何かしちゃった?」
「ごめんね、悲しいんじゃないんだ。
ヘカテーちゃんに褒められたことが嬉しくて、嬉しくて
僕にも人のためにできることができたんだって…」
何故だろう涙が止まらない
ヘカテーは泣いた顔をハンカチで拭きながら
「アルちゃんはすごい。
私…リリエルちゃんに作ってもらうばっかりで
まだお料理できないもん。
アルちゃんのクッキー…優しくて好き…
また食べたいって…言ったらダメ?」
とアルフォンスを抱きしめながらおねだりする
「うん、僕またクッキーを作るよ」
と言って笑顔あふれるお茶会になった
満面の笑顔で成果を報告する
「お母さん、ヘカテーちゃんも美味しいって言ってくれたよ」
「そう、良かったわねぇアルちゃん頑張っていたもの」
「それでね、次のクッキーは四角とか丸じゃなくて
動物の形のクッキーを作りたい
動物好きなヘカテーちゃんにもっと喜んで欲しいんだ」
「それならまたお母さんと一緒なやってみましょ」
「うん」
動物クッキーを作りはじめるが
なかなか形が決まらない
焼くと型が崩れるのに難航していると
オルフェウス付きのメイドのチェルシーが
アドバイスをくれる
「アルフォンス様、
差しでがましいようですが私からアドバイスを
動物クッキーは、型を抜く前、焼く前に生地を
冷やすことが大事です。
後重ねて形を作る時は
卵白をそれぞれに塗るとくっつきやすいです
あとはモチーフの動物をリアルにしすぎないことです」
「あとはこちら」
と言ってカカオペンを渡して
「こちらで焼いた後に顔を描いても可愛いですよ」
とアドバイスをしてくれた。
なんとか苦戦しながらも何種類かの動物とわかる
立体的なクッキーが出来上がった
そして次のお茶会の日
再びクッキーをヘカテーへと差し出す
前回より自信はない表情で
「ヘカテーちゃん、あまりうまくできてないけど
ヘカテーちゃんが好きな動物のクッキーを作ってみたんだ」
ヘカテーは目を輝かせて
「これは…猫さん、これは…熊さん、これは…鳥さん。
すごいよアルちゃん。
食べるの勿体無いかも…」
「ヘカテーちゃんに食べて欲しくて作ったんだから
食べて」
「じゃあ…いただきます」
「うわぁ、猫さんのお顔の模様で味が違う。
バターの香りとチョコの香りがして美味しい。
私のために、ありがとう、アルちゃん」
と言って頬に口づけをした。
そこまで褒めてもらえると思わなくて
顔を赤くしながら
「それが聞けて安心したよ。」
と言って笑い合った。
これがアルフォンスが初めて、
自分にできることを形にした日だった。
そしていつの日か――
この小さな動物クッキーは、
シエスタの子どもたちが大好きな味へと受け継がれていく。
アルフォンスが誰かを笑顔にするために作った、
最初のクッキーから始まったものだった。
あとがき
第十三話「僕の出来ること」を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、アルフォンスが初めて「自分にも誰かのためにできることがある」と気づくお話でした。
剣を持つことができなくても、戦うことができなくても、人を傷つけない強さがあります。
そして、誰かに喜んでもらいたいと思って作ったものには、きっとその想いが宿る。
アルフォンスにとって、それを最初に教えてくれたのが、お母さんのエレナでした。
最初は失敗ばかりだったクッキーも、家族に食べてもらい、ヘカテーに「美味しい」と言ってもらえたことで、アルフォンスにとって大切な思い出になりました。
そして、この時に作った動物クッキーが、いつかシエスタの子どもたちへ受け継がれていくことになります。
アルフォンスが最初に作ったのは、ほんの小さなクッキー。
けれど――
誰かを笑顔にしたいという想いは、やがてたくさんの人へ巡っていく。
それは、この物語の「想いが巡る」というテーマにも繋がっているのかもしれません。
アルフォンスの「僕の出来ること」は、ここから少しずつ増えていきます。
次は、どんな「出来ること」を見つけていくのでしょうか。
これからも、アルフォンスたちの成長を見守っていただけたら嬉しいです。




