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君が来なくなるまでの話  作者: 吉岡環
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6/10

◆第6話「繰り返し」


「今度、時間あります?」


 


仕事終わり、悠太がそう言った。


 


「どういう意味で?」


 


「普通に、ちょっと話したいなって」


 


少しだけ間が空く。


 


断る理由はある。

でも、断るほどでもない。


 


「……まあ、いいよ」


 


気づけばそう答えていた。


 


 


待ち合わせは、駅から少し離れたカフェだった。


 


「ここ、よく来るの?」


 


「いや、初めてです」


 


「じゃあなんでここ」


 


「なんとなく雰囲気よさそうだったんで」


 


 


相変わらず、理由がシンプルすぎる。


 


 


店内は落ち着いていて、少しだけ暗い。


 


向かいに座る悠太は、いつもより少しだけ静かだった。


 


「こういうの、あんまり来ないですか?」


 


「どうだろ。たまに」


 


「そっか」


 


それ以上は聞いてこない。


 


 


(やりやすいな)


 


 


自然に会話が続く。


仕事の話、どうでもいい雑談、少しだけプライベート。


 


でも——


 


(これ、なんなんだろ)


 


 


付き合っているわけでもない。


 


でも、仕事でもない。


 


 


曖昧な位置。


 


 


「吉岡さんって、やっぱりあんまり変わらないですよね」


 


悠太がふと口にする。


 


「何が?」


 


「距離感というか。誰に対しても同じ感じする」


 


 


少しだけ、考える。


 


 


「そうかもね」


 


 


「でも」


 


 


悠太が続ける。


 


 


「前よりは、ちょっと違う気もします」


 


 


その言葉に、少しだけ視線を上げる。


 


 


「そう?」


 


 


「はい。前より話してくれるし」


 


 


まっすぐな言い方。


 


 


(そうなんだ)


 


 


自覚はなかった。


 


 


「気のせいじゃない?」


 


 


軽く流す。


 


 


でも悠太は、少しだけ笑った。


 


 


「そういうことにしときます」


 


 


 


店を出ると、夜の空気が少しだけ冷たかった。


 


 


「少し歩きます?」


 


 


「いいよ」


 


 


並んで歩く。


 


 


会話は途切れない。


 


 


でも、どこか静かだった。


 


 


「吉岡さんって、ほんと無理しないですよね」


 


 


またその話。


 


 


「してないように見えるだけだよ」


 


 


「でも、ちゃんと止まれるじゃないですか」


 


 


「止まる?」


 


 


「これ以上はやめとこう、みたいなライン」


 


 


少しだけ考える。


 


 


「まあ、そうかもね」


 


 


「俺、それできないんですよ」

 


その言い方が、少しだけ重かった。


 


 


環は、横目で悠太を見る。


 


 


「だから、ちょっと羨ましいです」


 

その瞬間。




ふと、視界が開けた。


ビルの隙間から、夜景が見える。


思っていたよりも、ずっと綺麗で。


「……あ」


環が足を止める。


「どうしました?」

「見て」


少しだけ指差す。悠太も視線を上げる。


「……すごいですね」


しばらく、二人とも黙る。


車の音だけが遠くで響く。


(こういうの、久しぶりかも)


何も考えずに、ただ綺麗だと思う時間。


 


「吉岡さん」


悠太の声が、少しだけ近くで聞こえる。


「なに?」


視線を戻すと、距離が少し近い。


「今、ちょっと楽しそうでした」


「……そう?」


「はい。初めて見たかも」


 


少しだけ、言葉に詰まる。


(そんな顔してたんだ)


 


「気のせいでしょ」


軽く流す。


でも、声は少し柔らかい。


 


沈黙。


距離は、近いまま。


 


「——あの」


悠太が少しだけ息を整える。


「なに?」


 


一瞬だけ迷ってから、言う。


 


「こういう時間、また一緒に過ごしたいです」


 


さっきより、はっきりした言い方。


 


環は少しだけ目を細める。


 


「それって、どういう意味?」


 


あえて聞き返す。


 


逃げ道を作らないために。


 


 


悠太は、視線を逸らさない。


 


 


「この前言ったことと同じです」


 


 


「ちゃんと、好きなんで」


 


 


静かだけど、引かない声。


 


 


「だから、こういう時間も増やしたいです」


 


 


 


空気が、少しだけ重くなる。


 


 


環は少しだけ息を吐く。


 


 


(ああ、来るな)


 


 


逃げずに来る。


 


 


「……そういうの、あんまり深く考えてないよ」


 


 


いつもの逃げ方。


 


 


でも。


 


 


「はい、知ってます」


 


 


即答。


 


 


「でも俺は考えてるんで」


 


 


 


その言葉に、ほんの少しだけ引っかかる。


 


 


(ちゃんと来るな)


 


 


 


少しの沈黙。


 


 


夜景は変わらず綺麗で。


 


 


距離も、近いまま。


 


 


 


「吉岡さん」


 


 


「なに?」


 


 


「無理に変わらなくていいです」


 


 


 


予想外の言葉。


 


 


「そのままでいいんで」


 


 


「ただ、俺は勝手に好きでいるだけなんで」


 


 


 


柔らかいのに、逃げていない。


 


 


環は少しだけ視線を逸らす。


 


 


(それ、ずるいな)


 


 


 


「……じゃあ、好きにすれば?」


 


 


軽く返す。


 


 


拒絶でも、肯定でもない。


 


 


 


でも悠太は、小さく笑った。


 


 


「そうします」


 


 


 


迷いがない。


 


 


 


(ほんとに来るな)


 


 


 


そう思う。


 


 


 


でも同時に。


 


 


 


(来なくなったら、どうなるんだろ)


 


 


 


その考えが、少しだけ現実味を帯びてきた。


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