あの行く先よりも遠くへ
吐く息は白いというには余りに透明すぎて、僕の身体から溢れ出た蒸気のようにも思えた。僕の口から立ち上るささやかな吐息が造り出した幻想の気体は、その向こうに日が昇って間もない暖かさに包まれた街並みが見える。太陽はまだビルの陰に隠れて姿を現しておらず、地面に映る日の光はどこから零れてくるのだろうと僕は思った。もう一度、息を吐く。やはり白いとも透明ともつかない僕の吐息は、刹那の姿を僕の網膜に焼き付けて、そして消えていった。
元旦の夜が明けて間もないころ、片側二車線の道路には車の往来はないに等しかった。いつも通るこの道は車が通らない寂寥のせいか、中央分離帯の排気に塗れた緑の草花が、清冽ともいえる冷気に研ぎ澄まされたように際立っている。遠くの交差点で車が一台横切る、薄く光る橙色の車、こちらには曲がってこない、向かうのは上野だろうか、それとも家路へと向かうのだろうか、僕にはどうでも良いことのはずなのに、またそこには他人の人生があって、彼には、或いは彼女には、それとも家族連れだろうか、違う世界が存在していることが、いま路上に立っている僕には到底信じられないことのように思われた
片側二車線の真中を示すラインに沿って、僕は歩く。先ほど歩道を歩いていて、何かに誘われたのか自分でも分からないままに、僕は車道へと踊りだした。そうして歩く、日ごろは車が行き交う車道に立つと、そこには遠くまで続く道が見えるようで、その先には、きっと僕の知らない何かがあるように思えてきた。多分、それは幻想なのだろう、この車道を歩いていったとしても、行き着くところは標識に記されている場所にほかならず、それ以外の場所へは着くことがない、行けども行けども、決まりきった場所にしか行くことはできない。そういうものなのだ、そうものであるべきなのだと分かっていても、僕はいつか違う道に出会うことがあるかもしれないと思っている。そういった感傷に苛まれる、感慨に想い耽ることで何か許しを請おうとするならば、果たしてそれは感情と呼ぶべきものだろうか。
前から車が一台走ってくる、夜が明けて間もないせいだろう、未だにヘッドライトを点けたままで、その光が朝日の眩しさと混濁して僕の目に入ってくる。僕は動かない、車道の真中から動くことはなく、そのまま立っている。と、次第に大きく僕の視界に入ってきた車は、警笛を鳴らして、僕の脇を通り抜けていく。瞬間、鞭で叩かれたような痛みを伴う寒さが、風となって僕を襲った。いっそうのこと、轢いてくれれば、この決まりきった道を、これからも歩くことの苦痛から開放してくれたのかもしれない、そう思う。
やがて、先ほど見知らぬ人が乗っていた橙色の車が横切った交差点に至って、僕は上を見上げる。すると信号が、三つあるうちのひとつは灯さないと気がすまない性分なのか、紅い、朝なのに夕日を連想してしまう色で、世に規則の一環を示しているつもりで、僕に何かを指示しているような素振りで、陽光に色を少しだけ奪われながら灯っていた。だからどうしたというのだろう、僕にどうしろというのだろう。標識には僕の知っている地名、そこに付くまでの距離、全部決まっている、何も変わらない、変えることさえ許されない、壊したい。僕に変える事などできるのだろうか、変えることに意味があるのだろうか、道は続いているし、決まった場所へ着くからこそ道なのだ。
僕は楽になりたかったのだ、楽になりたかっただけのことなのだと、気付くまでに、時間はそうかかるものではなかった。知らない道を行くなんて、自分のまだ見ぬ土地を、何にも記されていない道を追い求めるなんて、努力をして、何かを犠牲にして、それでも決まった道を行くことしか許されないのならば、楽になってしまったほうが良いのに違いない。楽になりたい、安心したい、標識の指し示す先が分かる道を行って、そして信号の色で歩みを止めて、また信号の気まぐれで歩みを速めて、歩み続けて。きっと、僕はそうしだいだけなんだ。胸に残るうずきは、まぼろし。
気付くと、僕の足は道路のアスファルトに踵まで埋まっていた。アスファルトは子供の頃の記憶を呼び覚ます、畦道の泥濘を歩くように、僕の足にまとわりついて、ささやかな錘になって、僕の両足にくびきとなって、それでもまるでアスファルトと僕が粘着しているような、一体感を伴っていた。何かに包まれることで、安心をするというあの感覚、懐かしい、女性の羊水か、逃げ込んだ布団の生温い暖かさか、それを纏うと、それと一緒になることで、心が休まる、落ち着くあの感触は、次第に嵩を増やしていき、やがて僕の両足は全てアスファルトに埋まり、それ以上前へ進むことは難しくなり、その代わりに、地球の中心へ溶けていくような思いさえして、とまらずに腹部をこえて胸部へ至る、僕の視点はそれに呼応して、どんどんと、確固とした速さで、下がっていくのだった。
なんだ、こんな簡単なことで、楽になれるのだったら、もっと早くそうすればよかったのだ。僕は気付くのが遅すぎたのに違いない、きっと、僕が、僕らが通るこの道には、僕と同じように、人々が溶け込んで、混ざり合っていたのだろう。こうして僕も、彼らと一緒になり、混ざり合うことで、もう行く先も、進むべき方向さえも、考えることはない、それは僕が道になってしまったのだから、そんなものの必要さえないのだから、どうしてもっと早く気付かなかったのだろうか、どうして誰も教えてくれなかったのだろうか。こうして僕はとても、とても、心落ち着いた、安寧な道となった。顔が道路のアスファルトに埋まるとき、きっと僕は微笑んでいたのだろうと思う。




