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君が来なくなるまでの話  作者: 吉岡環
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8/10

第8話「崩れる」


その違和感は、消えなかった。


 


「吉岡さん、これ確認いいですか?」

「いいよ」


 


いつも通りのやり取り。


 


でも、どこか噛み合っていない。


 


「ここ、もう少し詰めた方がいいですかね」

「うん、その方がいいと思う」

「わかりました」


 


それだけで終わる。


 


 


(こんなに、あっさりしてたっけ)


 


 


前は、もう少し続いていたはずなのに。


 


 


昼休み。


 


何気ない会話が、耳に入る。


 


「朝比奈くん、異動なんだって?」

「え、マジで?どこ行くの?」

「さあ、外って聞いたけど」


 


手が止まる。


 


「結構急だよね」

「まあ、あの人仕事できるしなあ」


 


笑いながらの会話。


 


 


(異動……?)


 


 


視線を上げる。


 


少し離れた場所で、悠太が誰かと話している。


 


 


いつも通りの顔。


 


 


(……聞いてない)


 


 


別に、聞く必要はない。


 


 


関係もない。


 


 


 


でも。


 


 


 


(なんで言わないんだろ)


 


 


 


その考えが、頭から離れない。


 


 


 


午後。


 


 


「吉岡さん、これどう思います?」

「……あ、ごめん。もう一回いい?」

「あ、はい」


 


少しだけ、反応が遅れる。


 


 


「ここ、こうした方がいいと思う」

「了解です」


 


 


会話は成立している。


 


 


でも、うまく集中できない。


 


 


 


(異動って、何)


 


 


 


昨日の言葉が浮かぶ。


 


 


“環境変わるかもしれなくて”


 


 


 


(あれのこと?)


 


 


 


聞こうと思えば聞ける。


 


 


でも。


 


 


 


「……」


 


 


 


結局、何も言わなかった。


 


 


 


帰り際。


 


 


「お疲れ様です」

「お疲れ」


 


 


それだけで終わる。


 


 


 


前なら、何かあったはずなのに。


 


 


 


(……ほんとに、これで終わり?)


 


 


 


その言葉が、ふと浮かぶ。


 


 


 


帰り道。


 


 


気づけば、スマホを開いていた。


 


 


メッセージ画面。


 


 


名前を見て、少しだけ止まる。


 


 


 


(……何送るの)


 


 


 


理由がない。


 


 


用事もない。


 


 


 


でも。


 


 


 


(このまま、何も言わないの?)


 


 


 


指が動きかけて、止まる。


 


 


 


結局、何も送らずに閉じる。


 


 


 


 


次の日。


 


 


デスクに座ると、視界に入る。


 


 


段ボールが、また増えていた。


 


 


昨日より、明らかに。


 


 


 


(やっぱり、そうなんだ)


 


 


 


視線を逸らす。


 


 


 


「吉岡さん、おはようございます」


 


 


「……おはよう」


 


 


 


いつもと同じ声。


 


 


でも。


 


 


 


(もうすぐ、いなくなるんだ)


 


 


 


その前提で見てしまう。


 


 


 


午前中。


 


 


何度も視線がそちらに向く。


 


 


 


でも、目が合うことはない。


 


 


 


(前は、もっと来てたのに)


 


 


 


そう思って、少しだけ息を吐く。


 


 


 


昼休み。


 


 


席を立つ。


 


 


 


理由はない。


 


 


 


ただ。


 


 


 


(このまま、終わるのは違う)


 


 


 


その感覚だけが残る。


 


 


 


「……朝比奈」


 


 


 


気づけば、呼んでいた。


 


 


 


「はい?」


 


 


 


振り返る顔。


 


 


 


少しだけ、言葉に詰まる。


 


 


 


(何言うの)


 


 


 


わからない。


 


 


 


でも。


 


 


 


「……今日、時間ある?」


 


 


 


口に出していた。


 


 


 


一瞬、静かになる。


 


 


 


悠太は少しだけ驚いて、それから頷く。


 


 


 


「あります」


 


 


 


「じゃあ、少し」


 


 


 


それだけ言って、視線を逸らす。


 


 


 


 


(なんで誘ってるんだろ)


 


 


 


わからない。


 


 


 


でも。


 


 


 


(このまま、いなくなるのは)


 


 


 


 


嫌だと思った。


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