第24話 フォルクからの手紙
ベルタを出て二日目、街道沿いの宿に泊まった夜のことだった。
夕食を終えて部屋に戻ろうとしたところで、宿の主人が声をかけてきた。
「アルド先生宛に、お手紙が届いておりますよ」
アルドが足を止めた。
封筒を受け取った。差出人を見た。
フォルクの字だった。
* * *
部屋に戻って、封を開けた。
ノエルが隣に座って「フォルク先生からですか」と聞いた。アルドが頷いた。「読んでいいですか」と聞いた。アルドが少し考えてから、手紙をノエルに渡した。
ノエルが声に出して読んだ。
「『アルドへ。久しぶりだ。元気にしているか——元気にしていると思うが、念のため聞く。報告書は先月分まで受け取った。内容が毎回面白くて、同僚に見せたいくらいだが、そうもいかないので一人で読んでいる』」
ノエルが「報告書、面白いって言ってくれてますよ師匠」と言った。アルドは何も書かなかった。
「『学院のことを少し報告する。学院長が先月、南方視察に出た。その間に副院長が新しい規定を三つ通した。いずれも詠唱の制限を強化するものだ。旅先でも影響が出るかもしれないので知らせておく』」
ノエルが読む手が止まった。
「……詠唱の制限、ですか」
アルドがノートを取り出した。
『続きを』
「『もう一つ。マルク・レインズが先週、学院に来た。用件は聞いていないが、副院長と長く話していた。以上が近況だ。ノエルさんによろしく。フォルク』」
静かな部屋に、外の虫の声だけが聞こえた。
ノエルが手紙をアルドに返した。
「マルクさん……学院に来たんですね」
アルドは手紙をもう一度読んだ。フォルクの字は丁寧だった。必要なことだけ書かれていた。「マルクが副院長と長く話していた」という事実だけで、コメントはなかった。
アルドはノートに書いた。
『副院長は、詠唱の制限を強化したい人間です。マルクが何を話したかは、わかりません。でも——』
少し間があった。
『注意しておいた方がいいかもしれません』
「師匠、怖い顔してますよ」
『してませんよ』
「してます。筆担の字がいつもより固いです」
アルドはペンを止めた。それから、意識して少し力を抜いて書いた。
『……情報として受け取っておきます。今すぐ何かが変わるわけではありません』
ノエルがその筆談の文を読んだ。
「……わかりました」
しばらく沈黙があった。
それからノエルが「フォルク先生、『報告書が面白い』って言ってくれましたよ」と言った。
『そうですね』
「どんなこと書いてるんですか、師匠。報告書に」
『依頼の記録、神霊の反応の観察、詠唱の変化など』
「私のこと、書いてるんですよね」
『書いています』
「どんなふうに?」
アルドはノエルを見て、少し考えてから書く。
『……『稀有な才能を持つ詠唱士。詠唱の精度が向上している。神霊との共鳴が強まっている』などです』
「それだけですか?」
『……あとは』
また少し間があった。
『第Ⅶ節での噛みは継続中だが、頻度が減少している。本人の成長によるものと判断する』
ノエルがぷっと吹き出した。
「そのまま書いてるんですか」
『事実ですから』
「フォルク先生、笑いながら読んでそう」
『そうかもしれません』
ノエルが笑った。少し緊張がほぐれた。
* * *
レイが窓枠に止まってから言った。
「副院長というのは、どんな人間だ?」
アルドがノートに書いた。
『規則を重視する人です。古参の教授で、現在の魔術体系を守ることに強い信念を持っています』
「ノエルのことを知っているか」
『名前は知っているはずです。私の教え子で、課外実習中という記録は見ているでしょうから』
「マルクは何のために副院長と話したと思う」
アルドはしばらく止まった。
『……わかりません。でも——マルクは優秀な魔術師です。学院側の人間と繋がる理由は、いくつか考えられます』
「ノエルに関係することか」
『可能性はあります』
レイが静かに言った。
「ボクがいる。何かあれば、わかる」
アルドはレイを見た。
レイは窓の外を見たまま、それ以上何も言わなかった。
アルドはノートに書いた。誰にも見せないページに。
『フォルクの手紙。情報として受け取る。今はただ、旅を続ける』
それから、もう一行。
『でも——知っておいて、よかった』
* * *
「フォルクからの手紙には、必要なことだけが書いてあった。
それがフォルクという人間だ。
そして、必要なことだけを書く人間が知らせてきたということの意味を、
私はよく知っている」
―― アルド、筆談ノートより




