◆第6話「繰り返し」
「今度、時間あります?」
仕事終わり、悠太がそう言った。
「どういう意味で?」
「普通に、ちょっと話したいなって」
少しだけ間が空く。
断る理由はある。
でも、断るほどでもない。
「……まあ、いいよ」
気づけばそう答えていた。
待ち合わせは、駅から少し離れたカフェだった。
「ここ、よく来るの?」
「いや、初めてです」
「じゃあなんでここ」
「なんとなく雰囲気よさそうだったんで」
相変わらず、理由がシンプルすぎる。
店内は落ち着いていて、少しだけ暗い。
向かいに座る悠太は、いつもより少しだけ静かだった。
「こういうの、あんまり来ないですか?」
「どうだろ。たまに」
「そっか」
それ以上は聞いてこない。
(やりやすいな)
自然に会話が続く。
仕事の話、どうでもいい雑談、少しだけプライベート。
でも——
(これ、なんなんだろ)
付き合っているわけでもない。
でも、仕事でもない。
曖昧な位置。
「吉岡さんって、やっぱりあんまり変わらないですよね」
悠太がふと口にする。
「何が?」
「距離感というか。誰に対しても同じ感じする」
少しだけ、考える。
「そうかもね」
「でも」
悠太が続ける。
「前よりは、ちょっと違う気もします」
その言葉に、少しだけ視線を上げる。
「そう?」
「はい。前より話してくれるし」
まっすぐな言い方。
(そうなんだ)
自覚はなかった。
「気のせいじゃない?」
軽く流す。
でも悠太は、少しだけ笑った。
「そういうことにしときます」
店を出ると、夜の空気が少しだけ冷たかった。
「少し歩きます?」
「いいよ」
並んで歩く。
会話は途切れない。
でも、どこか静かだった。
「吉岡さんって、ほんと無理しないですよね」
またその話。
「してないように見えるだけだよ」
「でも、ちゃんと止まれるじゃないですか」
「止まる?」
「これ以上はやめとこう、みたいなライン」
少しだけ考える。
「まあ、そうかもね」
「俺、それできないんですよ」
その言い方が、少しだけ重かった。
環は、横目で悠太を見る。
「だから、ちょっと羨ましいです」
その瞬間。
ふと、視界が開けた。
ビルの隙間から、夜景が見える。
思っていたよりも、ずっと綺麗で。
「……あ」
環が足を止める。
「どうしました?」
「見て」
少しだけ指差す。悠太も視線を上げる。
「……すごいですね」
しばらく、二人とも黙る。
車の音だけが遠くで響く。
(こういうの、久しぶりかも)
何も考えずに、ただ綺麗だと思う時間。
「吉岡さん」
悠太の声が、少しだけ近くで聞こえる。
「なに?」
視線を戻すと、距離が少し近い。
「今、ちょっと楽しそうでした」
「……そう?」
「はい。初めて見たかも」
少しだけ、言葉に詰まる。
(そんな顔してたんだ)
「気のせいでしょ」
軽く流す。
でも、声は少し柔らかい。
沈黙。
距離は、近いまま。
「——あの」
悠太が少しだけ息を整える。
「なに?」
一瞬だけ迷ってから、言う。
「こういう時間、また一緒に過ごしたいです」
さっきより、はっきりした言い方。
環は少しだけ目を細める。
「それって、どういう意味?」
あえて聞き返す。
逃げ道を作らないために。
悠太は、視線を逸らさない。
「この前言ったことと同じです」
「ちゃんと、好きなんで」
静かだけど、引かない声。
「だから、こういう時間も増やしたいです」
空気が、少しだけ重くなる。
環は少しだけ息を吐く。
(ああ、来るな)
逃げずに来る。
「……そういうの、あんまり深く考えてないよ」
いつもの逃げ方。
でも。
「はい、知ってます」
即答。
「でも俺は考えてるんで」
その言葉に、ほんの少しだけ引っかかる。
(ちゃんと来るな)
少しの沈黙。
夜景は変わらず綺麗で。
距離も、近いまま。
「吉岡さん」
「なに?」
「無理に変わらなくていいです」
予想外の言葉。
「そのままでいいんで」
「ただ、俺は勝手に好きでいるだけなんで」
柔らかいのに、逃げていない。
環は少しだけ視線を逸らす。
(それ、ずるいな)
「……じゃあ、好きにすれば?」
軽く返す。
拒絶でも、肯定でもない。
でも悠太は、小さく笑った。
「そうします」
迷いがない。
(ほんとに来るな)
そう思う。
でも同時に。
(来なくなったら、どうなるんだろ)
その考えが、少しだけ現実味を帯びてきた。




