116.助け合い
私の顔色を見た紫音は、ようやくスプーンを配って、真っ先にプリンを頬張る。
「美和ちゃんは、ロイさんを助けることが自分のためになるって思ってるんだよね?」
「そう」
紫音にはざっくりと私の考えを話してある。
私はもうこれ以上、大切な人を亡くしたくない。紫音もマークもレオナルド様も、メーヴ城の人たちも、皆大事。けれど、その中でも特別に亡くしたくないのはロイで、しかも彼は死と近い場所にいる。怖い。
それでも城から送り出すことは避けられないから、それなら覚悟を決める必要がある。覚悟するために私は、仕事とは別に、ロイを助ける方法を探して実行する。
ロイは私を守りたいと言ってくれる。そのためには私のそばにロイがいてほしい。それでようやく私は守られていると安心する。
ロイの気持ちを尊重するためにも、私のためにも、ロイは生還させてみせる。
「美和ちゃんのためになることなら、あたしも頑張る」
「ありがとう」
「で、あたしのためになるなら、シヴァも頑張ってくれる」
「う、うん」
「そんでもって、シヴァのためになるなら、ハーミッドさんも頑張るよね」
「……うん、……うん?」
シヴァはともかく、ハーミッドは仕事に私情を挟まない気がするけれど。いや、シヴァに関してはどうなんだろう、やっぱり甘いのかな。
「ね。美和ちゃんは一人じゃないでしょー? あたし、頑張って助けちゃうよ!」
もう一口プリンを口に入れた紫音は、笑顔で続ける。
「ということで。早速あたしも助けてもらっちゃいまーす。
まず協力してほしいのはね、旅行鞄の充実とトラベルサイズのコスメね」
「……何ですと?」
「いやいや、バカにできないよ?
美和ちゃん、ゲームではどうやってアイテム運んでたの?」
ブルフィアでのアイテムは、装備品としてセットする他、アイテムボックスに最大99個まで詰め込める。私は大概、回復アイテムを余らせては売り払っていた。回復アイテム以外なら、料理アイテムを詰め込んだり、装備品を放り込んでいたり。
アイテムボックスのシステムもこの世界にはないと横に除けたもの。レベルやステータスの概念と一緒。
「その辺の仕組みはよく分かんないけどさ。トラベル用コスメって、自分で小さいボトルに詰め替えたり、試供品を使ったりするんだよね。こーんなちっこいサイズ」
ドラッグストアで試供品を貰ったことはある。私は使わずじまいで捨てるタイプ。
「日本の誇る技術は小型軽量化! ここでできないはずがない!」
「え、何その根拠ない自信」
「日本人の美和ちゃんがやるんだからできるできる」
どうやってやれと?
「ほら、このオイルの小瓶とジェルのチューブ。なんでこれが大々的に使われてないの?
薬師さんたちとも仲良いんでしょ? 大容量ボトルじゃない薬を開発してもらおう!」
言われてみれば……基本的に薬は個人で携行しないものだ。軍の場合は軍医さん。家庭の場合は常備薬。だからサイズは比較的大きい。
地位の高い人に付いている従者さんなら、応急薬くらいは持っているだろう。ここに来た時のキャスパー王子の従者さんがその例だ。それでも瓶詰めだった。
少人数行動をする斥候役だったラルドたちは、いざという時の為に薬は持ち歩いていたとは思う。サイズはどうなんだろう。
ハンドクリームのような、ジェルのような、今回のオイルプロジェクトのような容器を実際の薬に応用して、携帯薬として配布する。そもそも装備品という概念がなかったこの世界だ。薬を持ち運ぶという意識が(情報を報告した上層部はともかく)薬師たちにあるかどうか。そこからだ。
「いきなり薬は難しいだろうからさ、コスメからいこう、コスメから」
「思いっきり私情入ってるね」
「だからぁ、助け合いだってば。今回は荷物が嵩張ったから、泣く泣く取捨選択したんだからね?」
そういうものなのか……。
「鞄もさぁ、丈夫なのは可愛くないし、可愛い物は小さすぎて旅行には使えないし。馬に乗せられるサイズで可愛いやつが欲しい」
「やっぱり乗馬を諦めてないんだね」
「んー、それもあるけど。
ゲームでは皆、馬での移動だったんでしょ? エマちゃんには可愛い鞄を持たせてあげたいじゃない? 女子高生だよ? 可愛いものが欲しいって! 実用性と可愛さを両立させたいい感じのヤツ!」
そういうものなのか……?
「話はちょっと変わるけど。ゲームではさ、重要な情報はどうやって伝わってたの?」
「描写がなくって。今になってみると、鳥使いさんたちが伝令役をやっていたんだろうなって想像がつく」
「だよね、あたしも見たことがある。だから考えたんだけどね、あらゆるものを小型化したら、それで一緒に運べない?」
サッシュさんの鳥を思い出す。普通は書簡だけだって言っていたけれど、小さいものなら運べるかもしれない。
それならアイテムもこまめに補充できるかな。アイテムボックスとは少し違ってタイムラグは出るけれど、装備品に入りきらないアイテムを別に保管するという意味では、似たようなものかもしれない。
「ゲームシステムを、形を変えることで再現するのか」
プリンを食べ終わって容器を片付けながら、紫音が思案顔になる。
「今までの比較検証って、使える部分を優先的に取り上げていたんだよね? 重要なイベントが起こる背景とか、魔物の情報とか、ダンジョンのアイテムとか」
「そうだね。情報を提供するだけなら簡単なんだけど、イベントの背景は関係する事象が多くて。人間関係だったり経済だったり歴史だったり」
例えば、フェイファー事変後のビエスタ内乱で敵として参加している貴族たちは、何があって親フェイファー派となっているのか。
それを突き詰めていって、今回フェイファー動乱を起こさないことで内乱に匹敵する騒動は本当に起こさずに済むのか、あるいは邪神騒動で何か行動を起こされるのか。
それを防ぐためには何が必要なのか。どこまで国王にお願いして、どこまでラヴィソフィ領が動いて、どこまで内密に処理するのか。
ブルサンの戦争ターンで見えた一つの貴族私兵隊が、ブルニのフェイファー地方都市のアイテム事情に絡んでいて、それはブルイチで見た魔物の亜種に関連していて。
――と、そんな話もあった。極端な例だし、実際に「何をどうするか」についてはレオナルド様やマークの仕事だったから詳しくは分からないけれど、まぁそんな感じ。
「だからね、後回しにされてた部分に、面白い発見があるかもでしょ? ちょっと見方を変えると何でもないものが使えるものに変わったりしないかなー、って。
今回の美和ちゃんの、アイテムを敵に使えないかって話とかさ。システムにはなかったんだから普通は考えから弾くよね」
そう、そこが今一番知りたい部分。
聖水についてとか、魔除けの香の中身とか、分からない部分は色々とあるけれど、まずは「アイテムを敵に使うという行動は、敵を倒すことに役立つのか」が問題だ。
トニーさんの身体を張った検証で、魔物に対して一定の効果は見られた。ただし「敵が逃げる」という行動だった。
勿論それが分かっただけでも凄いのだけれど、できれば倒してしまいたい。
攻撃アイテムという概念のなかったこの世界で、魔物に対して、投げナイフのような物理攻撃アイテム以外で、携行できる、ダメージを与えられる物質……そういうものを作り出せるのかどうか。
「一から試行錯誤するのも楽しいけれど、正直時間が足らない。だから聞きたい」
「それでいいんだよー」
いい? と、ちっちっちと人差し指を振る紫音。
「美和ちゃんは、スマホの本体とか、SDカードとか、そういう存在」
「うん?」
「本体に入っている情報は、頑張れば探し出せるし、表示して皆に見せることもできる。人の顔をタグにして、同じ人が写っている写真をアルバムに抜き出すこともできるし、更新日順にソートすることもできる」
うんうん。分かる。
「あたしは、スマホを使って知りたいことを検索する存在」
「うん」
「SDカードにある写真データの、何枚かの背景に写っていた俳優さんのポスター。あれが誰だか分からないから、そのポスターの商品を検索します」
「ふむふむ」
「そしたら、そのポスターが貼られていた時期が分かりました。
なんと! アリバイの証拠として提出されていたその写真が、全く別の日時に撮影されたものだと分かったのです!!」
え、何でいきなり推理サスペンス風になったの。
「ちなみにその俳優さん、今度歌手デビューするそうです」
もはや何の喩えなのか分からなくなってきた。
「と、俳優さんの名前を調べようとしただけなのに、面白い発見がありましたー。
ふと閃いた、ふと気になった、そんなことからも何かが出てくるのが検索の面白いところ」
急に真面目な顔になった紫音。
「美和ちゃんは、全ての情報を持ってここにやってきた。ただそれだと多すぎるから、今は明らかに重要な『写真の人物』『写真の日時』を使っている。
その他に気付いた部分があるなら、積極的に検索かける方がいいと思う。気にしてもいなかった部分に何か意味があるのかもしれないし、新しい発見があるかもしれない。
余計な時間を取っているって恐れる必要はないの。それが写真データを細かく見ていける美和ちゃんの仕事なの、誰も文句は言わないの。
写真の被写体とか日時なんて、他の人だって確認できることなんだから」




