3章「勉強は大人になるほど難しい」
「次の内、炎に弱い魔物はどれか。A、グリーンスライム。B、ホブゴブリン。C、ギガウルフ」
私が読み上げた過去問題のテキストに、獅子堂さんがバンッと机を叩いて身を乗り出した。
「A! 草っぽい名前だから!!」
「正解は全部。一般的に魔物は炎に弱く、体内に発火機関を持つ物でなければ有効である」
「全部って答え有りなら先に言ってよー!!」
獅子堂さんが抗議の声を上げ、机に突っ伏した。
ダンジョン探索の資格を得るための勉強を始めてから1週間──今日もオフィスの机で問題集に囲まれている3人の調子は如何ともし難い物だった。
「じゃあこっちはどうかしら。一般的な銃魔機のパーツごとの名称と、その分解手順を順番通りに並び替えよ──」
涼風さんが別のページをパラパラと捲りながら問題を読み上げると、獅子堂さんは突っ伏したまま頭を抱えてじたばたと暴れ始めた。
「あ~~むり~~~~!! これ全部覚えるの~!?」
「む、難しい……」
八重樫さんも専門用語の連続に丸眼鏡の奥で目を回している。
私はホワイトボードの前に立ち、教師さながらに水性ペンを鳴らした。
「どれも必修ですよ。これくらいで音を上げてたらキリがありませんね」
「ほげ~~~~……」
完全に魂が抜けたカエルのような声を出す獅子堂さん。
そんな彼女を尻目に、涼風さんは山積みにされたプリントの束をペラペラと扇ぐように揺らした。
「それにしても、驚いたわ。どうしてウチの事務所にダンジョン探索免許の過去問題がこんなにあるのかしら」
「確かに。あっもしかして社長も最初からダンジョン配信にシフトするつもりだったとか?」
「そうではないですよ。まぁこれは──私の趣味みたいなものだと思ってください」
その質問に対し私は適当な言い訳で濁し、視線を逸らした。
「あ~、いるよね資格取るの趣味な人。社長変人~」
「無駄話してないで、頑張ってくださいね」
「は~~~~~い……」
気の抜けた返事と共に、三人は再びテキストへ向き直る。
少ししてから涼風さんがシャープペンシルを置き、ふうと優雅な溜息をつく。
「学科、実技、適性検査。正直甘く見てたわ。結構難関なのね、ダンジョン探索資格って」
「じ、実は凄い系の資格……っていうか、ランク高い資格は本当に超難関……」
ボソリと補足を入れたのは、八重樫さんだ。
「ランク?」
「そ、そう。ウチらが受けようとしてるのがノービスっていう一番初心者向けので、そこからアドバンス・ディープ・マスター……って上がってく」
「へ~~剣道の段位みたいなのあるんだ」
「て、っていうか、入れるダンジョンの規模が大きくなったり、使える魔機が増えたり……やれる事増えるって感じなんだって」
「それなら、どちらかというとダイビングの免許がイメージに近いかしら?」
と、顎に指を当てて首をかしげるのは涼風さん。
「た、たぶん」
「じゃぼくら一番簡単なのでこんな苦労してるってことでー……うぇ~~~~勉強苦手だぁ……」
獅子堂さんが再び机に突っ伏し、ゴロゴロと転がり始めた。
「ちょっとずつ頑張りましょう。そういえば、試験までどれくらい時間があるのかしら」
「次の試験は大体1ヶ月後ですね。その後は半年期間が開きます」
私が淡々と事実を告げた瞬間、獅子堂さんがバネ仕掛けのように跳ね起きた。
「時間なくない!? っていうか試験の間隔空きすぎじゃない!? 田舎のバスもびっくりだよ!」
「あらあら……これは結構急がないとダメね。転がってる場合じゃないわよ咲々良」
「なんか涼しい顔してるけど! 詩杏も相当やばいでしょ! 自分の勉強ぜんっぜん進んでないのわかってるからねぼく!」
「うっ。な、なによぉあたしはあたしのペースで進めてるの!」
図星を突かれたのか、涼風さんの余裕めいた微笑みがピクリと引きつる。
獅子堂さんはここぞとばかりに指を突きつけた。
「このまんまじゃぼくら絶対間に合わないんだからね! おんなじくらいバカなんだから人一倍頑張んないと……」
「ええ? ふふ、咲々良ほどバカじゃないわよあたしは」
「変わらんわ大して! 大学中退のくせにドヤるな!」
「ああ! 今地雷踏んだわよ! 咲々良は大学すら行ってないくせに!」
いつの間にかダンジョン探索の勉強から完全に逸脱し、(大して自慢する物もない)学歴マウントの取り合いへと発展していく。
「行ってないから無限の可能性です~~!! 学歴無限です~~~~べろべろべろべろ」
「発言がもうバカのそれよ! もうおバカ!」
小学生レベルの口喧嘩を始め、ポカポカと叩き合いのじゃれ合いに突入する二人。
あの調子では、今日の進捗は絶望的かもしれない。
「御影社長、ここ、合ってる……?」
騒がしい喧騒のすぐ隣で、八重樫さんがおずおずとノートを差し出してきた。
そのページには、複雑な魔機の記述問題が丁寧な字で埋められている。
「えーっと……。ええ、正解です。この記述問題は難しいですから、よくできましたね」
「えへへ……ありがとうございます」
私が丸をつけると、八重樫さんは丸眼鏡の奥で嬉しそうに目を細めた。
「ね~え! 社長!! 詩杏が邪魔する!」
「御影さん違うの! 咲々良が悪いんだわ! 聞いてたでしょもうガキなのよこの子! 精神年齢が5歳!」
ギャーギャーと騒ぎ立てながら、ついに私へ助けを求めてくる2人。
「ふ、ふふふ。ケンカしてて、良いよ……そ、その間、御影社長ひとりじめ……だし」
ボソリと呟いた八重樫さんの口元はにんまりと吊り上がっている。
勉強が順調なのが嬉しいのだろう、その気持ちは私にもよく分かる。
「……まぁ、その。頑張ってくださいね。仲良くね……」
ともあれ三者三様の強すぎる個性に挟まれながら、私はただひたすらに生ぬるい応援の言葉を紡ぐことしかできない。
八重樫さんはともかく、本当にこの2人はひと月後の試験を無事に突破できるのだろうか。
……替えの胃薬は買ってあったかな。




