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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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110/120

パイプライン

 江戸末期まで歴史を遡ることが出来る遊園地が東京の下町にある。もちろん当時のままではあり得ないわけであって、それぞれの時代にあわせて姿を変えてきたのだろうけれど、いま僕と真奈美が入園料を払って門をくぐったそこは、僕が知っている遊園地とはお世辞にも同じ言えないながらもデパート屋上のプレイランドと呼ぶには失礼にあたるような空間だった。

 正月の三が日も過ぎていないというのに人で溢れかえっているのは、近くにある浅草寺から初詣の参拝客が流れてきているからだ。初めて来た僕はどうやって乗り物へ乗ればよいのかすら分からずに視線を泳がせていた。円いプールの上で白鳥の乗り物が泳ぎ、船に模したゴンドラがレールにぶら下って園内の空中を航海している。風船の束が集まりすぎてそれ自体が一つの風船に見えるものを掴んだ売り子がいる。レトロな石油ストーブを大きくしたような暖房器具が幾つか設置されていて、そこに人の輪が出来ていた。見上げなければならないアトラクションも幾つかある。ときおり、車輪がレールの上を滑る音を園内に響かせて、少し背伸びすればジェットコースタになれるかもしれない乗り物が視界を横切った。

「あそこじゃない?」

 真奈美が言って歩き出す。その先には乗り物券の売り場があった。一枚毎の値段は一緒で、アトラクションに応じて必要な枚数を変えているシステムらしかった。

「少し、面白いね、これ。はじめてだ」

「そお」

「時間も無いしフリーパスとか要らないよね」

「うん、そうだね」

 園内で二番目に目を惹くアトラクションへ乗るために、乗り物券を三枚買った。アンデルセンの童話に出てくるような家を意識したゴンドラが六つ。そのゴンドラたちの中心に太い鉄塔が高く聳えていて、鉄塔の先から樹の枝が伸びるような恰好で水平に鉄骨が伸びている。その鉄骨からワイヤに吊られるようにしてゴンドラが回転しながら宙に浮かんでいた。

 乗り場へ向かって歩いた。途中で特撮番組に出てくる怪人や時代劇の衣装をわざと取り違えたような恰好をした人たちが、恐らく遊園地の従業員かなにかなのだろうけど、客たちと一緒に写真を撮られていた。

「僕らも写真、撮ってもらう?」

「厭だ」

 少し強く僕の手をとって、真奈美は足早に進んでいった。乗り場までは階段があった。ちょうど真中に踊り場がある。その少し上まで行列が出来ていた。階段の踊り場で小学校に上がる前くらいの年齢の女の子がひとり、小刻みな歩幅で踊っていた。少なくとも僕には踊っているように見えた。

「可愛いね」と言った真奈美の言葉にタイミングを合わせたかのように、女の子は僕らを振り返った。ちょうど階段を上っていた僕らと目線が同じくらいの高さだった。

「すごいね、人がすごいね」

 女の子が言った。僕らに向けて言ったのだと思う。踊り場まで上がった真奈美が心持ち腰を落とし女の子の目線に合わせて、踊り場から見える園内の風景を見ながら「本当に凄いねえ」と同意してみせた。女の子を踊り場に残したまま、行列の最後尾は階段を上がっていった。女の子は相変わらずひとりきりだった。

「さっきね、あの車に乗ったの」

 女の子は踊り場から見える別のアトラクションを指差しながら言った。

「愉しかった?」

「うん、びゅうって、走るの」

 女の子と真奈美が話している脇で、僕は階段の手すりに両手をついて小さな遊園地を眺めた。行列との間が開きはじめたので、女の子は僕らよりも高く感じるだろう段差の階段を懸命に上がっていった。僕と真奈美も続いた。少し顔を見合わせて笑いあった。子供は純粋で天使のような存在だ、なんて美辞麗句には同意したくもない。だけど子供は大人より擦り切れていないのだと思う。だから多分、擦り切れてしまった僕らのような大人は、子供が羨ましいんだ。

 女の子が僕らの少し上で振り返って「おばあちゃん」と声をあげた。僕も真似をして振り返ると、高齢の女性が腰を抑えながら階段を上がってくるところだった。白髪が大半を占めている頭髪、顔の半分は白いマスクに覆われていた。僕は真奈美にコートの袖を引かれて通り道を空ける。そのおばあちゃんが女の子の元へ着くと、女の子はおばあちゃんを見上げるようにして話し込んでいた。

 一度上空に浮かんでいったゴンドラが地面へ戻ってくる度に、行列は進んでいく。何度かそれを繰り返して僕らと女の子の辺りまで来た。しかし、ちょうど僕らの前にいた女の子で区切られてしまった。女の子は不満そうな顔をしておばあちゃんを見上げた。

「この子ひとりなんですけど」

「次回にお乗りください」

 素気無くおばあちゃんに言った係員は操作室のような小屋へ戻っていった。それを見送ったおばあちゃんは乗り物券を女の子に渡すと列から離れていった。

「もしかして、ひとりなのかな」

「そうなのかもね」

 僕らの会話が聞こえていたのかどうか、それは解らないけれど、それまでゴンドラに乗り込んでいく客を見ていた女の子は、小さな手に乗り物券を握り締めながら僕らに顔を向けた。

「おばあちゃんね、足が痛いから乗れないの」

「そうなんだ」

「おかあさんは病気だからお留守番なの」

 真奈美は「偉いね」と言ってから僕を見た。僕は軽く頷いた。やがて空中に浮かんでいったゴンドラに目を奪われた女の子は、中空に目を向けたままだった。既に空は暗くなりかけていて、昼間から曇ったままの空は雲で夕焼けを隠していた。

 時間にすれば僅かなもので、一分か二分だけ浮かんでいたゴンドラが地面に降りた。係員が扉を開いて、乗っていた客がそれぞれ出口へと向かう。そして先ほど女の子の前で区切りをつけたのと同じ係員が、今度は女の子を、そして僕らも同じようにして青い色をしたゴンドラへと案内をする。ゴンドラの中には鼓膜を刺激する警告音が鳴っていた。円い、ひとりだけが腰を降ろせる椅子が九つ、入り口以外の窓際に設えられている。女の子は右奥の椅子に座った。真奈美が女の子の隣に座り、僕は真奈美を挟んで女の子と同じ右の窓際の入り口に近い椅子に座った。

「一緒だね」

「うん、一緒だね」

 会話している女の子と真奈美を背にして僕は窓外を見ていた。相変わらず警告音が耳朶を刺激していた。案の定、「うるさいね」と女の子が口にした。真奈美が女の子が同意しかけたところで係員がゴンドラの扉を閉めた。すると警告音は止った。

「半ドアみたいなもんだ」

「何それ、わかんない」

「ねえ、なんでこんな恰好なの?」

 僕と真奈美の会話に入ってきた女の子は、他のゴンドラを指差して言った。僕らが乗った以外のゴンドラも各々が客を乗せて扉を閉めているところだった。

「お菓子の家なんだって」

 確かにそう書いてあるプレートがゴンドラに取り付けられていた。クリームだったり、クッキーであったり、その他どうみても僕にはお菓子に見えない色々な飾りつけがなされていたけど、全体的に見れば不思議とプレートどおりの印象を受けるものだから、僕も「お菓子の家らしいよ」と言った。女の子は少し赤くなっている頬を膨らませた。

「お家は飛んだりしないのにね」

 僕と真奈美は苦笑しながら見合った。ゴンドラの中でも聞こえる係員のアナウンスが終わって、ゴンドラが浮かび始めた。「あがるよ」と女の子が言った。初めゆっくりと、揺れながら。そしてワイヤに吊られたゴンドラは鉄塔を中心に回りながら高度を上げていった。それほど高くない頃には今日乗ったアトラクションの事を真奈美に話していた女の子も、高くなって下町が見渡せるようになると窓外を目を向けた。回りながら上がっていくゴンドラからは、低い家々の屋根やマンションのベランダや、浅草寺の境内が見えた。遠くを見渡せるほど高く上がらないゴンドラは奥床しいものだと思った。きっと高く上がり過ぎるのが怖くて、本当は上がりたいのに上がれなくて、自分の身の丈を越える無理はしたがらないゴンドラなのだろうと思った。ゴンドラはもう少しで浅草寺の参拝客の行列が見えるくらいの高さで上がるのをやめた。そして同じように回転しながら下がっていく。

「あ、おばあちゃんいるよ」

 女の子は窓が開けば身を乗り出しかねない勢いで言った。僕らも下を見た。そこには先ほどのマスクをつけたおばあちゃんが、こちらを見上げることなしにあらぬ方を向いていた。「手を振ってみたら」と真奈美が言ったからか、女の子は手を振った。おばあちゃんは気が付かなかった。

 重々しい音で地面へ降りたゴンドラは、一度だけ身を震わせて動かなくなった。しばらくして係員が扉を開けると、再び警告音がゴンドラの室内に鳴った。入り口に近かった僕が先に降りた。続いて降りようとしていた女の子に「気をつけて」と言った。ゴンドラから降りた女の子は、上にいたときに見えた場所から動いていないおばあちゃんの元に駆けていった。真奈美が僕の手を握って「人懐っこい子だね」と言う。おばあちゃんと女の子は手を取り合って階段を降りていった。

 その後、園内で一度だけ女の子とおばあちゃんを見かけた。女の子に声をかけることはなかったし、女の子から話しかけられることもなかった。

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