111.閃いた
昼食からトニーさんたちと合流した。
今日は午後ずっと一緒にいるんだし、と、久々に仕事の話抜きのご飯。せっかくだからキッチンを借りて八宝菜丼を作ったよ。気分転換の料理は楽しい。
サッシュさんにベジタリアンかどうか確認したら、特に種族としてどうこうはないらしい。本人はウニが嫌いだとか。うん、私がウニを使って作れるのは海鮮丼くらいだよ。ウニクリームコロッケ食べたいなぁ……今度シェフにおねだりしよう。
ともかく、今日は八宝菜丼に卵スープ。デザートはフレッシュオレンジを拝借してきた。
「奥様からの報告書では、オレンジの香りも評価はそこそこあったんだけど」
仕事の話はしないって言っていたのに、トニーさんはそんなことを言い出す。
「手がオレンジ臭くなるって意見と真っ二つに割れてたんだよ」
「改善点が多いものは後回しにして、手を着けやすい部分から優先的に。セレクションに関しては何としても製品化にこぎ着ける、という方針ですから」
セレクション……聖女セレクションのことだね。
「私たちは午前中でそちらの仕事を抜けると連絡しています。今日はまた別なのですよね?」
サッシュさんが綺麗に食べ終わった器を少し押し出す。
「うん、昨日話してもらった、エリアボスの謎の挙動についてもうちょっと検討を。それに併せて、ゼラニウムについて」
なし崩し的に仕事の話になりそうだ。せっかくゆっくり食べられるご飯なんだし、もうちょっと味わって食べようよー。
******
仕事道具を抱えて医務室へ移動する。
先生は「けっ」と文句を言いつつもテーブルの上を広く空けて横に退いてくれた。興味があるようで話は聞きたいらしい。ティーカップを持ってきてテーブル横に陣取る。
こちらとしても、そもそも仕事に引き込もうと考えていた相手だし、むしろありがたい。……まだチームに加わってくれないのかな、先生。
「まずはエリアボスの挙動からいきましょうか」
書類をバサバサと広げながらサッシュさんが切り出す。
「森から運んでいた荷物ですので、内容物の純度など調べさせました。問題はなく、純度も99.99%を保証されました」
「思った以上に高い純度だね」
仕事で使っていた試薬を思い出す。あれでも99.8%ってところじゃなかったかな。
こちらでそのグレードのものがあるとは思ってもみなかった。
「商品化するための材料ではなく、実験のための試薬でしたから。森では一般的なものです」
「「凄いな」」
私とトニーさんの言葉がハモる。
「ですので、紛れ込んだ他の物質が影響した、とは考えにくいかと」
サッシュさんの差し出した書類を見ながらトニーさんが唸る。一通り目を通して書類をテーブルに置きながら、
「そういえばさ」
と顔を上げた。
「エルフの森の川って、確かリューク大山脈から流れてきてるんだったよな?」
「ええ、そうです」
私がきょとんとしているのを見たサッシュさんが詳しく説明してくれる。
「リューク地方とフェイファー国を隔てる大山脈があります。ここは豊かな山が連なることもあり、水資源が豊富なのです。
ビエスタ南部側に流れ出てくる川は、ほとんどがリューク湖へと流れ込みますが、一部は本流と合わさる前にデイ森を通る形になっています」
リューク高原部を通った水が一度地下に潜り込み、森の直前に湧き出てくるらしい。
ゲームでは湖から流れる川の描写はあったものの、それ以外は特に描かれていなかったし、私も特に意識していなかった。
「一度地下を通ることもあり、天然の濾過がなされています。不純物を取り除く助けになるので、森の水はより純度が高いそうです」
ふむふむ、と手元のノートに書き込んでいく。ゲームとの違いと取るよりも、単に描写されていなかった点だとすべきかな。
「オレが気にしてるのは、水の純度じゃなくって」
私がメモを取る手を止めたところを見計らって、トニーさんが話を再開させる。
「大山脈って、一部では『霊峰』って呼ばれてるんだろ?」
何ですと?
「有名な話なの?」
「一般的にはどうなんだろ」
サッシュさんを見ると一つ頷いた。先生は鼻を鳴らしながら当然だろうという顔をしていて、看護師のココさんは眉を下げて首を傾げる。全員が知る程ではないけれど、まぁまぁ有名……といったところか。
「奥様に邪神チームに入れって説明された後に慌てて調べたんだ。オレってあんまり信心深い方じゃないから、その辺の知識が少なすぎてさ。
総司令官商品と聖女商品がもう決まっていただろ? 何か製品化にいい情報がないかって奥様に相談したら、書庫をバーンと」
邪神の話で先生をちらっと見たら、紅茶を飲みながらしっしっと手を振られた。面倒なことになるから聞かなかったことにするらしい。
「で、話を戻して。今サッシュの書類見ててその話をふと思い出したんだよ。
邪神に対しての神様だろ? それなら魔物に対して霊峰の水は効果あるんじゃないか、って」
がっと頭に血が上ったのが分かった。怒ったんじゃなくて、興奮した方。
「まさかそれ、聖水じゃ?」
ブルフィアシリーズにはそのアイテムは出てこなかった。けれど、他のRPGではお馴染みのアイテム。
アンデッド系の状態異常となった味方の回復に使ったり、MP回復に使ったり。そしてゲームによっては、敵のアンデッドに使用して攻撃したり。
皆に説明する。
「待ちな。エタノールはその水と反応して殺菌効果が出たって考えたらどうだい?」
先生の指摘に、トニーさんがゴクリと喉を鳴らした。
エタノールで殺菌・消毒効果を出すには多少の水が必要だ。大体70%前後の濃度が効果的と言われている。
純度が高いエタノールでは殺菌効果が少ないけれど、その場には霊峰の水があった。
殺菌という名前の通り、菌を殺すのが消毒用エタノール。
アンデッドの構成が実際どうなっているかは分からないけれど、腐敗を促す攻撃をしてきたりするのだから、何らかの菌が多く付着している可能性は高い。
「ゼラニウム」
サッシュさんがぽつりと呟く。
「聖女様が仰っていましたね、そちらの世界では魔除け草という異名があったと」
紫音が言っていた。ゼラニウムは『虫除け草』『魔除け草』と書かれて売られていた。私の夢で蚊取り線香のような描写になっていたのはそのためだ。
エリアボスのヴァンパイアには、魔除けの香は効かなかった。魔除けの香の中身が何かはまだ分からない。
それはそれで別にして、今回のケースだと、「聖水」「消毒液」「魔除け草」がその場に大量にあった。……聖水とかその辺りはあくまで仮定だけど。
あと、あの場にあったものといえば――
「アガーって、ゼリーみたいなお菓子に使ったりするものですよね?」
お菓子作りが好きなんです、とココさんが話に加わってきた。
「水をこぼしてしまったら、ダマになりますよね?」
私はお菓子作りが正直得意ではなくて、簡単にできる寒天デザート以外はきちんと覚えていない。
実験の時には沸騰手前まで温めたお湯に、攪拌しながら徐々に溶かしていく。いきなり水を入れたら変に固まるからね。同じだと考えればいいのかな。
「だからその時も、水を吸ってべちゃべちゃになったんじゃないかしら、って」
「あ! アガーが液体を吸ったから、地面に広がらなかった!?」
トニーさんがペンをテーブルに投げ出す。
「検証しましょうか」
サッシュさんが仕事道具を取り出した。




