白昼夢
左様で御座いますね、わたくしと致しましては、四十年以上連れ添った夫の御通夜で御座いますから、それはそれは、身体の中の、嗚呼、是が心の在る場所かと初めて判った部分が、すっかり無くなってしまった次第で御座いまして、ええ、ですから夫の傍に、一時でも永くおりたかったものですから、そう致しますと、御通夜が終わりまして皆様がお帰りになられた後で御座いましょうか、わたくしは夫の亡骸が納められました棺の脇に座り込みまして、さめざめ袖を濡らしておりましたところ、何時の頃になりましょうか、陽が昇り始めた様子で夫とわたくしがおりました部屋も、こう白々としてまいりまして、そう致しますと人様という者は不思議なもので御座いますね、夫が亡くなったのは泡沫の夢の様に存じてくるもので御座いますから、何故で御座いましょうか、棺に入っている夫が生きているのではないかと、棺から出てきて、また以前までの当たり前の生活が送れるのではないかと存じまして、其の様に考え始めますと、わたくし、もう我慢が出来きなくなったもので御座いますから、棺にある夫の顔だけが見える扉を、そおそそ、と開けたところ、わたくしの存じ上げておりました通り、夫は元気な様子で眼を開けてわたくしを見つめて微笑んでいるので御座いますよ、本当に吃驚致しましたところ、夫は「嗚呼、窮屈であった、狭いところは肩が凝って叶わぬ」と、顔が見えるその棺に開いた口から、ひゆりると身体をくねらせながら出てまいりまして、「おお、喜久子よ、お前の順番である、さあ入りなさい」等と申すものですから、わたくしは其の様な小さな処からは入れませぬ、棺には入りたくありませぬと、夫へ縷縷と申し上げたので御座いますが、夫はわたくしが口答えを致しました事が気に障られたので御座いましょう、わたくしの首にきつと手をかけますと、襤褸布を絞るように捻じり上げまして、そのままわたくしの頭を棺に開いた窓から、ぐんぐん押し込み始めまして、そうすると不思議なもので御座いますね、わたくしの身体も、夫と同じようにひゆる、ぬるりと上手い具合に棺の中に納まったので、嗚呼わたくしも入ることができました、と夫に報告申し上げようと致しましたところ、夫は既に棺の小さな扉に手を添えておりまして、わたしが何を言う間もなく閉じてしまったので御座いますから、わたくしと致しましては、これは此処から早く出て夫を探さなければ、夫は起きてから食事を摂っていない筈ですから、わたくしが用意をして差し上げませんと、夫は自分では料理も出来ないので御座いますよ、ですから一刻も早く棺の中から出なければいけなかったので御座いますが、棺の中が暗く、中からわたくしの力では蓋を開ける事が当然出来ませんでしたから、わたくしが棺に入りましてから如何程の時間が経ったのか判りかねる次第では御座いますが、しかしながら貴方が開いて下さいましたのは本当に嬉しゅう御座いまして、ええ、ですからわたくしの代わりにこの中に入る順番の貴方を、夫がわたくしに致しました様に、棺の中へ入って頂くように致しまして、わたくしは早く夫の支度を整えなくてはいけないので御座いますから、嗚呼、その様な苦しいそうな顔をわたくしに向けないで下さいな、嫌で御座います、其の様な顔をされては、わたくしは、とても恐ろしいでは御座いませんか。




