◆ 第2話「近づく理由」
朝比奈悠太は、よく話しかけてくる。
最初は仕事の話だけだった。
「吉岡さん、この配色どう思います?」
「悪くないけど、少し重いかも。もうちょい抜け感ほしい」
「あー、たしかに。白足します?」
「うん、それで一回見せて」
そんなやり取りが、自然に増えていく。
「吉岡さんって、コーヒー飲みます?」
ある日の午後、ふいに聞かれる。
「飲むよ」
「これ、よかったら」
差し出された缶コーヒーを見て、少しだけ眉を上げる。
「わざわざ?」
「ついでです」
ついでにしては、一本多い。
「……ありがと」
受け取ると、悠太は少しだけ笑った。
「ブラックいける人ですよね?」
「まあね」
「なんかそんな感じします」
「何それ」
軽く返すと、悠太は満足したように席に戻った。
——わかりやすい。
環はコーヒーを開けながら思う。
その後も、会話は途切れない。
「休みの日って何してるんですか?」
「特に決めてないかな」
「じゃあ家いること多い?」
「まあ、そうかも」
「インドアなんですね」
「そっちは?」
「外出たいタイプです」
会話は軽い。
でも、終わらない。
(普通、この辺で止まるけど)
悠太は止まらない。
「吉岡さんって、なんでデザインやってるんですか?」
少しだけ手を止める。
「なんで、か」
「はい。きっかけとか」
環は少し考えてから答える。
「気づいたらやってただけかな」
「好きじゃないと続かなくないですか?」
「どうだろ」
「俺、好きじゃないと無理です」
きっぱり言い切る。
「じゃあ、好きなんだ」
「はい。結構」
迷いがない。
環は少しだけ目を細めた。
(こういう人なんだ)
プロジェクトは順調だった。
悠太は不器用だけど、手を抜かない。
「ここ、全然まとまらなくて……」
「どれ見せて」
「この辺です」
「んー、要素多いね。削った方がいいかも」
「あ、やっぱそうですよね」
素直に受け取って、ちゃんと直す。
やりやすい。
ただ——
「吉岡さん、これどう思います?」
肩越しに画面を覗き込まれる。
近い。
「……いいと思う。ここ、もう少し詰めたら良さそう」
「あ、ほんとだ。ありがとうございます」
距離を指摘するほどじゃない。
でも、少しだけ意識に残る。
(この人、距離感ゆるいな)
昼休み。
席を立ったタイミングで声をかけられる。
「吉岡さん、今日一緒にご飯行きません?」
自然すぎる誘い。
「急だね」
「ダメですか?」
少しだけ間が空く。
断る理由はいくらでもある。
でも。
「……いいよ」
自分でも、少し意外だった。
近くのカフェに入る。
「なんか意外です」
席についた途端、悠太が言う。
「何が?」
「吉岡さん、あんまり人とご飯行かなそう」
図星で、少し笑う。
「よくわかるね」
「なんとなくです」
注文を終えて、少し間が空く。
「悠太は、よく誘うの?」
「いや、あんまり。でも今回はちょっと」
「ちょっと?」
悠太は少しだけ迷ってから言った。
「気になったんで」
まっすぐな言い方。
環は水を一口飲んで、軽く流す。
「そういうの、軽く言うと誤解されるよ」
「してほしいですけどね、誤解」
「なにそれ」
笑うしかない。
でも、その言葉は少しだけ引っかかった。
食事中、会話は途切れない。
「吉岡さんって、寂しくなることあります?」
ふいに聞かれる。
「急だね」
「ちょっと気になって」
環は少しだけ考えてから答える。
「まあ、あるんじゃない?」
「でも一人でも平気そうですよね」
少しだけ笑う。
「そう見える?」
「はい。なんか……完成してる感じするんで」
その言葉に、ほんの一瞬だけ思考が止まる。
「完成、ね」
「違いました?」
環は軽く首を振る。
「そんなことないよ」
それ以上は話さない。
店を出た帰り道。
「また行きましょう」
悠太が言う。
「気が向いたらね」
いつもの距離感で返す。
でも悠太は、迷いなく言った。
「じゃあ、また誘います」
(ああ、この人——)
環は少しだけ笑う。
(ほんとに来るな)
その確信と一緒に。
“来なくなったらどうなるんだろう”
そんな考えが、ほんの一瞬だけよぎった。




