第27話 収穫祭での依頼
季節は秋になった。
街道の木々が赤と黄に染まって、風が吹くたびに葉が舞った。
朝の空気が冷たくなって、ノエルが上着を一枚増やした。
アルドは外套の釦を一つ多く留めた。
レイの羽が、秋の光の中で一層深い青に見えた。
依頼の種類も、少し変わってきた。
夏は水害や日照りへの対処が多かった。秋になると、収穫前の畑への祈祷、精霊への感謝の詠唱、冬を前にした準備の依頼が増えてきた。
その日の依頼は、収穫祭の詠唱だった。
* * *
村の名前はフィネルといった。
丘の上の村で、麦と芋を作っていた。毎年秋に収穫祭があって、詠唱師を呼んで精霊への感謝を捧げる習慣があった。
「今年は詠唱師の手配が遅くなってしまって」村長が言った。「先週やっと依頼を出したところです。来てくださって助かりました」
「喜んで」とノエルが言った。
「詠唱士の方ですね」村長がえんじのローブを見て言った。「若いですね」
「はい。師匠と旅しています」
「師匠と旅を……ああ、こちらの方が」
村長がアルドを見た。アルドが頷いた。村長が枷に気づいて、でも何も言わなかった。礼儀のある人だった。
「収穫祭は明後日です。準備の時間はありますか」
「十分です」
* * *
翌日、ノエルは村の畑を歩いた。
収穫前の麦が、風に揺れていた。刈り取られた後の畑もあって、土の匂いがした。村の人たちが忙しそうに動いていた。子供たちが走り回っていた。
精霊たちの気配を確かめるために歩いた——と言いつつ、ノエルは単純に畑が好きだった。
アルドが少し後ろを歩いていた。
「師匠、麦ってこんな色なんですね」
『この時期は金色に近いです』
「きれい。ガッロさんの麦畑を思い出しますね」
『カルヴァですね』
「あの後、風霊が戻ってから、麦はちゃんと育ったのかな」
『報告書には書いていませんが——おそらく育ったと思います』
「また行けるといいな」
アルドは歩きながらその言葉を聞いた。
またいつか行ける、と自然に思えるのが旅だと思った。来た道は消えない。縁は続く。
レイが畑の上空を旋回しながら言った。
「セレスがここを気に入っている。この村の収穫は毎年いい」
「セレスが気に入ってる!」ノエルが顔を上げた。「じゃあ明日の詠唱、セレスへの讃美を特に丁寧にしないといけませんね」
「そうしろ。ただ——」
「ただ?」
「気に入っているからといって、甘えるな。丁寧にするのと、甘えるのは違う」
ノエルが「甘えるって、どういうことですか」と聞いた。
「気に入られているから噛んでも大丈夫だろう、と思うことだ」
「……そんなこと思ってないですよ」
「思っていなくても、体が慣れることがある」
ノエルがしばらく考えた。
「……緊張感を持ちながら、でも力まないで、ということですか」
「そうだ」
「難しいですね」
「難しい。でもお前はそれが少しずつできるようになっている」
ノエルが「そうですか」と言った。照れているのか、単純に確認しているのか、アルドには判断できなかった。
* * *
収穫祭の当日は、快晴だった。
村の広場に村人が集まった。子供から老人まで、フィネルの全員が来ていた。テーブルに料理が並んで、花が飾られていた。
ノエルが広場の中央に立った。
村人たちの視線が集まった。
アルドは広場の端に立った。枷の感触を確かめた。セレスの気配が、すでにあった。温かい。この村が好きな女神の、春の温度。
詠唱が始まった。
第Ⅰ節から、ノエルの声が広場に満ちた。
子供たちが静かになった。老人たちが目を細めた。
第Ⅱ節、第Ⅲ節——
第Ⅳ節——セレスへの讃美。ノエルの声が豊かになった。意識の中でセレスの気配がさらに高まった。春の日差しより少し強い熱。「聞いている」という確かな感触。
第Ⅴ節、第Ⅵ節——
第Ⅶ節。
「——精霊の御慈悲に代わりて、我、ノエル・ブライトガーデンが命ず」
リトの枷は、反応しなかった。
広場の空気が、ふわりと変わった。
どこからか、花の香りがした。イレイネ草ではなく、もっと豊かな、秋の花の香りだった。
村人たちが、しばらく誰も動かなかった。
それから村長が「……ありがとうございます」と言った。声が少し震えていた。
* * *
収穫祭の食事に招かれた。
テーブルに並んだ料理を、三人で食べた。レイも「気が向いたから」と少し食べた。村人たちが次々と話しかけてきた。ノエルが笑いながら答えた。アルドは筆談で答えた。誰も枷を気にしなかった——村人たちはノエルの詠唱を聞いた後だったから、この師弟の関係を、何か自然なものとして受け取っていた。
食事の終わりに、村長がノエルに言った。
「来年も、ぜひ来てもらえますか」
ノエルが少し驚いた顔をした。それから笑った。
「来年、ここを通れたらなら、必ず」
「通れたら、でいいです」村長が言った。「旅の人にそれ以上は求めません。でも——もし近くを通ったなら……」
「もし近くにきたら、必ず寄ります」
村長が嬉しそうに頷いた。
アルドはその会話を聞きながら、ノートを開いた。誰にも見せないページに書いた。
『来年、ここを通れたら——収穫祭に来る。そういう約束が、旅に積み重なっていく。いつか、地図ではなく約束で描かれた道ができる』
* * *
「彼女は『もし通ったなら、必ず』と言った。
そういう約束の積み重ねが、
この旅を、ただの移動ではなくしている」
―― アルド、筆談ノートより




