第九話:3人の猫獣人
拠点までの帰り道、猫獣人の子供たちはずっと目を覚まさなかった。
背負われた小さな身体は驚くほど軽く、時折うなされるように小さく震えている。
「……酷い怪我だな。すぐに手当てしてやらないと」
拠点に着くと、俺たちはすぐに集会所の一角に布団を敷き、三人をそっと横たえた。
「治癒魔法、かけるゴ」
付き添ってきたゴブリンの一人が三人の傷口にそっと手をかざすと、淡い緑色の光が優しく傷を包み込んでいく。切り傷や打ち身が、みるみるうちに薄れていった。
「よし、深い傷は塞がったゴ。あとは体力の回復を待つだけゴ」
「ありがとう、助かるよ」
治癒を終えたところで、ルチアとミアが清潔な布と包帯を手に前へ出た。
「傷跡や、擦り切れた部分の保護はこちらで。……失礼しますね」
二人は手際よく、まだ完全には塞がりきっていない箇所に丁寧に包帯を巻いていく。
「幸い、命に関わるような傷はなさそうです。ただ、栄養状態がかなり悪いですね……」
ルチアが眉をひそめながら言った。
「見た目より痩せてるもんな……。とにかく、目を覚ますまで見守ってあげよう」
——それから半刻ほど経った頃。
一番小さな少女の瞼が、かすかに震えた。
「……ん……」
小さな声とともに、うっすらと目が開く。
ぼんやりとした視界の中、少女は自分の周りに何人もの人影があることに気づいた。
——布を巻いてくれている女性。
——心配そうに覗き込む兵士たち。
そして、その中に何人か、明らかに「人間」の姿があることに。
「……っ、あ……」
少女の顔から一気に血の気が引いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……! 許してください……!」
震える声で、少女はその場に額をこすりつけるようにして頭を下げた。
隣で眠っていた二人の少年もハッと目を覚まし、状況を悟るなり同じように身を縮こまらせる。
「も、もう逃げません……だから、痛いことしないで……お願いします……」
三人は互いに身を寄せ合いながら、震える声で許しを乞い続けた。
小さな尻尾が体に巻きつくように丸まり、耳がぺたりと伏せられている。
「檻には、戻りたくない……お願いします……」
「檻……?」
その言葉に、俺とルチアは思わず顔を見合わせた。
「あの、待って、俺たちは——」
俺が一歩近づこうとすると、少女がビクッと肩を震わせ、より一層深く頭を下げた。
「も、もう逃げません……何でもしますから……!」
「……っ」
俺はその場で足を止めた。
(この子たち、人間に怯えているんだ……。俺たちの中に人間の姿があるだけで、こんなにも……)
胸の奥が、鉛を飲み込んだように重く痛んだ。
すると、俺より先に、そっと膝をついたのはバルゼだった。
「——顔を上げていい。誰もお前たちを罰したりしない」
低く、それでいて優しい声。バルゼは少女たちと目線を合わせるように、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
「見てわかるだろう。俺は魔族だ。そしてこの拠点には、お前たちと同じ魔族の仲間もたくさんいる」
少女がわずかに顔を上げ、バルゼの角と尻尾を見つめる。
「……ほんとに、魔族……?」
「ああ。それに——」
バルゼはちらりと後ろを振り返り、ガストンたちを示した。
「あの人間たちも、お前たちを罰するためにここにいるんじゃない。むしろ、お前たちを助け出した張本人たちだ」
「た、助けた……?」
少年の一人が、恐る恐る顔を上げた。
「そうだ。獣に襲われていたお前たちを見つけて、命懸けで助けたのはあそこにいる人間の兵士たちだぞ」
バルゼの言葉に、兵士の一人が慌てて両手を上げ、敵意がないことを示すように笑いかけた。
「怖がらせてすまなかったな」
三人は互いに顔を見合わせ、まだ警戒を解ききれない様子で、ちらちらとこちらの様子を窺っていた。
「……ほんとに? もう……許してって、言わなくていいの……?」
少女がか細い声で尋ねる。
俺はゆっくりと、しゃがんだまま声をかけた。
「ああ。お前たちは何も悪いことなんてしてない。だから、謝る必要も、許しを乞う必要もない」
まっすぐに目を見て言うと、少女の瞳にじわりと涙が浮かんだ。
「う、うっ……ひっく……」
堰を切ったように泣き出した少女を、二人の少年がそっと抱き寄せる。
張り詰めていた緊張が、涙とともに少しずつ溶けていくのが分かった。
俺たちはただ、その場でしばらく、三人が泣き止むのを静かに見守り続けた。
その夜、泣き疲れて眠りについた三人の寝顔を見下ろしながら、俺は静かに拳を握りしめていた。
(……ここに来てからずっと、ガストンやバルゼ、ルチアたちみたいな優しい仲間に囲まれてたから……どこかで、この世界も結局は心の優しい人間や魔族ばかりなんだろうって、勝手に錯覚してたんだ)
「許してください」——そう繰り返した少女の震える声が、耳の奥にこびりついて離れない。
(あんな小さな子供に、何度もあんな言葉を言わせるような真似をした奴らがいる。……絶対に、許せない)
込み上げてくる静かな怒りを噛みしめながら、俺は眠る三人の頭をそっと撫でた。
「……もう二度と、そんなことは言わせない」
小さく呟いた声は、誰にも届くことなく、静かな夜の中に溶けていった。




