第五話:参謀ルチア
ガストンが森へ狩猟に向かい、バルゼが拠点建築の現場で声を張り上げていた、まさにその頃——。
「現場の指揮はあの二人に任せておけば安心だな。……よし、俺たちはこれからの開発計画と、今の現状把握に取りかかろうか」
俺はルチア、そしてルチアを慕って一緒に残ってくれた元・後方支援部隊の女の子二人——リオとミアと共に、大きな天幕を作戦室として借りてテーブルに向かい合っていた。
資料や筆記用具を準備していたのだが……ふと見ると、三人がどこか恐る恐る、それでいて興味津々な目つきで俺をじーっと見つめていた。
「……ん? どうした? 俺の顔になにかついてるか?」
俺が首をかしげると、三人は顔を見合わせ、代表してルチアが意を決したように身を乗り出してきた。
「あの……! コウジロウ様、本格的なお話に入る前に……お聞きしたかったことがありまして……!」
「ん、なんだ?」
「コウジロウ様って……どこの国から来られた『神様』なのですか……!?」
「神様!?」
思わぬ単語に俺が素で驚くと、横からリオとミアも興奮気味に言葉を重ねてきた。
「だって! あの世界最強の勇者様と魔王様を、虫みたいに一瞬で踏みつぶして平らにしちゃったんですよ!?」
「人間界にも魔界にも、そんな理不尽な力を持った存在はいません! 天界の神様か、異界の絶対神としか思えなくて……!」
真っ直ぐなキラキラした瞳で問い詰められ、俺は苦笑いしながら手を振った。
「いやいやいや! 神様なんてそんな大層なもんじゃないって。俺はただ……この世界とはまったく違う別の世界から、気づいたら来ちゃってただけなんだよ」
「違う世界……?」
ルチアが目を丸くする。俺はわかりやすく説明しよう言いを続けた。
「ああ。俺がいたのは『日本』っていう国でさ。そう、あっちじゃ本当にごく普通の、どこにでもいる一般人だったんだよ。満員電車に乗って仕事に行って、休日は部屋でごろごろしてるようなな」
俺がそう言って肩をすくめると、三人は一瞬ポカンと口を開け、次の瞬間には目を輝かせて「「「おおお……!」」」と歓声を上げた。
「満員電車……神々の乗り物ですか!?」
「休日をゴロゴロ過ごす……! まさに至高の神の休息……!」
「そんな『至高の一般人』が揃っているなんて、やはり日本という国は神々の集う世界に違いありません……!」
「……だから、一般人の意味が俺の知ってるのと違うって」
俺のツッコミも空しく、三人の脳内では「日本=神々の住まう高次元世界」「コウジロウ様=その世界の平均的な神様」という謎の公式が完璧に出来上がってしまったようだ。
(まあ……勇者と魔王を足元で踏みつぶした奴が『普通です』って言っても説得力ゼロだよな……)
諦めて苦笑いする俺を見て、ルチアはどこか愛おしそうにクスクスと微笑んだ。
「ふふ、わかりました! コウジロウ様がそうおっしゃるなら、ここでは『ごく普通の一般人』ということにしておきますね!」
ルチアはそう言ってウインクすると、気持ちを切り替えるようにパッと表情をキリッと参謀の顔に戻し、手際よく一枚の大きな羊皮紙をテーブルの上に広げた。
そこに描かれていたのは、驚くほど精密な周辺の地形や街道、果ては世界の勢力図までが細細と描き込まれた見事な地図だった。
「……なぁルチア。これ, 君たちだけで描いたのか?」
俺が感嘆の声を漏らすと、ルチアは少し照れくさそうに頭をかいた。
「はい。後方支援の記録係として、各地の測量データや行軍記録を頭の中で整理しておりました。……まぁ勇者様には『細かすぎてよくわからない』と言われてましたが」
「勇者様は『戦う以外の面倒な書類作業は全部ルチア隊長に丸投げ』でしたからねー!」
「私たちがいくら正確な報告書を作っても、チラ見すらしてもらえませんでした……」
リオが怒ったように口を尖らせ、ミアもハァと深くため息をつく。
「……勇者軍、本当に人材の無駄遣いしかしてなかったんだな。頼もしすぎるよ。ルチアも、リオもミアも、正真正銘の超優秀な参謀チームだ」
俺が本気で褒めると、三人は顔を見合わせて嬉しそうにパッと表情を輝かせた。
「えへへ……ありがとうございます! コウジロウ様、今後の村の計画を進めるにあたって、まずは『ここがどこで、世界がどうなっているか』を把握しておいた方が良いと思いまして」
ルチアは地図の一点を指し示した。
「では、説明させていただきますね。まず私たちが今いるこの荒野——ここは**『始まりの荒野』**と呼ばれている場所です」
「始まりの荒野か。……それにしても、なんで勇者と魔王はこんな何もない荒野で最終決戦をしてたんだ? 双方の首都からもかなり離れてるみたいだけど」
俺の疑問に、ルチアは「はぁ……」と本日一番の深いため息をついた。
「理由は至極単純……そして酷く身勝手なものです」
「身勝手?」
「はい。まず勇者様ですが……『自分の豪華な屋敷や街を戦火で汚されたくない』という個人的な理由と、**『“始まりの荒野”で最終決戦をするのが物語の主人公っぽくてカッコいいから』**という理不尽すぎる思いつきでここを指定しました。そして魔王様もまた『自分の城に傷がつくのは許さん』という理由で承諾したのです」
「……カッコいいからって理由でこんな何もない所に連れて来られた部下たちの身にもなれよ」
あまりの痛さと身勝手さに呆れ果てる俺に、ルチアは苦笑しつつ話を続けた。
「ですが、皮肉にもそのおかげでここは**『両界から見捨てられた独立地帯』**になっています。そして現在の世の中の状況ですが……今のところ双方の本国に混乱はありません。なぜなら、勇者様と魔王様が相打ち(正確にはコウジロウ様の踏みつけ)で消滅したという噂は、まだどちらの本国にも広まっていないからです」
「まだバレてないのか」
「はい。現在は『両軍が長引く最終決戦の真っ最中』だと周囲は思っています。……ですが、これは嵐の前の静けさに過ぎません」
ルチアは表情を引き締め、地図の北方(人間界)と南方(魔界)を指差した。
「もし二人が消えたことが本国に知れ渡れば……人間界の欲深い貴族どもも、魔界の好戦的な大魔族たちも、間違いなくここを自領にしようと雪崩を打って攻め込んできます。この『始まりの荒野』は双方の境界線であり、戦略上の超重要拠点だからです」
「両国が事態に気づいて侵攻を開始する前に、私たちはこの拠点を絶対に落とされない防衛陣地に仕上げなければなりません!」
リオとミアがルチアの解説を補足するように、気を引き締めてテキパキと述べる。
その後も会話の中で「人間界の七大将軍」や「魔界の七魔将」といった、注意すべき危険人物の名前や勢力図についても詳しく教えてくれたのだが……。
(……いやカタカナと肩書が14人分も出てくるとか、俺の頭じゃ完全にキャパオーバーなんだが??)
途中で処理が追いつかなくなり、(要するに人間と魔族にやばい奴が7人ずついるんだな!)と心の中で大ざっぱに結論づけるにとどめた。
だが、ルチアたちの現状分析と先を見越した危険予知の能力が圧倒的であることは間違いない。
俺は思わず腕を組んで深く頷いた。
「凄まじいな……。地図の精度もそうだけど、先を見越した危険予知まで完璧じゃないか。ルチアたちみたいな優秀なチームが後方に甘んじてたなんて、本当に信じられないよ」
「勇者軍では『女の癖に口を挟むな』『指示通りにしてろ』とばかり言われていましたから……。私たちの仕事をこうして正当に評価してくださるなんて……コウジロウ様が初めてです」
ルチアは目元を少し潤ませ、リオとミアも感無量といった様子で胸に手を当てた。
「よし。ルチアたちの分析のおかげで、今やるべき優先順位がハッキリしたぞ」
俺は地図の真ん中——俺たちがいる荒野を指でぽんと叩いた。
「情報が漏れて両軍が攻め込んできても、返り討ちにできるくらいの頑丈な拠点と防衛体制を大至急作り上げよう。俺たちの手で、人間も魔族も安心して暮らせる絶対の聖域をつくるんだ!」
「はいっ! どこまでもついていきます、コウジロウ様!」
異世界から来た『神的存在』扱いされつつも、優秀すぎるルチア率いる参謀チームの分析によって、迎えるべき戦いと拠点の重要性が明確になった。
天幕の外からは、ガストンたちの元気な歓声と、バルゼたちの魔法の音が活気あふれるように響き渡っていたのだった。
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