2章「ダンジョン配信どうですか」
重い足取りで非常階段を上り、オフィスの鉄扉を開ける。
「お待たせしました、みなさん続きを──」
「社長! 聞いて聞いて!」
私が言い終わるより早く、弾かれたように駆け寄ってきた獅子堂さんに腕を引っ張られる。
その瞳はつい先ほどまでべそをかいていたのが嘘のように、爛々と眩い光を放っていた。
「う、うちが思いついたんだよ。うちに言わせてよぉ咲々良ちゃん」
モニターの前では、八重樫さんがばたばたと両手を振り回しながら抗議の声を上げている。
「ダンジョン配信よ」
「「あーーーー!!!!」」
しかし、一番良い所をふわりと持っていったのは、自分のデスクで優雅にストローを咥えていた涼風さんだった。
一番の功労者であるはずの八重樫さんと、熱弁を振るう気満々だった獅子堂さんが、揃って非難の声を上げる。
「ダンジョン配信ですか」
私はぽかんと口を開ける。
「ええ。もっぱら生き物系の動画投稿者が出しているネタだけれど、バーチャルライバーがやってみたら面白いんじゃないかって」
不満げな二人をよそに、涼風さんはさも名案だと言うように微笑んだ。
「ふむ」
私は顎に手を当てて唸る。
ダンジョン──それは現代においてはファンタジーの冒険などではなく、魔力資源の採掘に伴って発生した、ただの公害魔物の巣窟だ。
「う、うちらARライブとかやったことあったじゃないですか……だっ、だから、ARダンジョン配信……」
私の渋い顔色を察したのか、八重樫さんが丸眼鏡を押し上げながら必死にプレゼンを続ける。
「変身ヒロインみたいな感じで、ファンタジーな絵になると思うの! ねっ社長いいでしょ!」
獅子堂さんが私の顔を覗き込むようにして、その大きなアーモンド形の瞳を輝かせた。
ポニーテールが彼女の興奮を代弁する尻尾のように大きく揺れている。
「うーーーーん……」
頭を抱え、私は天井を仰いだ。彼女たちの言わんとしていることは分かる。
ARフィルターを通せば凄惨な魔物駆除の現場も、リスナーの目にはスタイリッシュな魔法少女の戦いに映るだろう。エンタメとしての勝算はある。
「でも、みなさん免許持ってないでしょ。知ってますか? 民間がダンジョンに入るには免許が必要なんですよ」
だが、ダンジョン探索はいわば自然との闘いだ。現実の彼女たちが危険に晒されることに変わりはない。彼女達の監督でもある私としては手放しに頷けないというのが実情だ。
「と、取るもん! 車の免許みたいな感じでしょ?」
そんなことを知ってか知らずか胸を張る獅子堂さんに、私は思わずため息をつく。
「ちょっと違いますけど……本気ですか?」
「本気!!」
即答だった。一切の迷いがない、真っ直ぐな叫び。
「ジリ貧で解散を待つくらいなら、どっかい事に挑戦したい! このままなんて絶対嫌だ!」
「気持ちは、あたしたちも同じよ御影さん。危ないというのもあるかもしれないけれど……やれるだけの事をしてみたいの」
獅子堂さんの強い言葉に、涼風さんも静かに頷く。
いつもはどこ吹く風といった様子の彼女の瞳にも、確かな熱が宿っていた。
「しかしそれでも、よりにもよってダンジョン配信じゃなくたって……」
「い、一応……根拠アリ」
食い下がる私の目の前に、八重樫さんがスッとタブレットを差し出してきた。
「実は最近うちの推し……じゃなくて、大手のライバーさんがダンジョン探索の免許取る勉強始めたって、雑談でぽろっと言ってたんだ……」
言いながら八重樫さんはタブレットをスワイプしてみせる。
そこには何人かのライバーの配信アーカイブがクリップされていた。いずれも、ダンジョン配信という新たなブルーオーシャンについて言及しているものばかりだ。
「バーチャルライバーがダンジョン配信する流れ、もしかしたら来る……かも」
「先んじてってのは難しいかもだけど……でも、流れに置いて行かれないようにするくらいならって!」
三人の視線が、私に突き刺さる。
すがるような、それでいて希望に満ちた強い眼差し。
「……」
私は深く、一つ息を吐いた。
それは諦めの溜息ではなく、腹を括るための深呼吸。
「分かりました」
私の言葉に、三人が息を呑む。
「費用は全て事務所で持ちますので、やってみましょう。やるからには、社運を賭けて」
「やった~~!!!!」
獅子堂さんが両手を高く突き上げて歓声を上げ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「よかったわね、咲々良」
「うん! よーし……がんばるぞー!!」
大はしゃぎする彼女たちの姿を見つめながら、私は密かにネクタイを締め直した。
……結構難しい試験あるけど、果たしてこの子たちは大丈夫なのだろうか。




