4章「がんばれ乙女」
「ダンジョン内で危険な時の行動……会話できない時のハンドシグナル……ぶつぶつ……」
「……」
事務所からの帰路。
すっかり日の落ちた住宅街には、等間隔に並ぶ街灯がオレンジ色の円を描いてアスファルトを照らしていた。
暗くなった道を参考書とにらめっこしながら歩く咲々良が電柱にぶつからないように、あたしは半歩前を歩きながら、その危なっかしい様子をたまに振り返って確認する。
「なにー詩杏。見られると集中できないよ」
「あ、ごめんなさい。がんばるなぁって思って」
「そりゃ、がんばるよ。だってこれがダメだったら本当に事務所なくなっちゃうかもじゃん。ヤだ」
「そうね……御影さんの事だから、きっと何か手を打ってくれたでしょうけど」
夜風に揺れる髪を押さえながら、あたしはそっと目を細めた。
ASTRAのCEOにして、あたしたちをプロデュースしてくれるあの人。
彼が拾ってくれたからこそあたしと……特に咲々良は今も腐らずに生きている。舞ちゃんの経緯については詳しく知らないけれど、あの子も御影さんに随分心酔している。あの様子を見る限り、きっと何かあったのだろう。
「ダンジョン配信なんて、本気でやるなんて思ってなかったから」
「本気も本気だよ! 詩杏も絶対受かってよね。殆ど一発勝負なんだから」
「もちろん。咲々良に心配されるなんて心外だわ」
「ふんだ、じゃあもう心配してやんない」
唇を尖らせる幼馴染の顔を見る。……昔のふさぎ込みぶりに比べれば、本当に明るくなったわね。
うんうん唸っている咲々良の横顔を見れば、あたしも自然とやる気がわいてきた。
「あたしももうちょっとやろうかしら。ね、ちょっとカフェ寄って一緒に勉強しない?」
「えー、遅くなるってママに言ってないよ今日」
「今連絡しなさいな。良いじゃないたまには」
「分かった分かったーちょっと待ってて~」
不本意そうな言い方だが、咲々良の表情はどこかにんまりとしていて楽しそうだ。
あたしはそんな咲々良を引っ張るようにして、駅前のカフェへと先導していく。
「皆でなるわよ~トップライバー!」
「ちょちょ、詩杏声おっきいって……!」
◆
「ぁ……ぁあの」
すっかり日も暮れ、窓の外が濃い藍色に染まった時間帯。
家の遠い獅子堂さんや涼風さんとは違い、徒歩数分程度の場所で一人暮らしをしている八重樫さんは、私と一緒にオフィスに残り勉強を続けていた。
「だ、ダンジョンってけ、結局なんなんですか……?」
デスクライトの明かりの下、彼女は顔を上げて問いかけてきた。
口調はいつものようにおどおどしているように聞こえるが、それは彼女が吃音の気を持っているからだ。軽度ではあるようだが本人の性格も相まって、いつも何かに怯えているようにも見える。
「魔力資源の発掘に伴って生まれた自然災害──というのが通説ですね」
「魔力──」
しかし本来の八重樫さんは好奇心旺盛で、少しいたずらっぽく活発な少女だ。普段の配信内容を見ても──ネットミームやブラックジョークを好む一面が窺える。
「火力、水力、電力。力という名前が付くものは数ありますが、魔力ほどの運動エネルギーを生み出すものはありません」
説明しながら窓の外へ意識を向ける。
夜であるにも関わらず、眼下には煌々と眩いネオンの海が広がっていた。特別都市部に近いわけでもないこの辺りも、今やすっかり眠らない街となっている。
魔力がもたらした規格外のエネルギーは人間社会の技術力を大幅に押し上げ、現在は様々な機械の動力として安価に取引されているからだ。
しかしその魔力の収集は問題がなかったわけではなく──
「地下深くに、魔物と呼ばれる動物たちが住んでいたんですね。魔力資源の発掘が進むにつれて魔物たちは刺激され、地表へと姿を現してきてしまったんです」
魔物が地表近くの地中に巣をつくる時に生まれる物、それがダンジョン。
畑が猪や鹿に荒らされたというニュースに並んで、ゴブリンがコンビニを襲撃したというニュースが当たり前のように報道されるようになったのは、もう随分昔の事だ。
「だ……だからダンジョンを、魔物をく、駆除する資格ができたんだ」
八重樫さんはノートにペンを走らせる手を止めず、私の話にうんうんと頷いている。
「まぁ、そうですね。本当はもっと早い段階でそういう制度が作られるべきだったんでしょうけど、大人のお得意の隠蔽体質ってやつですよ。魔力を独占したいがあまり、魔物の存在の公表がギリギリまで引き延ばされた」
現実の災害としての魔物は、汚い大人のせいで割と取り返しのつかないレベルで社会に浸透してしまった。それはおとぎ話でもゲームでもない、生活を直接脅かすリアルだ。
故に、ダンジョン駆除というのは刺激的なコンテンツになり得る側面を持ちつつも、れっきとした社会貢献なのである。
(社会貢献にもなるし、配信のネタにもなる。良い事尽くしに思えるが……)
相手は凶暴な魔物だ。当然、怪我のリスクがある事に変わりはない。実際、民間のダンジョン駆除業者でも死亡事故が起こる事はままあるのだ。
この子達の安全を預かっている身である以上、私が手放しに応援できない最大の理由がそこにある。
(と言っても、死亡事故の件数自体は少ないし、きちんとした知識の元で行動すれば問題ない──という事は分かってはいる。分かってはいるんだけども)
ふと視線を戻すと、いつの間にか首をカクンカクンと揺らしながら船をこいでいる八重樫さんの姿があった。
私は小さく息を吐き、眉根を寄せる。
(いざこの子たちが怪我をしてしまった時、私は冷静でいられるのだろうか)
事務所の設立当初から、しがない自分を信じてついて来てくれた少女たち。自分にとって、この子たちはもはや娘同然だ。
資金難の解決策は他にもっとあるんじゃないか。何度も口を出しそうになったが、彼女達の真っ直ぐなやる気を頭ごなしに否定する事はできなかった。
なにより……
(正直に言えば、私に代案がない──)
自分の力不足が心底嫌になる。が、毒づいてばかりもいられない。
私の使命はこの事務所を守り、この子たちを絶対に死んでしまうような目に遭わせない事だ。そう思えば、自然と自分のやるべき事も見えてくる気がした。
「八重樫さん」
ひとまずは、机の上によだれを垂らしそうになっている八重樫さんを家に送る所からだろう。このままでは、彼女が一生懸命まとめた大事なノートがずぶ濡れになりかねない。
「はぅぁ……!!」
私がそっと肩に触れると、八重樫さんの体がビクリと跳ねた。
すぐに状況を察した彼女は、耳まで真っ赤にしながらあわあわと首を振る。
「ご、ご、ごっごめっごめんなさいっ」
「大丈夫ですよ。今日は結構頑張ったし、そろそろおしまいにしましょう」
「あっあぅ……はいぃ」
そうして夜の暗がりでも分かるくらい顔を赤くした八重樫さんを連れて、オフィスを出る。
ビルを出ると、少し肌寒い秋の優しい夜風が吹き抜けた。
「次にオフィスに集まるのは来週末ですので、それまで自主勉強ですが、分かんない所があったらいつでもチャットで聞いてください」
「は、はい」
「後で全体チャットにも送りますが、配信はいつも通りやってください。ダンジョン配信の話については──大々的に公表したいので、一旦シークレットで」
帰り道の間、私は自身のメモ帳を片手に事務連絡を並べる。後でチャットで言えば良い事だが、まぁ物のついでという奴だ。
最もこの連絡は遅刻常習犯の獅子堂さんと全く返信を返さない涼風さんにこそ真っ先に聞いて欲しい内容なのだが……
「……と、そんな所ですね。じゃあ八重樫さん、また来週末。お疲れ様でした」
などと思いながら話していれば、いつの間にか八重樫さんの家の近くについていた。
私は話を切り上げ、メモ帳を胸ポケットにしまう。
「ぁっ、おっお疲れさまでした……」
そしてペコリと頭を下げた彼女に背を向け、数歩歩き出した時だった。
「あのっ、御影社長……!」
別れ際に八重樫さんがいつもよりずっと大きな声で私を呼び止めた。
振り返ると、彼女は大きく余ったカーディガンの袖を口の前で交差させながら、何かを必死に言い淀んでいた。
「う、う、ウチ、がんばりますっ」
暗い上に下を向いているからその視線こそ見えなかったが、確かな宣言を受け取る。
「み、みんなで、もっと、き、キラキラしたい……し。み、御影社長に……恩返し、し、したい」
「……そうですね」
不器用だが切なる彼女の願いに、私はゆっくりと頷く。
「一緒に頑張りましょう。私も、応援しています」
ぐっと拳を突き出し、私もその意気に真っ直ぐに応えた。
彼女が少しだけ恥ずかしそうに笑って踵を返すのを見届け、私は再び駅への道を歩き出す。
「はは、恩返しか」
夜空を見上げ、私は自然と綻んでしまう口元を片手で覆った。
「うーん、お父さん泣いちゃいそうだ。──いや、なんか。なんかちょっと我ながら今のセリフはキモいな。絶対人前では言わないでおこう」
誰に聞かれるでもない一人きりのツッコミが、秋の夜風に優しく溶けていった。
毎日投稿、できず。
添削してたら毎日投稿絶対無理だって気づきました。でも一週間に1本くらいで頑張ります。




