第六話:フィーナとユキ
この異世界に来てから、早くも四日が過ぎた。
拠点建築の現場では、バルゼたち魔族の技術が遺憾なく発揮され、なんとすでに三棟の立派な木造家屋が完成していた。
配置としては、真ん中に一番大きな建物。ここは俺の家兼、みんなが集まる集会所になっている。
そして興味深いのが、その左右に建つ二棟の家だ。
左の家には男性陣、右の家には女性陣がそれぞれ暮らしている。
当初は「人間軍」と「魔王軍」で分かれるかと思っていたのだが、彼らは当たり前のように人間・魔族の種族に関係なく、男女別で部屋を分けて暮らしているのだ。
(……いや、どんだけ仲いいんだよ。元敵同士だろお前ら)
良い意味で呆れつつも、種族の壁をあっさり超えて仲良く協力している姿を見るのは、なんだか微笑ましくて悪くない気分だった。
——そんな中
中央の集会所で、俺はガストンやバルゼをはじめとする数十人の住民たちを集めて話をしていた。
「みんな、拠点もできて防衛や分析の目処も立ちつつあるが……これからこの荒野で本格的に暮らしていくにあたって、一つ大きな課題があるんだ」
俺の言葉に、ガストンが自分の太い腕を組みながら首を傾げた。
「課題、ですか? コウジロウ様。肉なら俺たちが森で『突進猪』やら何やらをいくらでも狩ってきますぜ!」
「飯に困らないのは助かるが……まさにそこなんだよガストン」
俺は苦笑いしながら言った。
「ガストンたちが狩ってきてくれる肉はめちゃくちゃ美味いし助かってる。だが……毎日三食、肉だけってのはさすがに栄養が偏るだろ? 果物や、木の実みたいな『実り』が欲しいんだ」
「あ……」
肉食中心の魔族たちも、ガストンたち人間の兵士たちもハッとした顔をした。
言われてみれば、ここ数日食べたものといえば干し肉か焼き肉ばかりだ。
すると、ルチアの後ろから後方支援部隊のリオが元気に手を挙げ、援護射撃するように声を上げた。
「そうですよガストンさん! お肉も美味しいですけど……私、そろそろ甘いフルーツとかが食べたいです! ルチア隊長もミアちゃんも、絶対甘いものが恋しいはずです!」
隣で真面目な顔をしていたミアが「えっ、私は別になんでも……」と焦りつつも、小さく喉を鳴らして俯く。ルチアもコホンと軽く咳払いをして誤魔化していたが、明らかに同意見のようだった。
「ですがコウジロウ様、この『始まりの荒野』は草木もまばらな痩せた土地……まともな果樹や木の実の群生など、そう簡単には……」
バルゼが申し訳なさそうに言おうとした、その時だった。
「あの……! それでしたら、僕にお任せいただけないでしょうか……っ!?」
人間側の兵士たちの後ろから、小さく、しかし意を決したような声が上がった。
人ごみを割って前に出てきたのは、自分の体より大きな荷物袋を抱えた、緑色のフードの小柄な少年だった。
「お前は……勇者軍で荷物持ちをさせられていたフィーナか?」
ガストンが目を見開く。
フィーナと呼ばれた少年は、緊張で指先をギュッと握りしめながら、まっすぐに俺を見つめてペコリと深く頭を下げた。
「はい! 元・勇者軍で雑用と荷物持ちを担当しておりましたフィーナと申します! 僕……実は『草木霊の加護』という固有スキルを持っていまして……!」
「草木霊の加護?」
俺が首をかしげると、参謀のルチアが「あ!」と手を打った。
「思い出しました! 植物や土中に残る『微細な精霊の記憶』を読み取り、隠された果樹園や、毒のない食用植物の群生場所を一瞬で見つけ出せる特殊能力です!
勇者様が『雑草探ししかできない無能スキル』と言っていたのでスキルを持っていることすら知りませんでした。」
「また勇者か……あいつ本当に人材を見る目ゼロだな」
俺が呆れ果てて吐き捨てると、フィーナは気を取り直すように大きく頷き、目を輝かせて言葉を続けた。
「コウジロウ様! この『始まりの荒野』は一見すると枯れ果てて見えますが、地中深くには太古の豊かな精霊の脈が眠っています! 僕のスキルを使えば、荒野のあちこちに隠された果実や木の実の採集場をすぐに見つけ出せます!」
「本当か!? それは頼もしすぎる!」
俺が本気で喜ぶと、フィーナは照れたようにフードの端を引っ張って顔を赤らめた。
「は、はいっ! 勇者軍ではただの荷物持ちでしたが……コウジロウ様と皆さんの食卓のためなら、僕、全力で頑張ります!」
——二時間後。
フィーナの案内のもと、俺とガストン、そして数人のゴブリン達は、拠点から少し離れた岩山の裏側へとやってきていた。
そこは一見するとただの殺風景な岩場だったが、フィーナがひざまずいて土に手を触れると、彼の手元から柔らかい緑色の光が広がった。
『——目覚めて、緑の幼子たち』
フィーナが優しく囁くと、なんと岩陰の乾いた土からニョキニョキと太い蔓と樹木が生え伸び、あっという間にたくさんの果実や木の実がたわわに実ったのだ!
「「「おおおおおっ!???」」」
ガストンたちがドッとどよめく。
そこには、メロンにそっくりな網目模様の緑の巨果『メルン』や、真っ赤で瑞々しいリンゴのような『ルンゴ』。
さらには見たこともない幾何学模様のカラフルな木の実が、抱えきれないほどに鈴なりになっていた。
「これは……『メルン』に『ルンゴ』じゃないか!? どちらも滅多にお目にかかわれない高級果実ですよ!?」
「す、すげぇ……! それにあの見たことねぇ木の実の山はなんだ!?」
ガストンたちが大騒ぎする中で、フィーナは照れくさそうに頭をかいた。
「えへへ……この網目模様の木の実、誰も名前を知らない太古の品種みたいなんです。精霊たちが『とっても甘くて香ばしいよ』って教えてくれたので、精霊の力を借りてたくさん実らせてみました!」
「そんなものまで……! すごいじゃないかフィーナ! これで甘い果物も、栄養満点の木の実も手に入る! 本当に最高の能力だよ!」
俺は彼の頭をぽんぽんと撫でた。
「ふぁっ……!? こ、コウジロウ様……っ!!」
頭を撫でられたフィーナは、顔を真っ赤にしてフシューっと煙を吹き出しそうな勢いで硬直した。
「コウジロウ様に褒めていただいた……! 僕、頑張って本当によかった……!」
涙目になりながら感動に震えるフィーナを見て、ガストンたちももらい泣きしそうになりながら温かい拍手を送った。
こうして、フィーナの活躍によって拠点周辺に『天然の採集場』が無事に確保された。
その日の夜。
広場に集まった住民たちの前には、さっそくキンキンに冷やされたメルンやルンゴのジュース、そして香ばしく煎られた木の実がずらりと並んでいた。
一口飲んだリオが「冷たくて甘くて、すっごく美味しいーっ!」と目を輝かせ、兵士たちからも歓声があがる。
「……なぁバルゼ。氷なんてどこから用意したんだ? まだ冷蔵庫もないのに」
俺が不思議そうに尋ねると、バルゼが片隅に立つ一頭の小柄なゴブリンを指さした。
「ああ、コウジロウ様。あちらのゴブリンが生活魔法の応用で『微氷術』を使い、果実を一番美味しくいただける温度まで優しく冷やしてくれたのですよ」
「マジでゴブリン有能すぎるだろ……!」
俺が心から感心して呟くと、その声が聞こえたのか、氷魔法を使っていたゴブリンがちょこちょことこちらへ歩み寄ってきた。
そして、大きな耳をパタパタと動かしながら、少し緊張した面持ちでペコリと頭を下げた。
「コウジロウ様、お褒めいただき光栄です。ですが……『ゴブリン』ではなくユキと申します。ぜひ名前で呼んでいただけると嬉しいです!」
「あ……ごめんごめん! ユキ、ありがとうな! 最高に美味しいよ!」
俺がまっすぐに目を見て名前を呼ぶと、ユキは青色の頬を少し赤らめて嬉しそうに胸を張った。
こうして、新たな仲間の才能と気配りに支えられながら、食卓には確かな「豊かさ」と賑やかな「笑顔」が広がっていくのだった。
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