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POETRY WITCH(ポエトリー・ウィッチ) -言の葉の代償(テノア)は琴音(こえ)で払え-  作者: ちとせ鶫
第1部 言の葉の重み

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第53話 元司書のお話

 学院まで、残り十五日。


 街道沿いの町で雨に降られ、私たちは一日、宿に留まることにした。

 降りしきる雨音が世界を静かに支配していた。


 そんな中で、ノエルは部屋の隅で、先日手に入れた『王立魔術学院 沿革史 第三巻』を読んでいた。


 宿の食堂に食事に降りたとき、白髪の老人が一人、同じように本を読んでいるのを見かけた。その手元の本の装丁に覚えがあった。ノエルが目を留める。


「……突然、お声をおかけしてすみません。その本、私の持っている本と似ていたので……」


 老人が顔を上げた。

 ノエルの鞄から覗く『沿革史 第三巻』を見て、わずかに目を細める。


「ほう。それは第三巻だね。儂が持っているのは第二巻だ」


 老人は「フィアス」と名乗った。

 かつて王立魔術学院の図書館で四十年司書をしていたという御仁であった。

 

 引退後は本を売って暮らしているらしい。


「その本、どこで手に入れたんだい」


「街道の古書売りから」


「ああ、廃棄分か。儂が現役の頃も、何度か倉庫の整理で古い記録を捨てていた。誰も読まんからな」


 ノエルは本を開き、「代償法リトシステム」のページを老人に見せた。


「これ、三百年前のものって書いてあって……何かご存じですか」


 老人は老眼鏡をかけ、しばらくそのページを見つめた。


「ああ、それか。代償法リトシステムは、その後も何度か改正されているよ。最初の制定が三百年前、最後の大きな改正が百二十年前だ。魔術行使時の判定基準や代償テノアの算定基準についての細則が、その時に大幅に書き換えられた」


「改正……」


「学院の評定基準が変わるたびに、代償テノアの算定方法も変わる。儂が司書だった頃も、改正のたびに古い基準の本を倉庫に下げて、新しい本を並べた。中身がどう変わったかなんて、誰も気にしちゃいない」


 老人はそう言って、また自分の本に視線を戻した。

 雨音とページをめくる音だけが室内に響く。


 アルドはノートに書いて、フィアスに質問した。


『百二十年前の改正、ですか』


「うん。儂が生まれる、まだ前の話だね」


 ノエルはそれ以上何も聞かなかった。

 ただ、自分の本の同じページを、もう一度静かに眺めていた。


     * * *


 夜、雨が止んだ後の窓辺で、ノエルが言った。


「師匠。なんだか、知らないところで色々決まってるんですね」


『そうですね】


 それ以上、私には書けることがなかった。

 レイは、その夜は珍しく何も言わなかった。


     * * *


「制度は、誰かが決めて、誰かが書き換えて、誰も気にしないまま続いていく。

 それだけのことなら、なぜこんなに胸がざわつくのだろう」

――アルド(元司書の話を聞いた夜)

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