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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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動物画のランドシア

 太陽には地面がないって聞いたことがある。誰からとか憶えてないから、もしかしたら雑誌か何かで読んだのかもしれない。

 そんな太陽が今日はまぶしい。

 公園のベンチに並んで座っているわたしと芙由子の上に、大きく広がった枝と薄緑色の葉。少しだけ光を和らげてくれている。なんていう木なのか、多分公園に植えられているから名前が書かれたカードがあったはずだけど、わたしは振り向いて見る気にはなれなかったから、そのまま本を読み続けていた。

「ほら、大っきいのが、出来た」

 芙由子の声が聞こえる。

 わたしはラヴゼイの文庫に栞を挟んで閉じた。本をベンチの空いているところに置いた。それから芙由子を見た。

「残念、もう消えちゃった」

「どれくらい」

 片手に持っていたシャボン玉用の黄色いストローで芙由子は、宙に円を描いた。サッカーボールくらいの大きさだった。

「嘘でしょ」

「本当だよ。見てないのに嘘とか言うのは、駄目」

「そんな大きなシャボン玉、聞いたことない」

 笑いながら言ったわたしに微笑んで芙由子は、ストローの先を液が入っている容器につけた。口をすぼめた仕草が、わたしたちを覆う葉陰で揺れた。少しだけ風が吹いていた。

 わたしは芙由子から視線をはずして、前を向いた。ちょうどジョギングコースになっているそこを、右足を不自然に引きずりながら、ジャージ姿の男性が走っている。左足に重心を掛けて、かるく右足で地面を蹴るようにして走っていた。怪我をしていたのかもしれない。それとも右足がご不自由だったのかしら。でも、ここは太陽じゃないから、地面を足が蹴ることが出来る。

「今度は見ててよ」

 前を向いていたわたしに芙由子は念を押した。

「うん、見てる」

 わたしのとなりで、芙由子が息を吸い込む音が聞こえた。それから音が聞こえなくなって、多分ストローに口をつけた芙由子が、そっと、ゆっくりと、息を吹き込みながら、ストローの先でシャボン玉が膨らんでいるのを想像していた。

 少しだけ、目を瞑った。

 風が頬に触ってきたような気がした。

 冷たくて心地が良い。

 でも風はそのまま吹き流れないで、わたしの頬を触っていた。

 目を閉じたまま。

 これは、芙由子の手。

「また見てなかったね」

「見てたよ」

 芙由子はわたしの頬に左手を添えていた。手のひらは軽く、そのまま指先でわたしの頬から首筋をなぞった。氷をほんの少しだけ温かくしたような、芙由子の指先は、そのまま離れないって嘘をついて、すっとわたしの首筋から遠ざかった。

「眩しいの?」

 問いかけた芙由子には答えないで、わたしは薄く目を開けた。

 そこにはまだ、はじけることもなく、彷徨っているようにして、シャボン玉が漂っていた。どこに行けばわからなくて困っているように動いていたシャボン玉がやがて、わたしの目の前まで来た。

 シャボン玉の表面に、となりの芙由子が映りこんで見えた。

 でもそれは一瞬で。

 空気みたいに流れているシャボン玉の表面は、薄くなったり濃くなったり、わたしに何色かを教えたくないみたいにして、ふわり。

 わたしは、シャボン玉に息を届けた。

 そうすると、今までそこを漂っていたのが嘘だったみたいにシャボン玉は急に消えてしまった。

 だから、わたしも目を瞑る。目を瞑ったわたしには、さっきまでのシャボン玉が見えていた。

 こうすれば、いつだって、どこにいたって、芙由子がつくったシャボン玉が見える。

 膝に置いたわたしの手に、芙由子は自分の手を重ねてきた。わたしはシャボン玉を見続けていた。遠くから、もしかしたらすぐ傍から、日暮の声が聞こえた。頭上から雀の羽ばたく音も聞こえた。

 わたしの見ていない前を、右足と左足が違う音を立てて通り過ぎていった。心持ち眠くなったわたしを、誰も起こしてくれない。

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