第4話「特別」
朝比奈悠太と過ごす時間が、少しだけ増えていた。
特別なことをしているわけじゃない。
仕事の延長で話して、そのまま少し雑談が続くだけ。
でも、それが“当たり前”になりつつあった。
「吉岡さん、これどっちがいいと思います?」
「んー、こっちかな。さっきのよりまとまってる」
「やっぱり。自分でもそう思ってました」
自然に会話が続く。
無理に広げている感じもない。
(楽だな)
そう思う。
「吉岡さんって、結構はっきり言いますよね」
「そう?」
「はい。でも嫌な感じしないです」
「それ褒めてる?」
「褒めてます」
少しだけ笑う。
こういうやり取りも、前より増えた気がする。
ある日の夕方。
「今日、少しだけ残ります?」
悠太が聞いてくる。
「作業?」
「はい。ちょっと詰めたいとこあって」
時計を見る。
急ぎの予定はない。
「いいよ」
自然にそう答えていた。
オフィスに人が少なくなる。
昼間より少し静かで、落ち着いた空気。
「吉岡さん、こういう時間好きですか?」
「嫌いじゃないかな」
「俺、結構好きなんですよね」
「なんで?」
悠太は少し考えてから言う。
「ちゃんとやってる感じするんで」
「昼間もやってるでしょ」
「まあ、そうなんですけど」
少し照れたように笑う。
(わかりやすいな)
環は画面に視線を戻す。
作業は順調に進んだ。
無駄なやり取りはなくて、でも沈黙も気まずくない。
「……あの」
不意に、悠太が声をかけてくる。
「なに?」
「吉岡さんって、あんまり無理しないですよね」
少しだけ手を止める。
「急にどうしたの」
「なんか、ちゃんと線引いてる感じするんで」
——線。
環は少しだけ考える。
「そうかもね」
「いいなって思います」
「なんで?」
「俺、結構無理しちゃうタイプなんで」
その言い方が、少しだけ真面目で。
環は、ふと視線を上げた。
「じゃあ、しなきゃいいのに」
「できたら苦労しないです」
即答だった。
少しだけ、間が空く。
「……でも」
悠太が続ける。
「吉岡さんは、ちゃんとできてる感じするんで」
その言葉に、環は少しだけ笑った。
「そんなことないよ」
「いや、してますよ」
まっすぐに言う。
(見えてないだけだよ)
そう思う。
でも、それは言わなかった。
帰り際。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
エレベーターに向かいながら、悠太が言う。
「今日、ありがとうございました」
「別に普通でしょ」
「いや、でも助かりました」
少しだけ間を置いてから、続ける。
「吉岡さんとやると、やりやすいです」
その言葉に、足が少しだけ止まる。
「……そう?」
「はい」
迷いのない返事。
環は小さく息を吐く。
「そっか」
それ以上は何も言わない。
エレベーターの扉が閉まる。
鏡に映る自分を、なんとなく見る。
(やりやすい、ね)
その言葉が、少しだけ残る。
(まあ、悪くないか)
そう思って、視線を逸らした。
次の日。
「吉岡さん、おはようございます」
「おはよう」
いつも通りのやり取り。
でも。
「これ、昨日の続きなんですけど」
自然に隣に来る距離も。
「ここ、どう思います?」
変わらない声も。
(……まあ、いいか)
ほんの少しだけ。
“この人ならいいかもしれない”
そんな感覚が、混ざった気がした。




