107.泣いたカラスがもう
「それが」
ロイの声は、いつも以上に柔らかかった。
「それが、お前の、本当の悩みだな?」
ロイが私の眼鏡を取って、下瞼に指を滑らせる。うっすら滲んだ涙を優しく拭われて、余計に私は泣けてくる。
「何も見えない状態で、もう一度言ってみろ。いいか、余分なものは何も見ないで。自分の気持ちに従って。
ここにはお前の言葉を否定するヤツなんて誰もいない。だから、何も見ないで、ミワ、お前の正直な気持ちを俺に教えてくれ。
大丈夫だ。俺は、お前の気持ちごとギュッと抱き締めてやるから」
眼鏡がない上に涙の膜が分厚くなっているせいで、目を開けていてもほとんど何も見えない。目の前のロイの色だけが、ボンヤリと見える。
何も見ないでって言われたけど、それでも私はロイを見る。
涙が次々零れだしたから、瞬きなんてしなくてもいい。ロイに伝えなきゃと思うから、まっすぐ顔を向ける。
ロイが出陣するのが怖い。邪神の目の前にいると考えるだけでも怖い。でも、ロイがここに残ったら邪神戦の戦力が落ちてそれも怖い。
何をどうしたって怖い。
前に先生が言っていた。
全ての人間を救うなんて、そんなの神でもなきゃ不可能な話だ、って。
こうも言っていた。
医者として人の死に直面していたって、人が死ぬのを見ているのは怖い、って。
そして、こうやって言っていた。
恐怖を吹っ切れたのは、目の前の人間は全力で助けると決めたから、って。
目の前の人間を助けられなかった時は自分の力不足だから、それを糧にして次へ進むんだ、って。
特別な存在のロイに対してもそう思えるのかどうか。いや、糧にして次へ進むぞ、なんて簡単に切り替えられないと思う。
だけどどこかで吹っ切らなきゃいけない。ロイがどういう仕事に就こうが、今は間違いなく戦う人で、私や皆を守るためにここにいてくれるんだから。
吹っ切るという気持ちが、覚悟を決めるってことだと思う。
それならやっぱり、先生と同じく、目の前のロイを全力で助けたい。
「そう思うからね、全ての怖い思いを飲み込んで前を向くために、私は全力でロイを助けたいんだ。
それは勿論ロイのためなんだけど、自分のためでもある。
自分に自信はないけど、それでも私が何もできないのは悔しい」
言い終わって深呼吸したら、向かい合っていたロイに引き寄せられて抱き締められた。いつもと違って眼鏡がないから、ロイの胸元に思いっきり顔面を押し付ける。
シャツが濡れちゃったけど、その冷たさが徐々に温められて温くなっていく。それに何故か安心する。
「俺はな」
直接身体に響いてくるロイの声。
「情けないことに、お前を守る方法を見つけられなかったんだ。
守ると言葉では言えても、具体的にどうするか、考えられなかった」
思ってもみなかったことを言われ、しゃっくりが止まる。
「ただな、今これだけはハッキリ言える。
ミワのその思いは、絶対に俺が守ってやる」
顔を押し付けていた力を抜いたら、今度はロイの手が優しく頭を抱き込んでくれた。
「守られるのは性に合わないが、お前に守られるならまた別だ。だから安心しろ、安心して守ってくれ。
……さて、そうなると、お前の考え以外を守るのにはどうするかだな」
「ロイが生きて帰ってくるのが結果的に私を守ることになるんだけど、その方法が分からないから行き詰まってるんだよね」
そうだな、と重々しく頷かれた。
戦いに絶対なんてない。「絶対に戻ってくる」って言うのは決意としては重いけれど、確約にはならない。
だから大事なのは、生き残れる確率を少しでも上げること。それはレオナルド様もシヴァもマークも皆分かっている。
シヴァが紫音の生存確率を上げるために人海戦術を採ろうとしていたように。
マークが(私はちゃんと聞いていなかったけれど)軍もフル活用して関わる人数を増やすと話していたように。
そして何よりここに来た当初の私自身が、自分の生き残れる確率を上げるために行動し続けていたように。
そうだよ、私はここに来た時、生き残る気満々だった。ま、「自分だけでも」っていう自分本位な考え方ではあったけども。
その時にベースとなっていたのが、ゲームのストーリー。
メーヴ城は戦火に見舞われず、クルスト軍は勝ち、首都には大魔術師のシャイニー様がいることを知っていて、だから私は何とかここでブルイチをやり過ごす事を考えた。そのためにそれまで生活しなきゃダメで、生活するために仕事をもらって、軍には首を突っ込まないことにした。結局色々あって方向転換することになったけど。
神の思惑としては話を逸らすのが目的だったらしいから、そのまま過ごすことはできなかった訳だけど。それを横に置いて考えると、なかなかいい線行っていたと思うんだよね。
だから私は、自分の情報を武器にする。
ロイがその身体で守ってくれているように、私は頭の中身で守る。
情報を得て情報を提供するのは、私の仕事そのものだよね。そうじゃない。私は今、ロイのための情報だけを抜き出す。
うん。ロイが私を守る……無事に戻ってくるためにやることは、一緒に情報を整理して、それをロイの物にすることだよ。
私がそう言ったら、もう一度頭が抱き込まれた。
******
さて、ゲームのストーリーを元にロイの生存確率を上げる動きを考えてみよう。
……と言ってもねぇ。
「ゲームはレベルカンストして武器防具アイテムをバッチリ準備すれば、脳死プレイでブルサン邪神もクリアできるんだよね」
「脳死ってのは?」
あ、うん。そういう俗語というか……何となく察して。
「とにかく、一番安全にクリアするためには、事前準備をしっかりする、と。今回、武器や防具、アイテムに関してはゲーム通りに準備できるはず。
で、問題なのが、レベルとかステータスの概念」
さっきから私が「それさえ分かれば」と泣いている理由がこれなんだよね。
「まずはストーリーの方からアプローチしようかな」
身体の向きを横に変えて、ロイの肩に頬をくっつける。
寄り掛かりながら、主にブルニとブルサンの話を思い出していく。
「ブルニのロイの大きな仕事は、ラルド・エマ組とケイン・セリア組の間を取り持つこと。
ブルサンでは、記憶喪失になっちゃった女の子を守る役。この子はケインが今までの反省をするのに必要なファクター」
戦闘以外のロイの仕事は、皆が頼れる、パーティーのまとめ役。明確なキャラクターだ。
「ラルドたちがスムーズに戦えるように調節する役ってことだよな。
あー、つまりだ。戦闘に必要な連携を取りやすくさせてる」
そうか。ゲームの戦闘ではあまり感じていなかったけれど、実際には戦闘でもコミュニケーションは重要だ。
ん、と何かに気付いたように呟いたロイに、私は頭をもたげた。
「戦闘の連携ってとこで気になったんだが。少人数で戦うと連携が取りやすい、って利点があるのは分かるな?」
だね。私でも分かる。二人三脚よりも三十人三十一脚の方が大変だよね。
「ある程度周囲を見ることができるから、自分の得意な戦い方がしやすいってのもある」
ん? 何となく分かるような、分からないような。
「ガンガン打ち合うタイプのヤツもいれば、ヒット&アウェイで離脱するヤツもいる。離脱するヤツと入れ替わりに魔術の威力をコントロールして食らわせるヤツもいれば、とにかく派手な魔術をぶっ放すヤツもいる。
それが、剣で斬りかかる人数が多ければ多いほど斧を大振りできないし、魔術の大きさも限定的になる。そうなるとセリアみたいに剣に魔術を乗せるって戦い方が有利になるが、それが苦手なヤツもいるんだよな」
ふむふむ。
そう言われると、オールラウンダーのラルド、魔術お化けのケイン、魔剣士のセリア、剣術オンリーのロイ、ほぼヒーラー特化のエマちゃん、というのは連携取りやすいパーティーなんだね。
「もう一つ気になったのが、さっきのレベルって考え方だな」
「それが何かに関わってくるの?」
「前に、レベルが上がるとどうなるんだ? って聞いたら教えてくれただろ」
言ったような言っていないような。
とにかく、レベルアップすればステータスがアップする。そして……
「技が増える?」
そうそれだ、とロイの手に力が入った。




