流を汲んで
「ねえパパ」
美陽が桜の木を見上げた姿で私へ問いかけた。
「桜の花ってなに?」
日曜日の公園、暖かくなった三月末の陽気に誘われた人々が、それぞれの想いで桜の花を愛でている。桜の花は鮮やかな桃色で咲き誇っているが、今年で八歳になる一人娘の美陽には見ることが出来ない。
美陽の両目が失明していることを私と妻が知らされたのは、美陽が生まれて間もない頃だった。だから美陽には桜の花が何色なのか、どのような形をしているのか分らないのだ。
私は美陽の手を引いたまま、周囲に落ちている桜の花びらを二、三枚拾った。そして目の見えない美陽の手をとって、小さな掌に置いた。
「これが桜の花びら」
美陽は私がのせた花びらを、壊れないように気をつけながらもう一方の手で触った。しばらくの間、美陽は桜の花びらを指先で愉しんでいた。
「ふうん、これが桜の花」
「そうだよ、凄く大きな桜の木がここには何本もあってね、太い幹で、その上で枝が方々に手を伸ばしているみたいで、その枝の上に桃色の花を咲かせてる。美陽が持ってる花びらが数えきれないくらい沢山あるんだ。そうだな、なんと言ったらいいのかな、見上げると桃色の花火が一面に広がってるみたいな……花火って言っても分らないか。うん、ちょうど満開だ。今日は晴れてるから、光って見えてさ、いい景色だよ」
「……とても綺麗」
私は少し驚いた。見ることが出来ない桜の花を触っても、私には綺麗だと思えないだろう。美陽は花びらに触っただけで感じたのだろうか。
「パパがたくさん伝えようとしてくれるから、とても綺麗」
美陽は見えないはずの瞳を私に向けて微笑む。私は桜の花びらをのせた美陽の手を、美陽の気持ごと包み込むように握った。




