第八話:49人
朝の湯気がまだ薄く残る集会所で、俺はふと気になって声を上げた。
「なぁルチア。そういえば今、俺たちって全部で何人いるんだ? ずっと聞きそびれてたけど」
テーブルで書類をまとめていたルチアが、パッと顔を上げてすぐに答えた。
「はい! ちょうど昨日集計を終えたところです。現在、この拠点の人数は——49名です」
「49人か。……人間も魔族も結構いるもんな。」
「内訳をお伝えしますね」
ルチアは羊皮紙を広げ、指でなぞりながら説明を始めた。
「まず人間側は、ガストンさんを含めて24名。男性が16名、女性が8名です。私とリオ、ミア、それに果樹探しで活躍してくれたフィーナくんもこちらの人間側になります」
「次に魔族側ですが、こちらも24名。種族ごとの内訳は——バルゼさんを含む悪魔族が6名(男性3名・女性3名)、ユキさんを含むゴブリンが10名(男性6名・女性4名)、ロクさんを含むゴーレムが8名(男性4名・女性4名)です」
「人間24、魔族24……で、合わせて48人。それにコウジロウ様を加えて、ちょうど49名です」
「49人、か……」
俺は改めて、拠点を歩き回る仲間たちの姿を見渡した。
たった数日前まで殺し合っていたはずの人間と魔族が、今では区別なく笑い合い、汗を流し、同じ食卓を囲んでいる。
「……そうか、そうだよな」
俺は小さく呟いた。
「みんなが、これからもずっと平和に暮らしていけるといいなー」
何気なく漏らした一言に、ルチアはふっと目を細めて優しく微笑んだ。
「はい。……きっと、そうなります」
——と、その時だった。
「コウジロウ様!」
集会所の入り口から、バルゼが慌ただしい足音を立てて駆け込んできた。
「どうしたバルゼ、そんなに焦って」
「実は……拠点の北にある岩場の方角で、先ほどから大きな獣の気配がしております。かなり大型の一頭かと」
「大型の獣?」
俺とルチアは思わず顔を見合わせた。
「今のところ拠点に近づいてくる様子はありませんが……念のため、少人数で様子を見に行った方がよろしいかと」
「わかった。俺も行く。ガストン、バルゼ、あと数人連れて行こう」
「承知しました!」
こうして俺は、ガストンとバルゼ、そして人間と魔族それぞれの兵士数人を連れ、気配のする岩場へと向かうことになった。
岩場に近づくにつれ、風に乗って微かな唸り声と、地響きのような重い足音が聞こえてくる。
「……コウジロウ様、あちらです」
バルゼが指し示した先——岩陰に、体長5メートルはあろうかという巨大な獣が一頭、何かを見下ろすように立っていた。
全身を覆う灰色の剛毛、爛々と光る赤い目。低い唸り声が地を這うように響いている。
目を凝らすと、その足元に蹲っていたのは、獣ではなかった。
三人の小さな影。
猫のような耳と尻尾を持った、幼さの残る二人の少年と、一人の少女だった。
ボロボロに汚れた服を纏い、ぐったりと動かない。
「……あれは」
「魔族の子供たちです……! おそらく、猫獣人の一族かと」
バルゼが唇を噛みしめる。
巨獣が低く唸りながら、じりじりと三人へ前足を踏み出していた。
俺は一歩前に踏み出し、内心で気合を入れた。
(前に勇者と魔王を巻き込んだ時は完全に事故だったけど……今度はちゃんと、俺の意思でカッコよく助けてやる……!)
拳を握りしめ、勢いよく駆け出そうとした——その時だった。
「——魔法班、着弾と同時に人間班は横から!」
俺よりも先に、ガストンとバルゼが同時に声を張り上げた。
ドンッ! という重い炎の着弾音とともに巨獣がひるんだ瞬間、横合いから風のように飛び出した剣士たちが脚を薙ぎ払う。
体勢を崩した巨獣へ、追撃の氷魔法と投石が次々と急所を捉え、断末魔の唸りとともにその巨躯が地に沈んだ。
「……あ」
俺が声を出す間もなく、決着はついていた。
「コウジロウ様、ご無事ですか!?」
炎を放った悪魔族の術士と、剣を振るった兵士が同時に駆け寄ってくる。
「これくらいの敵、我々にお任せください! コウジロウ様に傷一つつけさせません!」
「……あ、うん……ありがとう、助かった」
俺は駆け出す直前の姿勢のまま、微妙に気まずい空気を纏いながら、ぎこちなく頷くしかなかった。
(……勇者と魔王を踏みつぶしたって話、みんなの中でどんどん伝説になってる気がするけど……俺、強いのかな?試すチャンスだったような……)
悩んでいる俺をよそに、周囲では「人間班と魔族班の連携、完璧だったな!」「うむ、息もぴったりだった」と互いを称え合う声が上がっていた。
種族の垣根を越えた見事な連携に、俺の空振りなど誰も気に留めていないようだった。
「……それより、あの子たちを」
俺はハッとして、獣の足元に倒れていた三人の猫獣人の子供たちへ駆け寄った。
近くで見ると、三人とも痩せ細り、身体のあちこちに擦り傷や痣がある。幸い息はあるが、恐怖と衰弱で気を失っているようだった。
「……酷いな。ずっと逃げ回ってたんだろうな」
「コウジロウ様、すぐに拠点へお連れしましょう」
バルゼが静かに言い、兵士たちが慎重に三人をそれぞれ背負い上げる。
「ああ、頼む。……とにかく、今は無事に休ませてやろう」
俺たちは倒れた巨獣をその場に残し、三人の子供たちを連れて拠点への道を急いだ。




