過去のプランと明日のプラン
狂乱のディナーが終わり、エラリオを救出するためにアリスとレオが王宮警察へと向かった後。静けさを取り戻したテラスで、俺は夜風に吹かれていた。
「アッシュ坊。お疲れ様」
厨房から歩み出てきたデュークが、温かいハーブティーのカップを差し出してきた。俺はそれを受け取り、小さく息を吹きかける。
「デューク。レオから連絡があったよ。殺された被害者……そいつは、先日の昼食会の直後から、密かにレオに接触しようとしていた奴らしい」
「ほう」
「『先日の昼食会で使われた、第一王子のグラス……あの縁に塗られていた遅効性の猛毒について、調達ルートの情報を掴んだ。相談に乗ってほしい』と、密書を送ってきていたそうだ」
デュークのアイスブルーの瞳が、すっと細められた。
「なるほど。口封じ、か」
「だな。それにしても、小賢しい二段構えの策謀だ」
俺はカップの縁を見つめ、思考を整理するように呟く。
「まずプランA。『サウナ室での長湯による脱水事故死』。毒も使わず、外傷も残さない。事故として処理されれば、誰の捜査も入らず完全に闇に葬られる」
「理想的だな。だが、医師官が『不審な窒息の痕跡』に気づいた、と。ヴァレンタイン王家の医師官は優秀だな」
俺は黙って肩をすくめた。
「その時の保険がプランBだ。他にも方法はあっただろうに、わざわざ『窒息死』させ、現場の担当者である風魔法使いのエラリオに容疑が向くよう誘導している。これならレオ派の勢力に濡れ衣を着せて切り捨てられる。どちらに転んでも、黒幕には一切の火の粉が飛ばない小細工ってわけだ」
証拠を隠し、もしもの時は政敵を罠に嵌める。
前回のグラスの毒といい、今回の口封じといい、宮廷の闇で糸を引いているだろう黒幕の胸糞悪さは、並大抵のものではない。
「……2年前の、父上と母上の馬車事故」
俺の呟きに、デュークのアイスブルーの瞳が微かに揺れた。
「あれも、表向きは『悪天候による崖からの転落事故』として処理された。だが……今なら分かる。あれも綿密に計算された、誰かの『プランA』だったんだろうな」
胸の奥で、静かで温度が低い、しかし、決して消えることのない炎がゆらめく。
だが、俺はすぐに息を吐き、カップをソーサーに戻した。
「まあ、いいさ。勝手にするがいいさ。……俺の食事の邪魔しない限りはな」
「そうか。頼もしい限りです、フォックスウッド公」
デュークが柔らかく微笑んだ。
「さて、デューク。明日の朝食は何だ?」
「おや、もう明日の胃袋のご相談ですか? 実は、あの魔導スティックミキサーの高速攪拌が大変気に入りましてね。卵白を極限まで泡立てた、ふわふわの『スフレオムレツ』などいかがかと考えておりました」
「スフレオムレツ! それはいいな!」
俺のテンションが一気に跳ね上がった。
「そうだデューク、今度お前に『たまごふわふわ』のレシピを教えてやろう」
「……たまご、ふわふわ?」
百戦錬磨のエルフのシェフが、珍しくぽかんと首を傾げた。
「ああ。前世の日本という地域に伝わる、出汁と卵だけで作る至高のスフレ料理だ。お前の技術と魔法があれば、とんでもない極上のものができるぞ」
「ほう……それは興味深いですな。明日の仕込みが終わったら、ぜひ詳しくお聞かせ願えますか」
二人の笑い声が、静かな夜のテラスに溶けていく。
国家の危機も、冷酷な陰謀も、明日の極上の朝食を前にすれば、ただの取るに足らない付け合わせに過ぎないのだ。




