第3話「試し」
朝比奈悠太は、変わらず話しかけてくる。
「吉岡さん、これ一回見てもらっていいですか?」
「いいよ、どれ?」
「このレイアウトなんですけど……なんかしっくりこなくて」
画面を覗き込みながら、環は少し考える。
「余白詰めすぎかも。もうちょい抜いた方がいい」
「あー、やっぱそうですよね」
「情報多いと逆に見づらくなるし」
「確かに……ありがとうございます」
素直に頷いて、すぐ修正に入る。
やりやすい相手だと思う。
でも同時に、少しだけ引っかかる。
(ちょっと来すぎな気もする)
「吉岡さん、今日もコーヒー飲みます?」
「飲むけど」
「じゃあ買ってきます」
止める前に立ち上がる。
「いや、いいよ別に」
「ついでなんで」
前と同じやり取り。
少しだけ間を置いてから言う。
「……じゃあ、お願い」
受け取るのが自然になっている。
(これ、よくないな)
別に悪いわけじゃない。
でも、“続く前提”になっている気がした。
(まあ、いいか)
その日の夜、悠太からメッセージが来ていた。
『今日の修正、あれで大丈夫でしたか?』
画面を見て、少しだけ考える。
(別に今じゃなくてもいいか)
スマホを置く。返信はしなかった。
翌朝。
「吉岡さん、おはようございます」
「おはよう」
昨日のことには触れない。
「昨日の修正、どうでした?」
「ああ、見たよ。いいと思う」
「ほんとですか。よかった」
普通に会話が進む。
(あれ)
(気にしてない?)
メッセージを返していないこと。
普通なら少しは引っかかるはずなのに、悠太はいつも通りだった。
昼休み。
「吉岡さん、今日どうします?」
「どうするって?」
「ご飯。行きます?」
少し考えて、答える。
「今日はやめとく」
「了解です」
あっさり引く。
(あれ)
前はもう一押しあった気がする。
でも、それ以上は何もない。
午後。
「吉岡さん、ここ確認いいですか?」
「いいよ」
距離も態度も変わらない。
いつも通り。
——なのに。
(なんか、違う)
ほんの少しだけ、ズレている気がした。
帰り際。
「吉岡さん、お疲れ様です」
「お疲れ」
そのまま帰ろうとすると、呼び止められる。
「——あ、吉岡さん」
「なに?」
「明日、例の件一緒に詰めません?」
「いいよ」
「ありがとうございます」
軽く手を振って、悠太は去る。
(普通だな)
そう思うのに。
(なんで気になるんだろ)
小さな違和感だけが、残った。




