3話 妹の新たな物語~また、“お姉様のため”?~
「1週間ぶりですわね、お姉様」
少しぎこちない笑みで、アストロワ卿の後ろから出てきたルナティ。
彼女は相変わらず、私を「お姉様」と呼んだ。
その響きだけ聞けば、仲の良い姉妹に見えるのだから――世の中は本当に便利にできている。
「どうして……ここにいるのかしら?」
震える息を隠し、問いかけた直後。
「アリウムさん」
私たちの間に、殿下の手が割り込んできた。
「その前に、お二人を談話席へご案内しては?」
「あ……そうですわね」
「これはどうも!」と、窓ガラスを震わせるような声のアストロワ卿。
そして、私の様子をうかがっている妹ルナティ。
彼らが並ぶ席の前に、私と殿下も腰を落としたところで――。
「お姉様、怒らないで聞いて欲しいのだけれど……私、彼にお姉様のことをお話ししたの」
「え……?」
私が家を出て間もなく。
国民の食卓を支える“緑のサロン”――その立ち上げまでの経緯を聞きに、アストロワ卿は突然現れたという。
「いやぁ驚きましたよ! ラグナム家にはアリウム嬢おひとりで住まわれているとうかがっていたので、まさか妹君が出ていらっしゃるとは」
「家督はともかく……家のことは一度、妹に任せておりまして」
こちらこそ、まさかだ。
今思い出した――アストロワといえば、金剛石の採掘が盛んな南方領だ。
そんな彼が、いったいなぜ“緑のサロン”に興味をもっているのか。
チラッと殿下を横目で見ると、彼はまだアストロワ卿を睨むように見つめていた。
「……伯爵家の次期当主でありながら、金剛石の装飾品を国外へ輸出する大貿易商でもある。いち王家の者として、貴方には頭が上がりません」
「いえなに、石の国の国費をすべてまかなえるほど稼いでいるわけでもありませんから!」
謙遜とはほど遠い言葉と、自信に満ちた笑顔。
殿下とはまるで正反対の男だ――。
でも、名産である金剛石で商売をしつつ、領地の経営をこなす彼の器用さは認めるしかない。
年はまだ若そうだけれど。私の目指すべき姿を、彼はすでに体現しているのだから。
「お姉様、彼は素晴らしいのよ! まだ出会ったばかりだけれど、私の魔法の特訓までしてくださるの」
「え……特訓ですって?」
私たち姉妹が生まれもった豊穣魔法。
妹の力は、私よりずっと強大で――けれど、これまで自分ではうまく制御できていなかった。
それが、「久しぶりに自分の意志で花を咲かせることができた」と、彼女は声を弾ませている。
「……ルナティ」
彼女の「できた」は、私が褒めるのを待っている時の声と同じだった。
やっぱり、こういうところは、すぐに変わるはずがない――。
「ルーデンス様は、私の魔法がまだ人の役に立てると、毎日言ってくださるの。だから上達してきたのね」
「はははっ! そんなに褒めても耳飾りしか出ませんよ、ルナティ嬢」
アストロワ卿がポケットから取り出した宝石に、喉がおかしな音を立てた。
「それはっ……」
見たこともないほど巨大な金剛石、その耳飾りだった。
それを妹は、笑って卿の手に押し戻している。
「またそんな! 冗談でも、高価なものをチラつかせないでくださいませ」
頬を膨らませるルナティに、アストロワ卿は笑って返している。
この二人は、たった1週間で、そこまで仲を深めたのだろうか――。
妹の仕草は、昔から変わらない。
けれど――彼女は昔のように目を潤ませて、「私なんかに」と俯くわけではなかった。
純粋で無邪気なだけではなくなった彼女の振る舞いに、少し指先が震えた。
「……それで。アストロワ卿は、なぜ“私の武勇伝”をうかがいたいと思われたのです?」
本題に持っていくと、アストロワ卿の顔つきが変わった。
この人、ただ笑っているだけの男に見えたけれど――いまの表情には隙がない。
「“緑のサロン”の素晴らしい創設譚は、我が領にまで轟いておりましてね。ぜひ僕も、ご協力したいと思った次第です」
「協力……?」
彼が次に取り出したのは、出資切手だった。
そこに書かれている額は――。
「なっ……!?」
危うく、「正気ですか?」とこぼしそうになった。
この額なら、温室をあと3つ。
いや、既存の倉庫を改築するなら4つ目も見える。
苗、土、道具、今後数回分の食糧配布まで含めても、初年度の赤字を吸収できるほどだった。
腹立たしいほど、現実的な金額だ。
(でも……でき過ぎている)
私に出資したいのなら、私に書状を送ればいい。
妹には国政事業省にいると連絡だけはしたはずだ。
ここの長官であるシローヌを通せばいい。
「卿はなぜ、妹を連れてこちらへ参られたのですか?」
また妹が、「姉のため」という言葉で利用されているのではないか――。
できるだけ圧を与えないように、薄く微笑みながら問いかけると。
「それはもちろん、“緑のサロン”全国展開のため、彼女の力を最大限生かして差し上げるためですよ」
「え……?」
実際、ルナティは少しずつ、豊穣魔法を制御できるようになっている。
「それは本当です」と、念を押すように彼は言った。
「ぜひ私たちの実家に戻って、成果をご覧にいれたいわ!」
「……そう」
同じ魔法をもつ者としては複雑だが、現実問題、彼女の魔法が制御できるものになると、かなり都合が良い。
“緑のサロン”を各地に立ち上げる時に、最初の畑を作るのが、私ひとりでは到底手が回らないと思っていたところだ。
でも――まだ、信じられない。
彼はルナティをうまく操って、何か企んでいるのではないか。
前回の男爵たちの件があると、どうしても勘ぐってしまう。
「僕もぜひ、成功例の視察にうかがいたいところでした。ここはひとつ、3人でラグナム領へ参りませんか?」
「ええと……」
アストロワ卿の資金は、正直魅力的だ。
ルナティの魔法制御の成果も、自分の目で確認したい。
それに、たった1週間とはいえ、実家と“緑のサロン”の現状も見ておきたいところだ――。
怪しいから遠ざけるのではなく、怪しいからこそ近くで見る。
畑も人も、根を見なければ判断できない。
相手に考えを悟られないよう、静かにテーブルを見つめていると。
「私も同行しても?」
殿下の囁くような声が降ってきた。
「ええ……ですが、お仕事はよろしいのですか?」
「“緑のサロン”は、貴女と私の担当事業でしょう?」
これも当然仕事だと、殿下は淡々とした口調で言った。
自分を陥れたルナティと顔を合わせるのは、当然気まずいと思っていたけれど――何となく、彼が注意を向けているのはアストロワ卿だけだった気がする。
もしかして、殿下はアストロワ卿と旧知なのだろうか――?
ラグナム領へ向かう馬車の中、殿下はいつもより口数が少なかった。
もともと饒舌な方ではない。
けれど今日の沈黙は、普段の氷のような静けさとは少し違う。
どこか、触れれば割れてしまいそうな硬さがあった。
アストロワ卿たちと馬車を分けたのは、やはり正解だったみたいだ――。
「殿下」
「……はい」
「もしや、アストロワ卿のことをご存じなのですか?」
殿下の指が、膝の上でわずかに強張った。
それだけで、答えは十分だ。
「……昔、少しだけですが」
「何か、あったのですか?」
「すみません。今は、詳しく申し上げられません」
「え……」
断られた瞬間、目が瞬いた。
彼が私に隠し事をするとは思わなかったのだ。
でも――そう感じてしまった自分に、一番驚いている。
いつの間にか私は、この人が何でも話してくれるものだと思い込んでいたらしい。
「……そう、ですか」
話したくないということを、無理に聞き出すことだけはしたくない。
(すごく気になるけれど……)
窓の外を眺めるフリをして、顔を背けた、その時。
殿下の手が、油断していた手に重なった。
「貴女に、先入観を植え付けたくないのです」
「え……先入観?」
諭すような言葉に、胸の中で小さく息を呑んだ。
そうか。
彼は、彼の事情で口を閉ざしているだけではない。
私の目を信じてくれている。
でも、だからこそ、余計に不安になる。
アストロワ卿は、笑顔で金を差し出すような男だった。
ルナティは、そんな彼を信じているように見える。
そして殿下は――彼について語ることを、避けている。
このまま4人そろってラグナム領へ向かったら、いったい何が起こるのか。
少しだけ、怖い。
「……でも」
私は見極めなければならない。
ラグナム領の土の上で、あの男が何を選び、妹が何を選ぼうとしているのか――。
彼の根っこを見極めるのなら、実際に畑を見せてみようか。




