114.後任
情報収集という目的は一緒でも、書類を読むのと本を読むのとではまたちょっと違うよね。
個人的には本を読む方が好きだけれど、求めている情報が必ずしも手に入るとは限らないのが辛いところ。
数日間、そうやって書類と本と共に過ごしている。いた。
で、何でここにコールマン家の次男坊がいるんでしょうね?
出勤したらコレですよ。ニコニコと手を振るトムの後ろで、ロイがげんなりとした顔で額を押さえている。
つまり?
「ふふふ、傭兵隊隊長殿の後任は僕になりました。さ、それじゃあ早速、約束通りドレスを仕立てようか。ターコイズブルーがいいかな」
どうなんだろうこれ、本で殴るのはアウトでも、書類で引っ叩くくらいなら怒られないかな。
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「まず、俺はもう傭兵隊の隊長じゃない」
「知っているよ?」
「それから、俺たちはもう付き合っているんだからトム様が引っかき回すのはやめてくれ」
「ああ、前にそんなこと言って面白がっていたねぇ」
「…………。アンタは領騎士だろうが。守る対象が随分狭くなったな?」
「何かあれば、いくら戦況が良くても一度でひっくり返される。じゃあ、どこで何があったら困るか。前は領都だったけど、今はミワちゃんだって話だよ」
ソファセットで二人が話しているのを、身を縮めながら聞いている。
ロイの横に座っているけれど、横から禍々しいオーラが流れてくるんだよねぇ。え、もしかしてこの二人、犬猿の仲だった? トムなんてゲームに出てきていないし、全然知らない情報ですよ?
最初にコーヒーを出してくれたエリオ君も、そそくさと自分のデスクへと戻っている。ちゃっかりしている。
「言ったでしょう、僕くらいしか動ける人間はいないんだ」
トムの言葉に腕を組んで背もたれに身体を預けたロイ。ある程度の話はされてきているようだけれど、私は全くもって事情が分からない。仕方ないから一つずつ質問していくことにする。
「トム様が強いのは分かっています。書類の読み書きどころか、何かあった時の陣頭指揮まで執れるのも知っています。レオナルド様からの信頼は当然ですよね。そこまでは納得できるんですが」
「ねぇねぇ、そろそろ敬語やめようよー」
知ったことか。
「まず、動ける人間がいないという点を詳しく教えていただけませんか?」
「敬語やめたらね」
………………。
「分かった分かった。それはまた今度にするよ、話が進まない。
で、僕以外でミワちゃんの補佐兼護衛に就ける人は誰かいないのか、って話だね。
具体的に『この人!』っていうのは頭にあったの?」
具体例はともかく、後任選出には二パターンあるとぼんやり思っていた。
ひとつめは、私が顔と名前を一致して覚えている程度に重要な人が着任するパターン。重要というのは、機密文書にアクセスできる程度の地位を持っている、と言い換えてもいい。マリクさんとかかな。
ふたつめは、エリオ君のように、既にレオナルド様の配下として動いている人の配置換え。単なる文官さんだと警備面に不安があるし、単なる護衛さんだと書類仕事がどうなんだろう。だから両方ともできるエリートさんとかがいたりしないかな。
そんな風に思っていたから、ここで名前を出すならやっぱり、
「マリクさんとか」
かなぁ。
「彼はラルド様たちに随伴して首都へ。そのまま首都の担当として動いてもらう。ほら、家もあるし」
そういえばマリクさんは貴族だったね。
「じゃあ、傭兵隊の第一部隊長だったアシュカさんは」
「ダリス様と一緒にギルドの方の調整」
「第三部隊長のテオさん」
「各地ダンジョン攻略の陣頭指揮」
「念の為、お兄さんは」
「マイケル兄さん? 引き続き軍の担当だよ。これから領内の一般市民に対して色々働きかけるんだし」
私が会議で呆けていた間の話は、議事録で後から知った。
軍は邪神情報が明らかになった後の混乱を抑える仕事を主とするらしい。各都市での活動を増やし、主人公パーティーが討ち漏らしている魔物の対処をしたり、低レベル志願者を弾いたり、混乱に乗じて悪さをする不届き者を捕まえたり、衛生管理に今まで以上に気を配ったりと、割り振られる仕事は多い。
そうか、一応聞いてみたけどやっぱり無理か。
「ところで、軍がそういう動きをするのに、領騎士はいいんですか?」
「同じように仕事をしているに決まっているでしょう? 軍と協同して各地の防護と治安維持を担っているよ」
じゃあ何でトムがここにいるんだ。
さっきのロイの文句までようやく追いついた。
「領騎士の全員が防衛に回っているんじゃないんだよ。四分の三、といったところかな。後は本人の適性や仕事内容を鑑みて別任務。セリアだってそうでしょう?
僕は領騎士の筆頭。重要な場所にいないとね」
なるほど、まぁとりあえずは納得。
「さて、少し話を変えようか。
父上はご自分も相当お強い上に、執務区域には護衛を置いている。念の為に影も複数使役していることも知っているよね。
エマにはラルド様とケイン。
シオン様にはシヴァ様とハーミッド様」
重要人物の護衛の話か。
軍トップ、ラヴィソフィ領主のレオナルド様に護衛がいるのは当然。
重要な役割の聖女にも護衛は必要だ。専門の護衛さんたちも何人も随行しているだろうけれど、それ以外に身近で守ってくれる人が誰かしらいる。
ラルド自身も重要人物だけれど、そういう意味では三人が相互に守り合っていて、それを更に守る形でロイとセリアなのかな。
前に聞いた話だと、奥は城表以上に警備が強固らしいから、ソニア様も守られている。
あれ?
「マークには?」
「あれ、知らない? あの人、自己防衛くらいならお手の物だよ。出陣するまでならそれで事足りるもの」
誰かを守るのでなければ問題ない、と。
そういえば鍛えた身体してたよね。事務職なのに短剣が使えるのもゲーム公式設定。『使える』っていうのが『自衛に困らない』って程度なら、城内で護衛がいなくても良いのか。軍師とはいえ一軍人だ。がっちがちに守られるトップとは違う。
「で、一番戦えない重要人物が君なんだけど」
本当だ。何で皆そこそこ戦えるんだろう。……軍だからか。
「君も神に名指しされた準・聖女でしょう?」
「何ですそれ」
「しっくりくる肩書きがまだないんだよ。情報担当なんてさ、それこそ軍の一部署程度の軽さじゃないか」
神から言われた「情報担当」という役割は、肩書きには不相応らしい。私は別に問題ないんだけどな。
「箔が付かないでしょ。外部の協力を取り付けるには身分や肩書きが大事なの。和平会談に母上が参列した時のこと、君だって見ていただろう?」
オイルの責任者が領内政を取り仕切る辺境伯夫人。そうだね、話を聞こうという気になるね。
「あのね、ミワちゃん、どうもよく分かっていないみたいだけど。
今まで『聖女』が重要視されてきたのは、過去の騒動で毎回神に遣わされ、『浄化』魔術に付随する癒やしの力が有名で、神話でも伝わる程に世間に浸透した存在、だったからだよ。
君は今回、歴史上初の聖女ではない、神に遣わされた人間なんだ。聖女という肩書きとは別の、それにふさわしい呼び名がつけられるべき人なんだよ」
私は神から助っ人に呼ばれた人間。聖女とは違うアプローチで邪神に向かう。
先日の会議で、思っている以上に私の重要性が増したらしい。私は今まで通りの仕事をすればいいんだね、くらいの気楽さだったのに。
ティアラを乗せられなかったんだし、別に一般人でも良いと思うんだけどな。情報全振りステータスで、何か特別な才能があるわけでもなし。
でもまぁ、聖女とは言えないけれど神に選ばれた人間、と言われれば、間違っちゃいないんだよね。
「と、君の重要性は理解できた?
でも君は、聖女様方のような最低限の自衛手段がない」
エマちゃんは剣術、シオンは水と土の魔術。
私は……せいぜい、唐辛子やコショウを懐に忍ばせておくくらい? 催涙スプレーとかここにある?
「出歩く先は主にデイ森とユタル神殿という近場だから、本人の戦闘力がないのはまだ何とかなる。ただその分、護衛はしっかりした実力者にしたいよね。
そこで、最初の話に戻るワケ」
なるほど、確かに他に人はいない。そして妥当だと思える人選だ。なんたって領騎士、領都を守る仕事。何かを守って戦うプロフェッショナルだもの。
……ただ、もう一つ気になるのがね。
「ロイは『安心できる人選をする』って言ってたけど……」
横を窺う。
ロイが嫉妬しないって条件は大丈夫なのかな。ソニア様、トムはまだフリーだって溜息吐いてたけど。
「ああ、それはな、レオ様にこっそり教えてもらったよ。トム様はずっと」
「おおぉっとぉ? それは特に着任理由に必要ないんじゃないかなぁ?」
私を見てニヤッと笑ったロイの言葉を、真顔で遮るトム。ロイは何か弱みを握っているらしい。
エリオ君を横目で見ると、運び出す書類の山の一番上に何気なくペンを置いて、素知らぬ顔で部屋を出て行く。書類を運ぶついでにレオナルド様に聞き込み取材をするんだとみた。よし任せた。




