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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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キャンパス・ノエル

「美雪さん、クリスマスイブは何したい?」

 そう問われた美雪は、ディスプレイに向けていた視線を、少しずらして窓の外を眺める。真冬の足音が確実に聞こえ始めた十一月二十四日。東京郊外にある大学では、吐く息がもう白みはじめていた。しかし外気とは逆にキャンパスにある建物のゼミ室は、暖房が効いているせいで暑いと感じてしまう。

「別に、多分卒論書いてるんじゃないかな」

 そのゼミ室で、美雪と啓太は卒論を書いていた。正確に言うと美雪はパソコンに向かい資料を見ながらキーボードを叩いているが、啓太は部屋の中を所在なさげに歩き回ったり、椅子に座って漫画を読んだりしている。このときは美雪の斜向かいに座り、机の上へだらしなく両腕と頭を投げ出し美雪を見ていた。指導教官の真山助教授は会議に出ていて、部屋には二人だけだった。

「冷たいなあ、俺ら付き合ってるんだからさあ」啓太はディスプレイから視線を離そうとしない美雪にねだるような声をかける。

「昨日からね」

「もう少し、こう、もっと、恋人モードで話さない?」

「恋人モードって何よ、ていうか、君、約束忘れてる」

 啓太はサークルで知り合った美雪に一年以上前から「好きだ」「愛してる」と会う度に告白をして、付き合って欲しいと何度も頼み込んでいた。美雪がその度に断ってもめげずに交際を迫ってくるので、美雪はキャンパスにいる間も一人で落ち着いていることが出来ない。大学にいる時間に勉強や読書に専念したい美雪は、堪りかねて「わたしの邪魔をしないこと」という条件で付き合うことにしたのだった。

「そもそも君ねえ、そんなこと考えてる暇があったら、少しは卒論に取り掛かれば? 先生に聞いたよ、まだ一文字も書いてないって困ってた」

「俺、差し馬だから」

「サシウマ?」

「あ、そうか美雪さん競馬知らないか、あれだよ、最後にびゅううって追い上げるやつ」

「意味わかんない」

 ここまで美雪は啓太を全く見ることなく会話をしていたのだが、ひと区切りついたので疲れた目の端を少し押さえながら啓太を見た。机の上で組んでいる両腕に顔を載せて、何か履き違えた期待をしている眼差しで美雪を見ている啓太は、悪い男ではない。贔屓目に見なくても、世間一般の男性と比べれば外見は良いほうなのかもしれない。だが、中身が余りにも子供過ぎると美雪は思う。

「君ね、そんなんじゃ卒業できないよ?」

「じゃあさ、プレゼントは何が欲しい?」

「人の話を聞……」と美雪は言いかけて、口を噤んだ。それは子供のような啓太を見て、ある考えが浮かんだからだった。

「わたし、欲しいものあったわ」

 美雪が言うと、啓太は上半身を起こし身を乗り出してきて「なに? なに? 何でも言ってよ」と返した。「あ、でも俺、貧乏だから高価なものはパスね」

 余計なこと付け加えなくても良いのに、と美雪は思ったが口には出さず優しそうな微笑を満面に浮かべた。

「欲しいプレゼントは……」

「それは?」

「君の卒業論文」

「……」

「もしクリスマスイブの前日までに仕上げてわたしの前に持ってきたら、イブは君に付き合ってあげる」

 啓太は既に椅子から立ち上がっていて、呆然と美雪を見ていた。口を半開きにして間の抜けたような表情をしている啓太を見て美雪は、少し意地が悪すぎただろうかと感じてしまい、重ねて話しかける。

「どうしたの?」

「……ほんとに、それだけでいいの?」

 多少異様な雰囲気を醸し出している啓太に気圧されて、美雪は思わず頷いた。すると、

「いよっしゃあ! ちょっと待ってて、いま勉強道具と資料持ってくるから!」 

 と半ば叫ぶように啓太は言い捨て、言葉の終わらぬうちに部屋の扉を乱暴に開けたままで廊下に飛び出していった。

 啓太の唐突な行動にあきれてしまった美雪は「……単純」と呟く。そして、そういえば勉強道具も資料も持たずに啓太は何をするつもりでゼミ室にいたのだろうか、と些か的外れなことを考えていた。

 啓太が出て行ってほどなくして、「どうしたの、彼。凄い勢いで廊下走ってたけど」と言いながら指導教官である真山助教授が会議から戻って来た。「さあ、どうしたんでしょうね」と美雪は素知らぬ振りで答えてから、真山に挨拶をする。

「そうだ、先生」

 とゼミ室の奥にある助教授用のデスクへ向かう真山へ、バッグから手帳を取り出しながら美雪は声をかけた。

「落ちこぼれを助けたご褒美に、クリスマスプレゼント欲しいな」

 真山は分かったような分からなかったような曖昧な返事をすると、部屋の奥へ消えていった。それから美雪は、手帳の十二月のページを開く。二十四日の欄にある啓太と真山の名前、二人のどちらに丸をつけることになるのだろうかと、美雪は軽く思案していた。

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