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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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一欠片エクスキューズ

 極めて残念なことだけれど、僅かながらの勇気すら持てない人間というのがこの世の中には存在していて、例えばそれは僕のことだったりするわけだけれど、だからと言って全く一欠片の勇気すらないというわけでもなく、なけなしの、あるかなしかの、概ね食べ終わったスナック菓子の袋に入ったままの細かくなった欠片のようなものが存在していて、常日頃は僕なりに小さすぎるそれらをかき集めることで己を奮い立たせて生活をしていたりする。

 ただ、僕なり僕でしかない日々の営みというのは、やはり人よりも歩みが遅く、実際的な歩くという行為においても一歩ごとの前にすすむ距離が世の中の人々と比して少なければ、積もり積もって大きな隔たりができてしまうように、僕と周囲の人々の間には目には見えないものかもしれないけれど、どうしたって歴然とした生活上の差異というものができてしまうのだろうと思う。その差異を埋めるというのは非常に労力を求めれるものであり、その労力や努力といった直向きな行為は僕に到底なしえないことのように思う。

「つまり君はそうやって自分が努力しないことの言い訳を言い募って、同情を誘って、許しを請うているわけだ。それはとても卑怯なことのようにわたしは感じるけれどね」

 東京都心にある駅前に最近オープンした商業施設、九階までの吹き抜けを見上げることができるエントランスの端で、壁へ背を預けながら奈々子はジャケットの内ポケットに隠した端末に右手をかける。僕も彼女に習って、彼女のジャケットよりは安物のジャンパの内側へ震える手を差し込む。仕掛けは数分前に完了していた。あとは物理的なボタンを押すだけだった。

 僕が前を右から左へ男の子を一人連れた男女の夫婦が歩いていく。男の子の手は母親の手を握って放そしそうにもない。それ以外にも男女二人だけの連れ合いであったり、まだ大学生ぐらいの女性だけが集まって歩いていたり、男性が一人だけ耳にイヤホンをして少し先の床を見ながら歩いていたりする。其々の人生があり、各々の世界の中で生活をしているわけだ。オープンしたばかりの所為か、群衆と呼べる人数が僕の視界の中で踊っている、僕に言わせればだけれど。

「言い訳かな」

 彼女への返答に少し間が開いてしまったが、気にした様子はなかった。そもそも僕への質問であったかどうかすら怪しい台詞だった。

 僕の言葉を受けて、彼女は初めて僕の存在に気付いたような少しばかり驚いた表情で振り返った。

「なんとまあ、それ以外に表現のしようがないじゃない。挙句、全てを投げ出そうとしている。しかも自分には直接の恨みも僻みも妬みも何ら関係性の無い人へ自分の罪を擦り付けるようにして命を奪おうとしている。我侭な子供が癇癪をおこしたようなものだよ」

 彼女は少し壁から背を離し、背筋を定規をあてたようにして伸ばす。

「まあ、それも悪いことじゃあない。癇癪を起こそう、勘違いでもいいから盛大に、何の罪もない人間へ。解らせてやろう、いままで我々を見下し都合よく使役し、不要と断ずれば塵芥のように吐き捨てた唾棄すべき人間へ。君とわたしが怠惰だったが故のたった一歩一歩ごとに前へ進むことを躊躇ったり進むだけの力がなかっただけのことでできた、望みもない断崖へ突き落としてしまおうよ」

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