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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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林檎

 それは確かに林檎であるように見えた。正志がテーブルの上に置かれている林檎を眺めはじめてから、既に三時間以上の時間が経過していた。より正確に言うならば、時計の長針が三度円を描き、短針が不承不承に鎌首をもたげたような変化を見て取れる間、正志は林檎から目を離すことが無かった。その林檎は紅かった。数学的に正確な球体の又従兄弟程度にはそれに近く、四角形とは似ても似つかない形をした林檎は、歪な外形をどのような角度から眺めても飽きることなどは無かった。すべての外縁が、見る角度によって新たに滑らかな曲線を描き、あるときには山の稜線であったり、あるときには波打ち際に残った濡れた砂と乾いた砂との境界線を示しているようにも観察することが出来た。さらに見蕩れるべきは、その紅色の表皮であり、正志はそこにこそ林檎が林檎たる所以があるのではないかと研究をした。決して均一な紅色ではなく、ところどころに濃淡が認められる表皮には、図らずも計算されたような美しさがあった。薄っすらと埃が積もった表皮を軽くシャツの袖口で拭いてやると、林檎はまた別の一面を正志に開陳した。部屋に差し込む陽光を反射するそれは、とうてい人間が作り出せる色ではなく、人類が今後幾世紀経ようとも手にすることが不可能であるひとつの到達点を指し示しているようだった。散在する黒く小さな斑点は紅色を損なうことなく寧ろ際立たせることに成功している。完璧だった。正志が目の当たりにしている林檎には一点の曇りも瑕疵もあり得ず、優雅な数式の如く鎮座しているのであった。

 当初は眺めているだけだった彼が、やがて両手でかき抱くようにして林檎を、まるで掌中にある女性の陰部を愛撫するかの如く触りはじめたのに然程の時は必要とされなかった。一部の隙もなく宇宙の真理さえも斯くやと思しき林檎は、その肌触りさえも正志の想像を凌駕していた。まず正志は、右手の人差し指で林檎の表皮に触れてみた。否、触れるというよりも正志の指先の皮膚と林檎の表皮を刹那の間だけ同調させたとでも表現したほうが適宜な、それは邂逅であった。林檎と同調せしめた瞬間、正志の脳裏に発露したのは胎児の夢であった。齢、三十一になるこの瞬間まで、正志がそのような妄想を得ることはただの一度も無かった。よって、それが果たして胎児の夢と称されるものであったのかどうか不明であるはずであり、謂わば正志の中にある胎児の夢というイメージを具現化し妄想として変換されたとでも言うべきであろうか。まだ母親の胎内で人としての形を成すか成さぬかの正志が触れたはずの、母親の臓器の内膜。絶対的に自らを包み、もたらすものは母性であり安堵であり、そのときの正志からすれば外部から護るべき造られた彼だけに必要とされる空気を形成する大気圏のように高く広大なものであった。胎児であった正志にとって、そこは世界なのだった。つまり正志は、林檎へ触れることによって、部屋の中で孤独な彼と林檎を中心として、彼を形成するに至る世界を構築してしまったかのような錯覚に陥った。それほどまでに林檎の表皮は甘美なものであった。滑らかとも違い、他に比喩すべき如何なる肌触りとも異なり、まさに林檎の表皮の肌触りとしか明示的な言語として記することは不可能なものであった。そこに存在するものは、正志の理性の大半を奪うに足るものであった。指先から掌へ、そして両手で林檎を包んだ正志は、やがてこらえきれなくなったかのように顔を林檎へ近づけていった。ゆっくりと、林檎と我が顔との距離を正確に測り、一ミリ、あるいは一マイクロ、一ナノずつ近づいていくようにしていった正志の顔が林檎に接するか接しないかの際で、彼は不器用に、初恋の女性と交わす接吻を彷彿とさせるようにして、唇を突き出した。そして林檎へ接吻をした。接吻をしたのと同時に、正志の身体は激しく痙攣をした。彼は射精をしていた。震えは止る様子を見せず、射精はいつ果てるとも知らず続いた。

 事ここに至り、正志はひとつの覚悟をしなければならなかった。覚悟をする決意を彼に強いさせるほどに林檎は蠱惑的であった。覚悟とは、それを可能にする決意とはなにか。多分に言語化することが難しいその感情、人間の体組織の一個一個が叫び咆哮し決起し血を逆流させかねない勢いで流れ出し溜息は森林を薙ぎ倒す暴風となり涙は近代文明の所産であるダムを決壊させるに十分な圧力を持ってして迫る、思考思惟考察計算判断などは及びもつかない身体の全細胞をもってして獲得することが出来るそれを、ただひとつの言葉に集約することが妥当なものであるならば、その近似値の極限であるところの言葉は、彼がこの林檎を護らなければなるまい、という覚悟をするに至ったとでも表すべきであろうか。この場合、護らなければならないとする場合、護られる対象は林檎であり何から護るかと問われるならば、何かとは彼と林檎との関係を司るものを破壊せしむべきもの全てであると規定出来たであろう。それほどまでに正志は林檎を、あるいは林檎を抱いている自分を欲し渇望し欲情し希っていた。彼は林檎を護るだろう。護り通すことで正志の心中に具象的な庇護欲が萌芽し続ける限りにおいて彼は林檎を護り続けるであろう。林檎に接することにより得た世界、彼を包むこの胎児が夢見る世界を崩壊させないために彼は万難を排するだろう。そうすることでしか彼の存在が確立出来ない限りにおいて、彼は林檎を護らざるをえないのだろう。林檎と出会う以前のことはさて知らず、出会ってしまった現在では、林檎を護ることはつまるところ正志自身を守護することと同義となってしまった。

 正志は林檎へ接吻をし、射精を繰り返し、林檎の上部にある、林檎が樹木になっていた当時は枝と繋がっていた窪みへ指を差し入れ、左右上下隈なく愛撫を繰り返しては、再び射精をしていた。窪みを弄っている指先に感知したものは非常に淫靡であった。彼の、彼が口から溜息とも吐息ともつかぬ息遣いを発するたびに喉の深奥から奇妙な音声が言の葉のようにして外部へ流出し、彼の内奥へ戻ること無き言の葉は部屋の中へ充満するしかなかった。途切れることを知らぬ言の葉は部屋中へ溜まりに溜まり、壁にぶつかっては奇天烈な反響をし、天井へ突き当たっては不可解なしじまを催した。言の葉は言葉ですらなく、葉緑樹の枝に繁茂している葉の形状で飛び回り、閉め切った部屋の中でやがて行き場を無くし他の言の葉とぶつかり合い絡み合うようにして床へ積もっていった。床に積もった言の葉たちが互いに相乗しながら発するものは練習不足のオーケストラが奏でるヨハン・ゼバスティアン・バッハのマタイ受難曲であった。林檎はその音楽に耳を傾け、やがて転がるようにして笑みを浮かべた。まるで、紅色の喜悦に彩られることで正志が満ち足りることを知り抜いているかのような、笑みであった。彼はその林檎を見蕩れ、ますます言の葉を放出し、間もなく部屋の中に積もった言の葉は、椅子に座った正志の腰を沈めるにまでの深まりをみせるようになった。彼は自惚れの頂上へ続く山道を登りつつ、登頂までの道筋を頭の中に容易に描くことが可能であると確信した。自分は林檎に求められている。それは自分が林檎を欲するが如きである、と。この至福の状態を護り続けなければならない。滑らかに包まれた、極めて粘度と油脂性の高い護謨膜のような皮膜に包まれた自分と林檎は儚い存在である。この胎児としての自分と林檎を護る護謨膜なり皮膜なりは、傷つけられやすいものだ。例えるなら、人間の指先が触れただけでも揺れ、たゆたい、あまつさえ爪先で線を引かれようものなら一直線に裂け、まどろみの裡に浮かんでいる自分たちなどは、どろりと液体のようにして裂け目から流れ出てしまうに違いないだろう、と彼は危惧するに至った。焦点は、彼にとっての至上命題は如何にすれば、地平線を見渡すことの出来る草原のように永く続く時を、自分と林檎は共にすることが出来るのだろうか、それがために自分が為さねばならぬ為してはいけない為されてはいけないものとは、いったいどのようなものなのであろうか、といった至極具体的行動によって求められるものであった。彼の心象は具象を獲得することによって具体へと飛躍せざるをえなかったのである。行動せよ! 行動せよ! 動かなければ動かされなければ維持することも叶わぬほどに儚きもののために!

 往々にして、そして予定調和のようにして、人間の生というものはある一定の振子運動が如く、必要とされる時と場所において必ず訪れる流れ、あるいは事象なるものがある。これを運命と呼ぶ人間さえいる。僅かでも賢い人間ならば必然として認識するか、偶然の積み重ねによる因果的結果と言うかもしれない。が、何れにせよ、このとき正志の下に訪れたのは黒い外套を着た悪魔の使者では無く、白い羽を生やして不恰好に中を漂う昆虫のような天使でも無く、ただ一個の人間であり一人の友人でしかなかった。友人の名は、この際には深く関わるべきものでは無いために省略をしよう。正志の友人は、正志と林檎が果ての見えない性交の悦楽に浸っている間隙を突くかの如きタイミングで正志の部屋の扉を叩いたのであった。正志は林檎を愛撫していた両手を離し、それでもしばらく愛撫するための動きをしていた両手の動きを止め、背筋を伸ばし背凭れに預け、面を天井へ向けると深呼吸をした。なぜ友人はいま自分の部屋へ来訪しているのか、意味を捉えることに苦労した。それまで全ての神経を林檎への愛撫に向けていた脳細胞のひとつひとつを確認し掬い取るようにして過去の言質を大脳皮質に残された抽象的映像へ直結しようとした。やがて結実したそれは、友人が正志の部屋へ来る、あるいは林檎と自分との交わりを中断するには相応しくないようなものであった。よって正志は扉の叩かれる音を自己の外部にて封殺してしまった。これは正志が創造した世界を護るべく当然の折衝回避運動であると述べるしかなかったが、それにも増して扉が叩かれる音は大きく、連続性を伴った攻撃的運動を彼の世界へと加え始めた。これに対し正志は積極的に防御しなければなるまい、と意を決した。何物も、何人も自分と林檎が構成する世界を穢すことは許されざる行為であり、それに対して攻撃を加えることに躊躇など不要なのである、と彼は結論付けた。床を蹴り、椅子から立ち上がり、林檎へすぐ戻ると言い聞かせ、廊下を歩き、そして扉を開ける。それだけの行為に、今までであれば自然な日常的行動の中に、己を鼓舞する何かを正志は意識した。明確な意図を持った行動をするためには、人間は護るべき何ものかを持たなければならないのだ! 正志は意気軒昂し扉を開けた。そこには友人の間延びした顔があり、意思の無い泥のような身体に頭が乗っかっているだけの、百万年前から変わらない動物としての人間が立っている。友人は正志に向かい何事かを話しかけた。しかし正志には言語として認識されず、荘である限り意味など判りようもなかった。強いて言えばイヌイットがアザラシの事をどうであるとか喋っているようにしか耳朶には響かなかった。ところが、動物に等しい友人の目線を調査していると、どうやら部屋の中を見回しているようでもあり、そして目線がある一点へと集約されつつあることを正志は発見した。友人の目線にあるものは、まさに林檎であった。このとき正志の背中に冷たいものが手を伸ばし弄ったような感覚が走査した。決定的であったのは、友人が、あれは美味そうな林檎だねえちょっと食べさせてくれないか腹が減ってしかたがないのだよう、などと口走ったことであったことは否めない。正志は速やかに友人の顔へ手を伸ばし、顔面を掴みつつ部屋の中へ引き込むと、腕を首に回しそのまま玄関へ引き倒し、友人の身体の上に馬乗りになった。何をするんだ止めたがいい止し給え、と叫ぶ友人を尻目に扉を閉め鍵をかけた正志は、玄関脇に立て掛けてあった金属製の野球バットを手にすると、先端を指すようにして友人の顔面へと叩き落した。一度目は辛うじて避けた友人は二度目に避けそこない即頭部を擦られ、三度目には鼻と口の近辺をバットの先端で打ち抜かれ意識を失った。それから正志は幾度も同様の行為を反復し、やがて友人の相貌が欧米人ともアフリカ人とも、どこかの国の大統領やテレビに映る芸能人の誰と言われようとこうなってしまえば解らぬ程に友人の顔が変形してしまうに及んで動きを止めた。どうやら友人は死んでしまったらしいが、当然の報いであると正志は居直った。自分の林檎に目をつけ、あまつさえ食してしまおうなどと不届きな欲望を思い描いただけでも死に値するのではなかったか。それを口に出してしまった友人には、既に死神の鎌が首筋に落とされかかっていたも同然なのだ。それを多少早めたところで不義でも不道徳でも犯罪でも無いに違いない。彼にとってこれは正当防衛なのであった。正志は友人の死体を風呂場へ放り込み、換気扇を回してから風呂場の扉を閉めた。これで当面は林檎を護れたという安堵から、正志は得意げな気分になることを抑えられなかった。

 友人から林檎を護った日から幾日もの間、正志は眠る時間さえも惜しみ林檎を愛撫し続けた。そして非常に残念なことながら、ある一定の事実を認めるに及んだ。林檎が衰えている、という残酷な事実であった。あれほど光沢を保っていた紅色は変色し、黒ずみ始めていた。初めはくすんでいるだけであると自分自身を納得させていた彼であったが、やがて見間違いのしようもないほどに黒くなった表皮は、同時に触れれば林檎の内奥が瑞々しいばかりの肉体を持ちえていると教えてくれていた触感をも失い、そこにあるのは昆虫の腹部のように濁った弾力性を持った腐りつつある林檎であった。ああ、そうなのであった、生きとし生けるもの全ては生生流転の法則から逃れえるものでは無いのだった、と正志は今更ながらに思い知らされた。まさしく、いま風呂場で腐乱しつつあり異臭が漏れてきた友人と同じく、この林檎でさえもかつて神々しいばかりの命の輝きを放ち護るに値し彼の全てを捧げても良いとした林檎でさえも腐っていくのだ。正志はこの事実に驚いた。なぜならば彼が林檎を護らなければならないと欲したのは、林檎との永久不滅な関連性を維持したいがためのことであったのだから、その林檎が腐り腐乱しやがて見る影も無くなってしまったのならば、護るべき意義など何処に見出せばよいのか解らなくなってしまった自分がいたからだった。その程度のことであった自分に驚いたのである。否、否否否、決してそのようなことは無いのだと正志は自得しようとした。確かに自らは林檎に触れ、接吻し、愛撫し、そしてこれらの全てを含めて護ろうとした。だが、いったいその行為に如何ほどの価値があったというのか。護るべきものとは林檎であり、世界であったのではないか。林檎とはなにか、物体としての林檎なのか、それとも観念としての林檎であるのか。自分と林檎を取り巻く世界こそが観念の世界であるならば、林檎さえも観念であるはずであり、よって護るべきものはいま眼前で朽ち果てようとする林檎ではなく、自分の心中に存在する林檎ではなかったか。そう、正志は得心をするに至り、腐りつつある林檎へ手を伸ばすと口元へ運び、それを噛み砕き歯で磨り潰し嚥下して後に消化してから、時間をおいて排泄してしまった。

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