112.検証
荷物を広げたサッシュさんが窓際へ移動して口笛を吹く。
やがて、窓の桟に鳩がやってきた。小さい紙に何か書き付けてから鳩に持たせ、そのまま空へと飛ばす。
ほうほう、これが鳥使い。これもゲームには出てこなかった技能だ。
誰でも使える一般的な技術じゃなさそうだけれど、誰も驚いていないところを見ると、よく知られた職業(?)なのかも。使える人がどれくらいいるのか、要調査。
……全てが情報収集に結びついてしまう。使えるものは何でも使いたいよね。
「鳩だけじゃないぜ、サッシュの使い鳥」
サッシュさんを眺めていた私に気付いたのか、トニーさんが休憩でお茶を飲みつつ説明してくれる。
「でかいところだと、グリフォンとか」
「え、グリフォンって魔物じゃないの!?」
森に近い草原フィールドで出てきたよ?
驚いていると、サッシュさんが笑いながら席に戻ってきた。
「野生のグリフォンを家畜化したものですから、私の相棒は魔物ではありませんよ。
他の魔物でもそうでしょう、野生の狼もいれば、狼の魔物もいる。野生の虎もいれば、慣らして曲芸に使われる虎もいて、魔物の虎もいる」
ふぅむ。その辺りの認識も曖昧なままだった。というか、グリフォンってここでは一般的な動物だったんだ。もしやキメラとかも自然にいるのか?
それは置いておいて。少し見えてきたものがある。
獣型の魔物は、野生の一部が邪神からの瘴気によって魔物化。
この世界の自然に存在しない生き物――どれが相当するのかは分からないけれど(だってグリフォン……)――の形を取った魔物は、最初から『そういう魔物』として発生したんじゃないかと睨む。今回のヴァンパイアはこれだと思う。
もしかしたら、それぞれで挙動に違いがあるかもしれない。ゲームの敵キャラの情報を浚ってみないと。
ココさんは何か察したのか、考え込んだ私に紅茶のお代わりを注ぎながら笑う。
「さすがにこのお城にグリフォンは来られないと思いますよ」
残念。ちょっと見たいと思ったけれど、その機会はなさそうだ。
紅茶で喉を潤したサッシュさんが、気を取り直すようにパチパチと手を合わせる。
仕事の話に戻るようだ。
「検証と言っても、実際にまたあの魔物に会いに行く訳にはいきませんから……」
そりゃそうだ。
「ひとまず、ここだけでできる実験を考えてみようかと思います」
テーブルに紙を広げて書き込みを始める。
「まずは簡単なところからいきましょう。
ゼラニウムの効果効能。既に製品用の調査は進んでいますが、今回は『魔除け』の効能があるかを追加で見ましょう」
サッシュさんは、一掴みの草束(これがゼラニウムらしい)と小さなガラス容器、親指の先ほどの小瓶を取り出し、それぞれを何やらセットしてから手をかざした。
これが噂の、エルフの植物エッセンス抽出方法か……!
小さいからかすぐに終了し、5mlあるかどうかのエキスがトニーさんへと渡る。
「オイル混ぜていいのかな」
「それもそうだね」
私とトニーさんで顔を見合わせる。
オイルに混ぜるということは希釈するということで、もし効果があったとしても薄められることで消えてしまう可能性もある。
「というか、どうやって検証するの?」
「今までだと、どんな成分が入っているかを調べて、その成分が影響すると報告されている症例を調べて、似たような報告例のある成分や植物を調べて、臨床データがあれば引っ張ってきて、その辺を全て照らし合わせて見当をつけてから……――」
何だか長々と説明された。とりあえず、成分検査をして文献に当たって目星をつけたら臨床実験、という流れが基本らしい。
今回は人への影響ではないから、成分を調べてもそこから先が進まないように思う。
「一番簡単な方法があるじゃないか」
呆れ声の先生がトニーさんに何かをバサリと放り投げる。
「外行ってそこらの魔物に投げつけてきな。結果は一発だろ」
投げられたのは、防刃ジャケットだった。
何かあっても治療代はタダにしといてやるよ、という先生の言葉に「マジかよー」と嘆きながら、それでもトニーさんは城の外へと向かっていった。城下町ではなく、城表から直接城壁を通って下っていくらしい。そっちの方が魔物のいる確率が高いとか。
「この辺りの魔物は弱いから大丈夫だろ」
涼しい顔でカップを傾ける先生。
確かに、初期マップであるこの近辺はエリアボスを除けば雑魚中の雑魚ばかりだ。……それにやられかけてたのは誰だ、というツッコミは受け付けない。
オイル……じゃなかった、エッセンスが効かなかったとしても、防刃ジャケットと気休め火魔術、そして念の為とココさんから渡された果物ナイフ、これで何とか帰還はできるはず、らしい。
「次に行きましょうか」
器具をしまったサッシュさんが、何事もなかったかのように続ける。
「ミワさんの言う『聖水』ですね。そういう存在が今までにあったかどうかを調べることがまず一つ」
「私の仕事でもあるから、それは請け負うよ」
ですね、と頷いて先を続けるサッシュさん。
「今、森の水を取り寄せています。文献より先に、それを使って実際の効果を見てみましょうか」
前回運んでいた水は全てパーになっている。
荷物は、実験で足りなくなったり今後たくさん使うと分かってるものを森から分けてもらったものだった。すぐに使うものは当然追加手配されたらしいけれど、水はこっちにもあるから後回しにされていた。
ということで、さっきの鳩はその連絡に使われたらしい。
「聖水の効果をどう調べるかが次の問題かぁ」
魔除け効果はそこらの魔物でも分かるけれど、これはアンデッドに関わるアイテムだからそう簡単にはいかない。
聖水はゲームに出てこなかったんだから、魔物に効くのか、状態異常に効くのか、その辺りも全くの未知数だ。
検証するためにはその片方、できれば両方を確保しないと。
「アンタの言うアンデッドってのは、一体どういう存在なんだい?」
先生が奥からカルテの束を抱えてきた。「覗き込むんじゃないよ」と釘を刺してから傍らのデスクにどんと置く。症例を探してくれるらしい。
そっか、その段階から説明しないとだね。
「アンデッドとは、生者でも死者でもない存在と言われています。
今回のエリアボス、ヴァンパイアは、アンデッドの類いですね。
ヴァンパイアはレアエネミーだからともかく、ゾンビ、スケルトン、グールなんかは比較的出没しやすいはずですが」
意外にもココさんが頷いた。
「骨の魔物の話は、出入りの業者さんから先日聞きました。石を投げたら当たって骨が砕けたんだ、って自慢気にお話しされていましたね」
スケルトンは物理攻撃に滅法弱い。変に魔術を使う必要はないし、奴はこの近辺にもちょこちょこ出てくる魔物だ……つまりこの辺りのスケルトンはもの凄く弱い。
ちょっと腕に覚えがある人なら、上手く投石が当たれば一撃KOもあり得る。
「で、骨って普通は動かないですよね?」
「ですねぇ」
「死んだ後に残るものですよね?」
「ですねぇ」
「それが生きているかのように動くんだから、『生きても死んでもいない存在』という訳です」
「なるほど」
ココさんが納得したならサッシュさんや先生も大丈夫だろう。
「それから、アンデッド症状と言われるものですが……」
アンデッド系の状態異常は、ゾンビ化とかかな。ゲームでは出てこなかった。どうなんだろう。
「回復すると苦しむような症状ってあります?」
「痛くてぎゃーぎゃー泣き叫ぶんじゃなくてかい? どうかねぇ……軍医の方に聞いてみた方が良いかもしれないね」
思い当たる節がないのか、紅茶を飲む手を止めない先生。
「だいたい、さっきのグール? だとかも、この辺では聞いたことがないからね。骨の魔物もここ最近のようだし」
そうかぁ。それならレベル帯の高いエリアに行く人に聞いた方が良いのかもしれない。
けれど、一つ情報はゲットした。スケルトンならこの近辺でもエンカウントする。
私のメモ書きを見たサッシュさんが、何故か頷いた。
ごそごそと荷物を漁ったかと思うと――
「トニーが戻ってくる頃には、水も届いているでしょうし」
笑顔で取り出したのは、エルフの塗り薬。
わー、またトニーさんに行かせる気だねー。




